相武山 妙法院のブログです。
10月21日、自由民主党の高市早苗氏が第104代総理大臣に選出されました。我が国初の女性の総理大臣の誕生です。夏の参議院選挙で自民党が敗れて石破総理大臣が辞任を表明。その後、自民党の総裁選、内閣総理大臣選出が実施され、いずれも高市氏が勝利。日本維新の会と連立を組み少数与党ながら総理大臣に就任したのです。
戦後、基本的人権が憲法で認められ男女平等がうたわれて久しく、すでに各分野において女性の進出はめざましいものがあります。それでも性差別は現実に存在し、その上、眼には見えない古くからの因習や思考にとらわれる向きも多く、女性であるが故に男性よりも困難を来すこともあるように思います。先進国といわれながらジェンダー平等指数が世界水準を大きく下回る評価がその実態を示していますが、それでも志の高い女性が奮闘されてそれぞれの分野で殻を破ってこられました。
《ジェンダー平等と女性の活躍》
高市氏の総理就任は「ガラスの天井」を破る快挙であり、女性が国のトップに立てるという強力なロールモデルを示しました。これにより、特に若い女性や次世代の女性政治家に対して、「自分にもできる」という政治参加やキャリアアップへの意欲を高める可能性があり、また、国のトップが女性になることで、さまざまな分野において女性の活躍がさらに発揮されやすくなることでしょう。さらには日本のジェンダー・ギャップ指数(特に「政治」分野)の改善につながる可能性があり、国際社会における日本のジェンダー平等への取り組みの進展を示すことにもなります。
他方、組織が危機的な状況にある時ほど女性がトップに選ばれやすく、短期間で交代させられやすい「ガラスの崖」現象のリスクも指摘されます。女性の活躍を真に促進するには、長期的な社会構造と環境の改革が必要不可欠です。
《変化には苦労が伴う》
ジェンダー平等は既存の権力構造や社会のあり方(夫婦同姓、戸籍や家の継承など)を大きく変えることを意味するため、「日本の伝統や日本らしさ」を守ろうとする意識との間では摩擦が生じることもあります。我が国は欧米のように個人を基盤とした社会とは異なり、組織への忠誠心や組織のルール(長時間労働、転勤など)を優先するという文化があり、家庭との両立が難しい女性やマイノリティを排除しやすい傾向にあるといえるでしょう。
また、多くの人が「自分は男女平等だと思っている」にもかかわらず、無意識のうちに性別に基づく固定観念(アンコンシャス・バイアス)を持っていることがあります。例えば「男らしく」「女らしく」とか「女性はきめ細やかな仕事に向いている」「男性は感情的になってはいけない」といった無意識の思い込みです。このようなアイコンシャス・バイアスもジェンダー差別を生み出していることを識らなければなりません。
この固定観念にも世代間のギャップがあります。若い世代(特に10代・20代)では、「男性の方が優遇されている」と感じる女性の割合が依然として高いものの、性別役割分業意識に「賛成」する割合は明らかに減少しており、意識は大きく変化しているといえるでしょう。
時代は常に変化して止みません。高市氏の総理就任は女性が最高権力を持つことができるという点で、日本の歴史における画期的な出来事。これは多くの女性にとって希望と励みとなることでしょう。しかし、その影響を持続的かつ実質的なものにするためには、象徴的なトップの誕生に留まらず、具体的な成果の達成が求められます。
主義主張のことなるものもありますし、公約の満額回答などは求めませんが、新総理には新たな時代の扉が開かれたことを喜ぶ多くの人々をがっかりさせないように活躍してほしいと思っています。私たちの信仰する法華経の最も優れた教えは「すべての人は差別なく平等である」という思想です。高市総理の登場が新たな時代の幕開けとなることを願っています。
相武山 山主
2025年11月01日
令和7年度当山の御会式は久しぶりに降雨に恵まれての御正当法要となりました。昨日から続く降雨でしたが、予報よりは穏やかな慈雨という趣でした。法要は午後2時からですが、1時間ほど前から世話人有志の方々が参集。受付や司会進行など法要の準備にあたり参詣者を迎えました。
参詣者が多い法要のときには駐車場の配置がいつも心配ですが、縦列駐車に協力頂き駐車場内に20台ほどが収まり、また、境内の横に数台停めるように誘導できたので、ぎりぎりの対応ですが安心しました。これからも参詣者の多いときには縦列駐車にご協力頂きたいと思います。
参詣者が本堂にほぼ着席された13時50分、司会進行の阿部さんによって御会式の意義についての説明。儀式や行事に臨む場合、その意義を理解しているか否かで参列者の心の持ちようがちがいます。日蓮門下にとって宗祖の御会式が大切な行事であり、ことに日蓮大聖人を末法下種の法主と拝する富士日興門流の僧俗にとっては、御会式の深い意義を確認できることは貴いことです。恒例となった法会の説明ですが、この説明によって参列者は威儀を正して法会に臨むことができます。
開式の辞に続いて教区内外の僧侶5名が着座。唱題裡に出仕鈴が打たれて導師が入堂。参列者唱題の裡に導師が御宝前に進み仏祖三宝尊への献膳。その後、如法に法華経要品読誦、寿量品にて献香、自我偈の前で磬が打たれ、鈴座による日有上人申状奉読、導師による立正安国論の奉読、臨席僧侶による御先師の申状奉読と次第。自我偈の読経は訓読で行い、御報恩の唱題を申し上げました。
布教講演は慧光院住職の坂上純興師。坂上師は日蓮大聖人の御生涯をわかりやすく解説。『末法の法華経の行者として、大乗仏教の真理を法華経に見いだされた宗祖は、一切衆生救済の道は南無妙法蓮華経のお題目にあると顕示され、そのためにさまざまな厳しい法難に向き合うことになりました。しかし、命におよぶ艱難辛苦にさえ一歩も退くこと無く、ご入滅のその日まで御化導につとめられました。御会式はその法華経の行者の「滅不滅・常住此説法」をお慶びする法要です。門弟の私たちは仏縁を大切に、しっかりと仏道に精進して行きましょう』と語り、講演とされました。
続いて、新倉講頭が挨拶に立ち、『すばらしい日蓮大聖人の教えに巡り会い、信心修行ができることに感謝して、これからも菩提寺妙法院を外護し、倶どもに仏道に励みましょう』と述べました。
次に住職挨拶。『御会式は私たちの信仰の意義を確認する好機。他宗他門と日蓮大聖人・日興上人の教えとのちがいをしっかりと意識して、南無妙法蓮華経のお題目を自分自身がどのように理解しているかを自心に問いかけながら、充実した人生を歩みましょう」とのべました。
その後、唱題の裡に講中世話人による「お花くずし」。御宝前を荘厳していたサクラの花が崩され、司会の閉式の辞をもって御正当法要は終了。
参詣者は受付にてサクラの枝を頂いて和やかに帰路に着きました。令和7年の御会式は干天の慈雨ならぬ末法下種の法主の大きな慈雨を感得するものでした。法会には普段都合によって諸行事に参詣できない檀信徒の方々も参詣。何より中区の坂上さん、静岡の小田さん、川崎の鈴木さんなど高齢と体調不安のある方々が、ご家族縁者の介助を得ながら参詣され、とてもうれしく思いました。御会式に参詣できたことを素直に悦ばれる皆さまのお顔は清々しく気高いものでした。
相武山 山主
2025年10月30日
10月25日(土)午後2時30分より有志の方々と倶に御会式の「お飾り」を行いました。日蓮大聖人御会式の御宝前を荘厳申し上げるお飾りです。前日には須弥壇に「お重ね」を中心にお供物をそなえ、御宝前の前机の両側に桜の樹を模した胴藁を設えました。
はじめに胴藁に法輪をかたどった飾り胴で「のし餅」を巻き付けます。のし餅は23日に興厳房が元和菓子職人の小原さんと一緒に「重ね餅」と共につくりました。興厳師は数年前から小原さんのよき指導を得て、お重ねはお手伝いを頂きながらですが、のし餅は自分で作れるようになりました。
のし餅によって安定した胴藁の上には、ラップによってまとめられた「ゆず」「みかん」「柿」を三段に結えました。ゆずは徳島在住の福井さんからの御供養です。福井さんは十年ほど前に横浜から徳島に転居されましたが、墓所は妙法院に求められご両親の追善に勤められています。お届け頂いたゆずは奥様のゆかり深い「木頭ゆず」。徳島県はゆずの生産が全国第2位ですが、中でも木頭ゆずは、色合いと香りの良さで知られる名品です。みかんと柿はいつものように横浜橋商店街の八百屋さんからの仕入れ。この八百屋さんもとても親切で必ず検品してから納品してくれます。
胴藁の飾りが設えられると桜の枝のお飾り。夏の終わりから準備してきた桜の花を拡げながら胴藁の上に皆んなで飾り付けます。胴藁の上には円盤状の木枠が置かれており、その円盤にはサクラが飾りやすいように小さな穴が空けられています。この円盤はその昔、新横浜の金子さんが工夫されたもので、かれこれ35年ほど利用しています。
サクラが咲き誇るように飾られると、その下に「手餅」「三角餅」「あられ餅」が飾られさらにシキミと杉の葉で荘厳されます。最後は桜の樹の周囲を半紙を三角状に折り重ねた山形で囲んで完成。1時間少々の作業でしたが、皆さん和気藹々と御会式のお飾りを楽しみました。
《御逮夜法要を奉修》
小憩の後、午後4時からは「御会式御逮夜法要」を奉修。御逮夜法要とは御正当法要の前夜に執り行われる法要で一般にいわれる前夜祭に当たります。例年、妙法院では御逮夜法要において檀信徒の方に御先師の申状を奉読して頂きます。今年も日興上人申状を阿部純子さん、日目上人申状を竹村久代さん、日道上人申状を重吉稔さん、日行上人申状を阿部一博さんが奉読。
今年の御会式には四日市市慧光院の坂上純興師がご臨席。御逮夜法要は参詣者が本堂に着席し、申状奉読者が内陣に進んで六老僧の席に着座。如法に法華経要品を読誦、寿量品では下種三宝尊への献香、自我偈の前で磬が打たれ、執事の興厳房が日有上人の申状を奉読。続いて私が立正安国論を奉読。純興師が日蓮大聖人、前述の四氏がそれぞれ御先師の申状を厳かに奉読されました。自我偈は参詣僧俗一同にて訓読で読誦、南無妙法蓮華経の唱題行を勤めて宗祖への御報恩を申し上げました。
結びに私より御会式の意義についてお伝えし、立正安国論と御先師の申状奉読から、日蓮大聖人の教えが「法華本門の教え」であること。また、私たちの現実生活に即した大乗仏教・法華経の意義が高らかにうたわれていることを説明。末法の法華経の行者、下種の教主である日蓮大聖人の滅不滅・常住此説法を寿ぐ御会式を真心込めて両日にわたって奉修する旨申し上げ、住職挨拶といたしました。
秋の帳が下りるのは早く、参詣者が帰路に着く頃にはすっかり薄暗くなっていました。
相武山 山主
2025年10月29日
日蓮大聖人御会式を清々しく迎えるために19日(日)に大掃除を行いました。前日に私が樹木の枝を払い、興厳房が草刈りなどをして前準備をしましたが、午前9時半頃から有志の方々が参集。この日のメインは本堂や客殿、ロビーや玄関などの窓拭きです。日頃なかなか手が回らない箇所ですが、御会式を迎えるこの時には丁寧に磨きます。本堂などは細かい格子状のガラスですから、磨くのにも時間がかかりますが、皆さまのご信心で磨き上げられ、すっかりきれいになりました。
境内で初夏から初秋にかけてお参りされる方々をお迎えした木槿や百日紅、萩などの樹木の枝も前日に伐採したので、男性陣に切り分けてまとめて頂きました。これも寺内だけでは時間がかかり大変なので、大いに助かりました。
また、境内では毎月の清掃整備のように本堂前や三師塔の前など、丁寧に雑草を抜いて浄めて頂きました。約2時間ほどで大掃除は終了。お陰様で御会式を清浄な境内と堂宇でお迎えできます。妙法院は有縁檀信徒の方々の信心の道場ですから、自分の家やお部屋と同じように想って頂き、清浄な維持にご協力頂けることは仏法の護持のために有り難く存じます。
境内堂宇の清掃整備は仏道的には功徳善根を積む機会ですが、どなたでも時間の制約無く自由に参加できるので「私のお寺」とお考え頂き、より多くの方々に気軽に参加頂きたいと願っています。
参加ご協力頂いた「熊木さん、重吉さん、久保さん、森さん、梶山さん、市川さん、安西さん、柴さん、新倉さん、芦川さん(2)、小原さん(2)、落合さん(2)、阿部さん(2)」皆さまありがとうございました。
相武山 山主
2025年10月28日
10月の日曜法話会は5日。例月中旬に開く法話会ですが、10月は最終週に御会式を執り行うために月初めの開催でした。法話会のテーマは「葬儀のいわれー 人生の尊厳と親族の祈り ー」。
葬儀は人生を歩んできた一人の人物がこの世を去り、私たちの識ることのできない世界に旅立つ時に営まれる大切な儀式。この儀式やその意識は人類の文化や文明と深くつながるものですが、その原点はおよそ10万年前の人類史に遡るといわれています。
檀信徒の方々の葬儀執行は妙法院にとってとても大切な法務です。与えられた人生の幕を閉じられ御仏の世界に旅立たれる故人の安寧を祈り、ご家族親族の方々の悲哀に共感し、穏やかな日常に復することを願い丁重に葬儀式を執り行っています。
我が国では近年葬儀式が軽視されたり、疎かにされることが珍しくありません。過剰な礼儀や儀式は時代に即して簡素化されて行くことは当然であり、葬儀も各人各様の価値観に基づくのでしょうが、葬儀に対する知識、見識がほとんど無いためか。その意義について思考することが無いうちにその事態を迎えたのか。それでいいのですか?と想わざるを得ないこともお見受けします。
当山には後継者不要、国籍宗教不問の永代供養墓や樹木葬墓地があり、新たに求められる方々からは『もう少し丁寧に葬儀や仏事を営めばよかった』との声を頂くことがあります。葬儀や仏事の意味がわからず、また、急な事態にどのように対応すれば良いのかわからなかったのでしょう。そのようにいわれる方のほとんどが埋葬・埋蔵にあたって追善供養を望まれ、『よかった。安心しました。』と仰います。
檀信徒の方々には折にふれて葬儀や仏事について説明する機会もありますが、法話会に参加される方々にもお伝えしたいと思考した次第。
日曜法話会の趣旨について簡略にふれた後、プロローグとして、テーマは『9月27日に放送されたNHK「おはよう日本 シリーズ多死社会」』によることを説明。
●プロローグ
2025.9.27. NHKでは「おはよう日本 シリーズ多死社会」「葬儀会社に頼らない弔い」を報道。
神奈川県大磯町の東光院の活動を紹介しながら、「誰もが経験する葬儀について考察。現代は死者の尊厳が護られなかったり、多様性という表現で軽視される風潮がある。葬儀は死者の尊厳を認め、親族が悲しみの中にも良い旅立ちだったと思える儀式でありたい。儀式とは心に思い描く想いをかたちに現したもの。礼儀、行儀、マナーの本質に通じる大切なもの等」を考えさせる内容でした。
●NHK『シリーズ多死社会』とは
NHKの『シリーズ多死社会』は、死亡者数が急増する「多死社会」を迎えた日本の現状と課題を多角的に掘り下げ、視聴者に「死」をめぐる希望や課題を問いかけることをテーマとしています。2010年以降、社会の高齢化が進むにつれて生じる「死」をめぐる課題を多角的に報じており、特定の期間に連続したシリーズとして放送されることもあれば、社会状況の変化に合わせて不定期に特集が組まれていることを解説。
番組が焦点を当てている主なテーマは「終末期医療のあり方。無縁死と社会的孤立。インフラの限界。看取りの体験。葬儀・お墓の多様化」など。番組では「死」の問題を医療や看取りの側面だけでなく、社会全体の構造的な課題として捉え、視聴者が自身の死生観や、社会と人とのつながりについて考えるきっかけを提供することを目指しています。今後も社会情勢の変化に応じて新たなテーマが取り上げられる可能性があることを紹介。
●葬儀会社に頼らない弔い
誰もが葬儀に直面しては混乱することを解説。
『家族の逝去に直面して精神的に動揺している。大多数の人が「どうして良いかわからない・・・(人生で主体的に関わる機会は数度ほど)。かつては、家族親族、友人知人、地域の人々、会社の人々、菩提寺などの指導助言があった。核家族化、家族葬、互助の関係が喪失されている・・・などによる。一般人が葬儀社に依頼する葬儀式は高度成長期から。葬儀のことを検討したり、準備することは「縁起でも無い」とか「失礼」として忌避する傾向がある。知識も心得も準備もないまま葬儀に直面して混乱するのが現実。
続いてそのような状況の中でも否応なく葬送は進められます。そしてその推進役は病院からご遺体を預かる葬儀社ということになるのが一般的です。しかし、葬儀社となじみの有るという方はほとんどいないでしょうし、葬儀社のすべてが透明性が高いわけでもなく、その内実をよく承知して葬儀依頼をすることも難しいというのが現実です。
多くの方はどのように葬儀を営めば良いかが理解できぬまま、はじめて出会う葬儀社の進められるままに故人を葬送してしまうということになりますから困ったことです。それでも故人を荼毘にふさねばならない時間が迫ってきてしまうのです。このような現実からは後になって後悔や愚痴がこぼれるようになるのも仕方がありません。
法話会ではこのような現実から『今ブームの「小さなお葬式・・・」その実態は?葬儀互助会掛け金の意味、本当に経済的なのか?ほとんどの葬儀社は利益優先のビジネス(よほど良心的な葬儀社以外一度きりのおつきあい)?など』を説明。故人の尊厳のため、家族や親族、友人の安心と納得のため、難しい面もありますが葬儀社の選択と葬儀司祭者の選択が大切であることをお伝えしました。
次に報道からは『多死社会を背景に従来の形式的な葬儀ではなく、費用や形式の面で負担を減らしたいというニーズが増加。核家族化や少子高齢化、またコロナ禍の影響もあり、葬儀の小規模化・簡素化が加速。葬儀の準備から実行までを、遺族や近しい人々が中心となり、葬儀社の介入を最小限に抑える、または必要な部分のみをアウトソーシングする新しい葬儀の形が広がりつつある』こと。
さらに『費用を抑える工夫として葬儀社への一括委託を避け、必要なサービス(火葬場の手配、遺体の搬送・安置など)のみを個別業者に依頼し総費用を大幅に削減。通夜、葬儀という二日にわたる葬儀式を「一日葬」として行う。祭壇などの装飾を省き、通夜や葬儀を行わずそのまま「直葬」として火葬するケース。従来の慣習にとらわれず、故人の意向や遺族の想いを反映した、手作り感のあるお別れ会として企画・実行』との報道も紹介しました。しかし、このような葬儀社に頼らない葬送のためには、火葬のルール、手続き、必要な公的書類など、葬儀に関する知識を事前に習得することが必要です。
●最後に大磯町東光院の葬儀活動を紹介。
神奈川県大磯町の東光院は、葬儀社を介さない独自の葬儀サービスを展開。NHKの報道(2025年9月27日放送「NHKニュース おはよう 日本」の「葬儀会社に頼らない弔い」など)で注目。
★東光院の葬儀活動の概要
『東光院の住職は「檀家の方と葬儀社との打合せに同席して、こんなにビジネスライクで良いのか?」との疑問から、「なるべくご家族には亡くなった方と向き合う時間を大切に持っていただきたい」という考えから、約5年前から葬儀社が関わらない葬儀を行っている』と紹介。
★活動の特徴とポイント
①葬儀社を介さない一貫したサービス。
僧侶による一貫対応。専門技術の活用。搬送費用を別途徴収しない。
②費用の大幅な軽減と明朗会計
実費と御布施のみ。(通夜30人、葬儀20人とした場合の総費用は約30万円。)
③寺院を活用した葬儀と寺院の本質的な役割を重視。
東光院が昨年1年間で行った葬儀は55件、檀家数も増加中。「葬儀社に頼らないお寺葬」という独自の取り組みが、地域住民の支持を得て、寺院への関心や帰属意識を高める結果につながっている。葬儀を入り口に檀信徒になる人が少なくないと指摘。
以上、NHKの報道を紹介して10月度の日曜法話会は終了。
※詳細は相武山だよりのウエブ動画をご参照ください。
相武山 山主
2025年10月27日
残暑の中にも木々の葉がその色を変え、舞い始めてようやく秋の気配となってまいりました。日蓮門下の寺院では秋といえば宗祖日蓮大聖人の御会式。宗祖は弘安5(1282)年10月13日、武州池上の地(現在の東京都大田区池上)で御入滅。末法の法華経の行者である日蓮大聖人への御報恩を申し上げる儀式法要が御会式です。
日蓮門下では久遠の教主釈尊を本尊とする門下と、末法下種の教主である日蓮を本尊とする門下があり、当妙法院は日興門流の寺院ですから、宗祖を末法下種の教主として尊崇する信仰です。その教えと信仰によって法要の意義や行儀も異なるのは当然。他門流では宗祖の御遷化を偲び御報恩申し上げるかたちですから、一般の報恩法要とさほど異なりません。
しかし、宗祖を末法下種の法主と立てる日興門流では宗祖の御入滅は「不滅の滅、常住此説法」と考えます。すなわち、凡身の日蓮は入滅しましたが、その覚られた法理である南無妙法蓮華経は滅することなく、常にこの娑婆世界にあって衆生を成仏へと導く妙法であり、その下種の教主である日蓮大聖人は妙法を受持信行する者と倶に在ると拝するのです。
したがって、その御会式では御遺徳を偲び報恩申し上げるという意味ばかりでなく、末法に南無妙法蓮華経という仏種を下種された御仏と、その存在が永遠であることに心から「ありがたい・・・」と報恩感謝を申し上げることになります。仏種と下種の御仏大聖人にめぐり会えたことと常住を寿ぐ法要であるために、日興門流では古来、挨拶は「おめでとうございます」と交わすことがならいとなっているのです。
また、御会式では宗祖の立正安国論と御先師の申状が奉読されます。倶に、時の為政者に対して法華本門の正法受持をうったえる書状です。ここにも日興門流の信行の有り様が明確に顕現されています。
御会式の御宝前は桜の花などで荘厳されます。これは宗祖の御入滅の時に大地が振動し、初冬にもかかわらず庭にサクラの花が咲いたという言い伝えによるものです。そのため、当山でも夏の終わり頃からサクラの花の準備を始めます。つぼみ、花、葉、それぞれ妙法院や信徒宅などでつくり、9月のお彼岸頃から10月にかけて竹ひごにフローラテープで巻き付けて仕上げます。
フローラテープ利用の発案者は今年の2月に逝去された中澤順子さんです。中澤さんは押し花やフラワーデザインに関心があり、それまで紙テープで巻き付けていたサクラをこのテープに切り替えてくれました。今年はご一緒に御会式を執り行うことができないのが実に残念ですが、お花つくりには常に先頭を切って参加して居られた方ですから、きっと御仏大聖人と倶に霊山からご覧になって喜ばれていることと思います。
妙法院では一月の元朝勤行会から十二月のおさめ御講まで一年を通して年中の行事が執り行われますが、中でも秋の御会式は最も大切にしている法要です。今年の御会式は10月25日(土)午後4時から御逮夜法要。翌26日(日)午後2時から御正当法要を奉修いたします。御逮夜法要の前には御宝前のお飾りをするなど、両法要とも少し時間が長くなりますが、参詣の皆さまには日興門流と自身の信仰をじっくりと見つめる好機になることと思います。
これより一つひとつ丁寧に準備を進め、教区僧侶の臨席も願うこととなります。令和7年度の御会式が無事厳かに奉修できることを願い、妙法院有縁檀信徒の皆さまには家族法友誘い合わせてご参詣くださいますようご案内を申し上げます。
相武山 山主
2025年10月01日
日蓮大聖人御会式の御宝前を荘厳申し上げるサクラの花つくりがはじまりました。8月には緑区の小原さんご夫妻がつぼみを作ってご持参。龍ノ口の法難会では参詣の方々が自宅でお花をつくるために花紙を持ち帰り、みどりの葉っぱは泉区の高橋さんが自宅で用意されました。
23日(火)午前10時からのお花つくりは竹ひごにつぼみをつける作業でした。10月1日の御経日と5日の日曜法話会の後には竹ひごに花と葉をつけて仕上げとなります。
御会式のお花つくりは私たちの宗祖への想いそのものです。御会式に参詣される檀信徒の皆さまが御宝前の荘厳をご覧になって喜ばれることを願っています。
相武山 山主
2025年09月30日
秋の彼岸法要では21日、23日の両日、無量義経の十功徳品の一節を拝読して法話を申し上げました。
無量義経は、説時が仏の得道より四十余年にして『法華経』の直前に設定されているところから、古来『法華経』の開経とされ、結経の『観普賢菩薩行法経』と共に法華三部経と称されています。また、説かれた場所は『法華経』と同じく霊鷲山であり、徳行品・説法品・十功徳品の三品から構成されていることを紹介。
法話では原文
「この経は、よくかくのごとき無量の功徳・不思議の力あって、衆をして疾く阿耨多羅三藐三菩提を成ぜしむ。善男子。汝は、寧ろこの経にまた、十の不思議の功徳の力あるを聞かんと欲するや、いなや」と。大荘厳菩薩の言さく、「願楽わくは聞きたてまつらんと欲す」と。
ー中略ー
有為を楽う者には無為の心を志ざしめ、退心ある者には不退の心をなさしめ、有漏をなす者には無漏の心を起こさしめ、煩悩多き者には除滅の心を起こさしむ。善男子。これをこの経の第一の功徳不思議の力と名づく。」を拝読。
現代文に訳すれば
「この経は、このように無量の功徳や不可思議な力を持ち、多くの人たちを速やかに最高の悟りに導くことができるのである。
良家の子息よ。そなたはこの経がまた十の不思議な功徳を具えていることを聞きたいと思うか、どうか」と。
そこで大荘厳菩薩は次のように申し上げました。「どうぞお願いします。何とぞお聞かせ下さい」と。
すると、仏は次のように説かれました。「良家の子息よ。第一に、この経は、仏の智恵を得たいという心を起こしてない菩薩に、仏道を求める心を起こさせ、また慈愛の心がない者には、慈悲の心を起こさせ、生ある者を殺すことを好む者には、命を尊ぶ心を起こさせ、ねたむ心が強い者には、人の善事を見て喜ぶ心を起こさせ、
物事に強く執着する者には、それを捨てる気持ちを起こさせ、欲深く物惜しみが激しい者には、人に物を施す気持ちを起こさせ、おごり高ぶっている者には、仏の定めた戒律を守る気持ちを起こさせ、怒り憎しみの激しい者には、堪え忍ぶ気持ちを起こさせ、行ずることに怠惰で、なまけ心のある者には、ひたすら励む心を起こさせ、
心が乱れがちな者には、静かな定まった心を起こさせ、あれこれ思い迷っている者には、智恵の心を起こさせ、他の人を導くことができないでいる者には、導こうという心を起こさせ、殺生や盗みなどの十種の悪行をなす者には、殺生など悪行を行わない十種の善行の心を起こさせ、
移ろい行く世間の物事のみを追い求める者には、永遠なるものを求める心を起こさせ、ついつい退く心のある者には、退転しない心を起こさせ、欲の趣くまま生きようとする者には、欲のない清らかな心を起こさせ、多くの煩悩に苦しんでいる者には、煩悩を断尽しようという心を起こさせる。良家の子息よ。これがこの経の第一の功徳不思議の力である。」
となります。
この無量義経を読誦するという信行によって「無量の功徳や不可思議な力を持ち、多くの人たちを速やかに最高の悟りに導くことができる」と説かれ、次にその内容がわかりやすく示されています。
どなたが読まれても理解しやすく、「ねたむ心が強い者には、人の善事を見て喜ぶ心を起こさせ。物事に強く執着する者には、それを捨てる気持ちを起こさせ。怒り憎しみの激しい者には、堪え忍ぶ気持ちを起こさせ・・・」と説かれています。このような功徳は人間としての徳分そのもの。そこには仏道を歩む本質、仏と成る(成仏)その姿が説かれているのです。
仏道はよく難解といわれますが、此処に示された姿に成長して行くことがその目的であることがわかります。またさらには、愚人の成道を認める法華経では、成し遂げられなくてもそのようになりたいとして発心するだけでも仏の道に叶うのです。この言葉は法華経の開教である無量義経の教えですから、法華経にも通じるものです。
法話では「お彼岸の法要に法華経の道場に参詣。法華経要品を読誦され南無妙法蓮華経のお題目をお唱えになり、ご先祖や有縁精霊に追善の志をささげられた方々は、意識していなくても、すべてこの無量義経に説かれているように高く深い功徳を積まれたのですから、その功徳の内容を日々の人生で実感できるよう心を磨いて頂きたい」
とお伝えしました。
※詳細は相武山だよりのウエブ動画をご参照ください。
相武山 山主
2025年09月29日
記録的な猛暑にはうんざりですが穏やかに秋のお彼岸を迎えました。大きな災害や事故、争乱などがなく、静かにご先祖有縁精霊に手を合わせられることは実に幸せなことです。
今年の秋のお彼岸の入りは9月20日(土)。当山では春秋の彼岸の入りに樹木葬墓地と永代供養墓「久遠廟」にて供養会を執り行っています。午前10時40分には三師塔(日蓮大聖人、日興上人、日目上人の供養塔)に参詣。懇ろに読経・唱題、御三祖にお彼岸の御報恩を申し上げました。続いて樹木葬墓地に移動して秋季彼岸供養会を奉修。埋葬諸霊の塔婆を建立し、香華をささげ、読経・唱題。心を込めて埋葬諸精霊への追善供養を執り行いました。その後、小憩の後、永代供養墓「久遠廟」に参詣。埋蔵諸霊のお塔婆を建立し、読経・唱題。秋季彼岸追善の供養を申し上げました。
9月21日(日)と23日(火)の両日には午後1時より本堂にて秋季彼岸法要を奉修。御宝前と御塔婆を建立した精霊壇にお供物を供え、参詣の檀信徒と倶に法華経要品を読誦、寿量品長行では参詣者が精霊壇に進み丁重にお焼香。その後、南無妙法蓮華経のお題目をお唱えして、日興門流先師先達への御報恩、妙法院檀信徒有縁精霊への追善、並びに塔婆建立精霊への追善ご回向がなされました。
法要後には法華経の開教である無量義経の十功徳品の一節を拝読。お彼岸のいわれと意義について簡略に述べ、彼岸会に菩提寺に参詣され法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経の唱題を勤められた参詣者は、拝読した無量義経に説かれるように、仏道の功徳をおさめて人徳を備え、人生の安らぎと幸いを得ることになるとお伝えしました。
法話の後には建立御回向されたお塔婆を各自が執事より受け取り、三々五々内外の墓所に向かい帰路につかれました。境内のそこかしこに彼岸花が華麗な姿を見せ、落ち着いた風がながれる穏やかな秋の彼岸会でした。
※法話の内容については次のブログで解説します。
※詳細は相武山だよりのウエブ動画をご参照ください。
相武山 山主
2025年09月28日
暑さも残る9月21日(日)午前11時から境内の清掃を行いました。8月はあまりの猛暑に境内清掃もやむを得ず中止としましたので、7月以来の境内清掃となりました。バス通りからの参道(一般道)の清掃整備、三師塔から本堂までの境内の草取り、参道左側の池の周囲の笹など、暑さで手入れの行き届いていない箇所の清掃ができました。
これで「お彼岸に来られる方々にも気持ちよくお参り頂けるね・・・」と皆さん汗を流しておられました。
いつもながらにご協力頂いた落合さんご夫婦、重吉さん、阿部さんご一家、柴さん、竹村さん、市川さん、新倉さん、ありがとうございました。
相武山 山主
2025年09月27日