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相武山 妙法寺 ブログ

想いを馳せて(ある法事から)

昨年春からのコロナ禍のために寺院行事は大きく制約を受け、年中行事をはじめ各法要行事に大きな影響を蒙っています。緊急事態宣言の発出による影響はもちろんのこと、感染予防の基本は三密ですから、密接、密集、密閉のすべてに該当する法華の道場では活動を自粛せざるを得ない状況が今に続いています。
自粛は寺院の法要行事ばかりでなく檀信徒の方々の仏事法要にも及びました。コロナ禍の吹き荒れた昨年は、家族親族が集まることを遠慮されて、御供養やお供物をお届けになり、参詣者がいないという法事が数件ありました。今までも高齢や体調不良などで参詣者不在の法事はありましたが、今回のようにコロナ禍によるものとは趣がかなり違います。

法事は仏教信仰の篤い家庭、儀礼を大切にされる家庭では至極当然に営まれてきました。また、近年旅立たれた家族のおられる方や先祖への想いが在る方にとっても自然なことといえるでしょう。しかし、仏教や信仰と無縁であったり、法事をしたことのない家庭で過ごされた方にとっては思いつかないものかも知れません。

ゆかりある故人のための法事は仏教の一つの儀礼ですが、仏教信仰から芽生える知恩・報恩、追善供養という思いばかりではなく、故人との縁から家族の絆を確認したり、故人との思い出から自分自身を見つめたり、さまざまな人情が行き交うものです。また、家族親族がゆかりある故人のために集い、旧交を温め合うことにも人生の一つの意味があると思います。

当山で営まれる法事は富士日興門流の化義作法に則ったもので法式はすべて同様ですが、各法事がまったく同じということではありません。というよりも法事は営まれる施主と臨席される方々によってそれぞれ異なるものです。それは霊山に旅立たれた故人とご家族の関係、旅立たれてからの時間の経過とご家族の在りようによって法事の雰囲気がちがうことからもわかります。そこには時のながれと家族と一人ひとりの人生が投影されているように思えます。

2月6日(土)、H家(横須賀市)の第13回忌法要が当山で営まれました。Hさんのお母さまは当山開創当時からのご信徒で強盛な法華の信仰者でした。Hさんとはお母さまからのご縁となります。今から16年ほど前、羽沢の妙法院にご夫妻で突然お見えになり、お母さまから「悩んだり、迷ったり、困ったら、ご住職のところへ」と言われていたので来られたということでした。
それ以前にもお父様の法事などでお顔は拝見していたのですが、親しく言葉を交わすことはあまりありませんでした。来院の理由は奥様がかなり厳しい病であると診断されたので、病気の平癒をご本尊様に祈念してほしいということと、どのように気持ちを立て直して病気に向き合えば良いかというお尋ねでした。

その日のご夫妻は、病気についても明るく話される奥様と、すっかり落ち込み意気消沈しているご主人でまさに対照的。お二人のその姿を今でも鮮明に覚えています。ご主人の憔悴している姿の理由は「うちのやつがいないと私はだめなんですよ・・・」という一言で合点がいきました。
夫婦や親子、家族や親族のことは当事者同士でなければその関係はよくわからないものです。時に無責任に他の家庭のことをあれこれと詮索したり、一方的知見で勝手なことをいう方を見聞しますが、実に失礼なことであり不見識ではないかと私は思っています。

しかし、Hさんの言葉と態度、奥様の子どもを見守るかのような優しい眼差しから、このご夫婦は深い愛情で結ばれていることが自然に伝わってきました。お話をうかがいながら病気のことは病気のこととしてご夫妻の睦まじさに心打たれたことを記憶しています。
私からは、「仏教では現実を直視して目をそらさずに自らの課題に向き合うことが大切と教えている。誰もが生老病死を免れることはできず、自分だけが病を得たのではないことを認識しなければならない。病の床に伏しても一人ひとり状況がちがう、それは心の持ちようが異なるからで、病に伏しても御仏の救いと導きを信じて仏道に心を寄せ、仏法を生きるエネルギーとして希望をもって日々生活してほしい。心新たに法華経を読誦し南無妙法蓮華経のお題目を唱えて仏道の功徳を積みましょう」とお伝えしました。
結びに「得たものがあれば失うものがあり、失えば得たものが必ずあるのが真実ですから、病をよく見つめて、失ったもの、得たものをよく考え、一日一日を大切に過ごしてください」と申し上げ、その後、ご夫妻と一緒に勤行・唱題をつとめて奥様の当病平癒の御祈念を申し上げました。

残念ながら3年後に奥様は霊山に旅立たれました。愛情が深いということは悲しみも深いということですから、Hさんのことがとても心配でしたが、深い悲しみにもかかわらずHさんはご家族と倶に真心こめて葬儀を営まれ、その後、折々の年忌法要も丁寧に営まれています。もちろん、春秋の彼岸会や盂蘭盆会の供養も欠かされることはありません。

第13回忌法要は逝去されてからまる12年の歳月が流れたということになります。乳飲み子も健やかに成長しました。少年は青年となり、3人の子どもさんもそれぞれ立派に家庭を築かれています。Hさんは数年前に大病を患われましたが、仏天のご加護と霊山の奥様の見守りを得て無事に回復され元気に生活して居られます。
奥様もきっと完爾として笑みを浮かべておられることでしょう。

当山では毎月1件~3件の法事が執り行われます。それぞれのご家庭のありようで法事も異なり、お一人での法事もあれば20名以上のにぎやかな法事もあります。いずれも現世に生きる者と御仏の世界に身を置く者が、仏法を中心に心を通わせ想いを馳せる機会となっています。

相武山 山主

2021年02月28日

コロナ禍に法事雑感

日本では仏教伝来のいにしえから故人や先祖のために追善供養として法事が営まれてきました。しかし、釈尊が仏教を創始されたインドでは先祖崇拝や故人への追善供養という意識はみられません。釈尊の入滅後仏教が北方インドからアジア全域に伝播し、やがてシルクロードを経て中国にも受容されましたが、中国では在来の道教や儒教の影響をうけた格義仏教となりました。その中国仏教は韓国経由で我が国に伝えられ、日本では土着の祖先崇拝が仏教と融合し、伝来当初より故人や祖先のための追善法要が営まれるようになったのです。

【檀家制度・・・】
飛鳥の昔から徳川の時代まで仏教は国の権力者から地方の有力者まで篤い帰依を受け、彼らの精神的支柱でもありました。したがって冠婚葬祭などの儀式も仏教の教えや作法の影響を強く受けたといっても過言ではありません。今では想像もつかないでしょうが天皇家の葬儀も明治以前までは長く仏教式で執り行われていたのです。
さらに徳川幕藩体制のもとキリシタン禁教令がしかれ、檀家制度によって庶民もすべて仏教徒であることを強制されました。檀家制度は徳川幕府の後ろ盾によって仏教教団や寺院に権威や権力をもたらしましたが、仏教本来の自由闊達であった教学や布教に大きな制約をもたらし、今日にいたるまでその弊害がみられるのは残念です。
また、檀家制度は家父長制にも通じるシステム。戦後、基本的人権や民主主義を尊重する我が国では、夫婦や親子、家族や親族の在りようなども歴史的変化を遂げつつあります。各自の思想や信条、信教の自由も憲法で保障されていますから、曖昧模糊とした檀家制度への認識も見直しが迫られているように思えます。

私の口癖ですが『何事にもプラスとマイナスがあります』。檀家制度にもさまざまな負の問題はありますが、仏教の教えや儀礼を護り伝えて人心を涵養し、人徳を増すよう導いてきたというプラス面もありました。また、地域に根ざしたまじめな寺院の多くは迷い悩む人々の心のよりどころともなってきたのです。さらに檀家さんが菩提寺を精神的にも経済的にも支えることによって仏教を護り、日本の伝統や文化を伝えてきたことも事実です。
さて、檀家制度によってすべての国民が仏教寺院に所属することになりましたから、人々の生活全般に仏教の教えや儀礼が影響を及ぼし、やがて文化・伝統、習俗・風習となって今日まで伝えられているものも少なくありません。先祖や故精霊への追善供養を営む法事もその一つです。
前のブログでもふれましたが多くの人にとって人生は艱難辛苦に満ちたもの、その人生を全うした故人の尊厳に想いをはせ、縁者として来世の安楽と福徳を祈る厳粛な儀式が葬儀。心の想いはかたちに顕されることによって伝えられるもので、言葉や態度、振る舞いなどが問われるゆえんです。
故人への想いが問われる葬儀も一部では簡便化されたり不要とされる時代となっています。このような世相については仏教者からの説明や案内、さらに適切な対応がなされていないという指摘もあります。私たち仏教寺院は誰もが気軽に相談できるお寺を心がけ、縁者の方々が負担とならない葬儀を執り行えるように努めなければならないと自戒するところです。

【追善の法要】
日本の仏教徒の多くは葬儀の後に追善供養の法事を営みます。追善供養とは故精霊のために仏事を執り行い、仏道修行の功徳善根を故精霊に回向する供養のことです。葬儀直後には七七日忌(四十九日忌)法要。その後、百ケ日忌、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌と続きます。当山でもお正月にその年度の年回忌表をお渡していますが、法事を営むか否かは縁者と各家庭の想い次第でありそれぞれの都合によりますから、できるときもあればできないときがあるのも自然です。
当山では毎月法事があるわけではありませんが、墓所などの開眼を含めて年間に20件~40件ほどの法事を執り行います。コロナ禍の今年は法事も少し趣を異にしていました。今までも『高齢や体調不良のために参詣できないのでお寺の方で御供養してほしい・・・』という依頼はありましたが、今年は『無理して参詣できないわけではありませんが、コロナ禍のなか家族や親族にも心配をかけたくないのでお寺の方で供養して頂けませんか・・・』というお申し出が数件あったことです。まさにコロナ禍が檀信徒皆さまの法事にも影響しました。
もちろんこのような時局下ですが、今月も感染予防を徹底し参列者を限定した追善法要が営まれました。金子家が第一周忌、小出家が四十九日忌、青野家が二十三回忌と二十七回忌、菊地家が有縁精霊への供養、豊島家が墓所開眼法要などです。法事のあり方も自身の置かれている環境や時局によって変化することはやむを得ないことです。大切なことは縁の深い人への想いであり仏道の功徳を回向しようという志だと思います。


よく日本の仏教は葬式仏教と揶揄されますが、当山では葬儀や法事などの機会を通じて仏教のおしえの一端なりともお伝えしたいと願っています。そのため、追善の法要は故精霊への回向が主眼なのですが、仏教をお伝えする佳い機会と考え拙い話ではありますが、御回向の後、10分前後の法話を必ずさせて頂き仏縁を深めて頂くよう努めています。

相武山 山主

2020年10月27日

小出さん霊山への旅立ち

朝から夕刻まで3つの行事が重なった13日の夜、小出さんの奥様からご主人が逝去されたとの報せをうけました。小出さんは88歳という高齢でもあり、ここ数年は不調なご様子でお寺にお参りされることもできませんでした。自宅で奥様の献身的な介護のもと穏やかに過ごしておられたようです。

今月初旬から入院されており、奥様は医師から『万全を尽くしてはいますが、高齢の上に体調も不良ですから心の準備をしておいてください』と伝えられていました。私も逝去される数日前に奥様から状況の報告を受けるとともに葬儀についてのご相談をうけました。

奥様からは『葬儀の執行はもちろんご住職にお願いするのですが、菩提寺の妙法院を式場として葬儀をしてほしい。葬儀の準備や段取りもよくわからないので具体的に教えてほしい』という申し出がありました。葬儀をしきるということは人生の中でもそうあることではありませんから、葬儀についてわからないことが多いというのは当然のことです。

また、昔のように親や祖父母、親族や地域の方のサポートを得ることが難しい現代社会。さらに、葬儀に関する情報が氾濫していますから、どのように情報を理解して判断したら良いのか迷うのは当たり前のことだと思います。その上で、大切な夫の旅立ちに際し、後々悔いのないようにきちんと送ってあげたいという奥様の気持ちがよく伝わってきました。

横浜は人口が多いので逝去から荼毘にふす(火葬)まで平均4日~5日ほどかかります。真夏や真冬、火葬場の工事などがあればさらに待つ場合も珍しくはありません。小出さんは14日に枕経をつとめ、18日(金)にお通夜、19日(土)に葬儀告別式を当山の客殿で執り行いました。棺の中でやすまれる小出さんの静かで穏やかなお顔を拝見し、安心して霊山への旅路を御仏大聖人様に祈念申し上げた次第です。

式は奥様とご家族の希望で家族葬のかたちでした。お二人の息子さんご家族が真心込めて祈りをささげられ、ご冥福を祈って厳かに執り行われました。また、葬儀の執行には3社の見積を検討しましたのでご家族も納得されての葬儀となりました。

当山には尊敬すべき信仰心をお持ちの方が大勢おられますが小出さんご夫妻もそのお二人。ご夫妻は開創当初からの御信徒で私も約40年のご厚誼を頂いています。初めてご夫妻とお会いしたのは保土ケ谷の正信寮で私がまだ29歳の頃でした。ご夫妻は法華経と日蓮大聖人の教えに篤い志をお持ちであるばかりか、水の流れるような信心が変わることのない方でした。岸根町や羽沢町の時代、法華講の中心メンバーとして活躍された姿を今に忘れることはできません。

約40年もの間、ご夫妻は毎月1日の御経日に小出家と岡村家の塔婆を建立供養され、13日の宗祖御講への参詣も欠かすことはありませんでした。継続は力ともいわれますが40年という時間は尊敬すべき歳月だと私は敬意を払っています。ここ数年、ご主人は参詣できないものの奥様はご主人の分まで変わらずにご参詣。ご主人は『お寺にお参りに行きたいな・・・。ご住職のお説法も聞きたいな・・・』と、奥様に残念そうに語っておられたことを葬儀の折にうかがいました。

小出さんは長い間一緒に仏道に励んだ同志ですから、枕経から初七日忌に至るまで読経・唱題申し上げる度に、在りし日のすがたが自然に想い起こされました。ご信心の篤い方でしたからまちがいなく法華経と日蓮大聖人のお待ちになる霊鷲山に向かわれたことでしょう。
小出さん霊山でまたお会いしましょう。

相武山 山主

 

2020年09月30日

笑顔の初参り

梅雨の晴れ間に和光市に転居された重吉さんご一家がお参りにみえました。重吉さんご夫妻の長女真美さんに次女が誕生。その初参り(誕生した子どもが初めてご本尊さまにお参りすること)にご家族そろってのお参りです。二人の孫娘のお祖母ちゃんになったAさんも2年ぶりのお参りでした。Aさんはここ数年体調を崩しておられましたから、信心深いにもかかわらずお参りができずに残念がっておられました。お孫さんを授かったことと久しぶりにご本尊さまにお参りができたことで、自然に笑みがこぼれていました。

重吉さんご夫妻に初孫の樹奈ちゃんが授かって2年半、元気いっぱいの樹奈(じゅな)ちゃんは、お母さんの真美さんに手を引かれて、遠路にもかかわらず折々に当山に参詣していますが、この春、愛情深い大樹さんと真美さんご夫妻に新しい命が授けられました。お名前は「樹莉(じゅり)」ちゃんと名付けられました。二人の娘さんともにお父さんの一字を頂いたということです。法華本門のご本尊様に法華経を読誦しお題目をお唱え申し上げて、樹莉ちゃんが心身共に健やかに成長することができますようご祈念を申し上げました。また、いついかなる時に何が起きても不思議ではない人生ですから、ご一家が法華経への信仰を大切に、日々安らかな心で生活が送れますよう併せてご祈念を申し上げました。

子育ては「旬そのもの」だと思います。子どもはあっという間に成長して行ってしまいますから、「教えたり、見守ったり、ほめたり、しかったり、・・・・・そして、子どもから学んだり」と一日一日の関わりを大切にして、子育てを通して自らの人生の奥行きを広げて頂きたいと思います。子どもを授かることによって親という世界がはじめて与えられるのですから、疲れてしんどいときもあると思いますが、子育てには楽しみがてんこ盛りですから、ご夫妻には大いに子育てを愉しんでくださるよう願っています。

相武山 山主

2014年07月19日

賢い選択

最近は人生の終焉(しゅうえん)を穏やかに迎えるため、また、人生の最後を自らの望むように閉じたいと願って「終活(しゅうかつ)」を意識する人が多くなっています。終活というのは「人生の最後をより良いものとするため、事前に準備を行う」という意味になります。
「諸行は無常」として生老病死を正面から受け止める仏教では、自らの死を見つめることによって生の貴重さに思いをいたし、限られた人生であるからこそ、あだや疎(おろそ)かにすることなく意義深い生活を送りたいという願いを持つことになります。
したがって終活を考えることは、仏教的には至極当然なことといえますが、少し前までは「自分や家族の最後を語るなんて縁起でもない」などという言葉を聞くことも少なくありませんでした。
最近は多くの方が冷静に考えるようになってきたばかりか、終活を意識することがより賢明なことと認められてきたようです。当山でも檀信徒や友の会の皆さんばかりでなく、その友人・知人の方からも相談を受けることがあり、それぞれの環境や希望にそってお話をさせて頂いています。

終活といっても、終末医療への対応や所有財産の処分や帰属、葬儀式や納骨のかたち、死後の供養までかなり広範な意味をもちますが、与えられた人生の幕を閉じるにあたって自分の意思を明らかにしておくことは大事な心得といえるでしょう。さらに大事であるからこそ後回しにしないで、健康な心身であるときに熟慮しておくことが大切です。年齢にもこだわる必要はありません。心身が衰え不安定になってから考えるのではより良い終活とならない場合もあります。人の考えや望みは変わるものですから固執することなく、今の気持ちを整理し、書面にしておくことから始めるのがベターといえるでしょう。終活への姿勢が変われば改めて示し直せば良いだけのことです。
誰もが差別なく訪れる旅立ちの時に、人生や家族はもとより、友人や社会のすべてに「ありがとう」と感謝の言葉をもってお別れができるように、健やかなときにこそ終活を考えることは賢い選択といえるでしょう。

住田さんの旅立ち先月調布市にお住まいの住田さんが逝去され当山の客殿で葬儀式を執り行いました。住田さんはプロのカメラマンで、長く新宿で写真館を営んでおられた方です。93才の人生でした。当山とのご縁は友人方の延長線上からのものです。
住田さんご夫婦はお子様がなく、また兄弟もいらっしゃらないご夫婦でしたから、とても仲の良いご夫婦であったようです。その愛する奥様T子さんが平成19年10月10日に逝去され、葬儀式は近くの寺院で行いましたが、その後の追善供養と納骨を安心して行いたいと願われ、友人の勧めによって当山にお出でになりました。後継者がいないこともあって、奥様のご遺骨を当山の永久納骨施設である久遠廟に納められ、住まいも遠く高齢であることから永代供養も希望されました。永代供養は当山の大過去帳に記入して毎月の命日忌にご回向申し上げる供養のことです。施主がお参りにならずとも記帳された精霊の命日には朝夕の勤行においてご回向申し上げています。
住田さんは彼岸やお盆など折々に供養を届けられたり、体調の良いときには手紙も頂きましたが、昨年は奥様の7回忌法要を当山で執り行われました。30年来の親しい友人であり、常日頃から家族同様のおつきあいをされていた保土ケ谷区の荻野さんのご家族とご一緒でした。足が不自由でしたから車いすでのお参りでしたが、「7回忌の供養をしてあげることができて本当に良かった。これで思い残すことはありません」ととても喜んでおられました。
身寄りがおられないため葬儀式は親友の荻野さんが施主となってくださいました。また、ご本人の後見役となる福祉施設の方がお出でになり、「住田さんのご意思を生前にうかがっていましたので、その希望にそって葬儀式と久遠廟への納骨と永代供養をお願いします」といわれました。私にも同様のことをおっしゃっていましたから、住田さんがご自分の終活をしっかりと考えておられたことがわかります。そのお陰でまったく混乱なく葬儀式を執り行うことができました。
住田さんの自宅からご遺体を客殿にお迎えし、簡単な祭壇を設けて式場を調え、当山の化儀作法にのっとり、納棺・枕経・仮通夜・通夜・葬儀式・出棺・荼毘・初七日忌法要と4日間にわたって懇ろに勤めさせていただいた次第です。
仏縁をしっかりと結ばれた住田さんは、法華経と日蓮大聖人のお題目に送られて霊山に旅立って行かれました。奇しくも旅立ちの日は月は違いますが奥様のご命日と同じ10日でした。これから毎月10日には当山の御宝前にてご夫妻の追善ご回向を申し上げることになります。

 

相武山 山主

2014年04月04日

感謝と愛情をこめて

法事を営みました

3月2日、 野中家の第23回忌法要が当山で執り行われました。しばし音信が途絶えていた野中さんから久しぶりのお電話を頂いたのは1月の下旬でした。いろいろと事情があって新寺院移転の前後から連絡が不通になっていました。移転から3年が過ぎていましたから旧寺院に連絡がつかず、野中さんは電話で「妙法院を探しました」というお話でした。今年がお父様の23回忌にあたっており、しばらくお父様の供養をしていないので、法事を執り行い追善の供養をしたいというお申し出でした。

野中さんとは22年ほど前、保土ケ谷区の故関根さんの引き合わせで、野中さんのお母様とお会いしてからのご縁。平成4年にお父様の葬儀を勤めさせて頂き、その3年後にはお母様の葬儀もお勤めいたしました。その後、3回忌や墓地の御開眼、7回忌までは折にふれて追善供養をしておられましたが、野中さんも2度ほど転居されるなど、このところご縁がうすくなっていました。
この度はお父様の法事を行いたいとの心優しい発願です。「お母様も3年後に23回忌ですから、ご一緒にされては如何ですか」とお伝えしたところ、賛同頂きましたので当日はご両親様の23回忌を執り行いました。その昔若々しかった息子さんと娘さんも家庭をお持ちになり、それぞれに娘さんも授かってすっかり落ち着かれているご様子、家族皆んなで参列頂きました。精霊壇には参詣者一人ひとりによるお塔婆を建立され、倶に読経・唱題・焼香と心を込めてご供養を申し上げました。いつものように読経の後には10分ほどの法話を申し上げましたが、皆さん法事を勤められたことを大変喜んで居られ有り難いことと思いました。

法事は御仏の教えを尊ぶ者が、家族・親族への冥福を祈って行う仏事です。そこでは故人との親しい交わりが想い出され、故人への感謝と愛情が捧げられます。また、仏教では故人が常に縁者の人々を御仏のそばから見守っているともいわれますから、きっと故人からの静かなメッセージも受け取られることでしょう。法事には多少の時間と供養の経費もかかりますが、家族・親族という不思議なご縁に思いをいたし、一人ひとりの心の在り方に深みをもたせるはたらきがありますから、有り難い「かたち」といえるのではないでしょうか。

法事といえば檀信徒のそう多くない当山では月に一件もないこともありますが、今年の1月の末から3月のはじめにかけては、ご信心と家族への思いの厚い方々が丁重に法事を執り行われました。1月末には一昨年仏縁を結ばれた遠藤家の3回忌法要が執り行われ、2月には昨年急逝された疋田さん(南区)の1周忌、開創当時から変わらぬご信心の小出家(旭区)の13回忌、立教開宗750年を迎える頃講頭を務めて頂いた中村達郎さんの13回忌、市沢町の吉田さんの岳父となる大矢家の23回忌法要、そして、緑区にお住まいだった宮崎さんの3回忌法要が娘さんの由喜美さんのご家族によって丁重に営まれました。

前にふれたように、法事には仏教的にも習俗的にも精神的にもたくさんの意味が込められていますから、その意味を知る方々にとっては大切にされますが、人情や信仰心がうすくなって軽んじられやすい現代。また、法事の意味や作法がわからないために、営みたくてもどうして良いかわからないという方が居られるのも事実。しかし、基本となるのは人を集めることでも、盛大に行うことでもなく、大切に思っているご先祖や家族・親族・友人への感謝と愛情の心を、仏事を通してかたちに表現するということです。
心がすべての源であり、その心の有り様が最も大切なことは、改めて語るまでもありませんが、その心も思っているだけでは相手に伝わってはゆきません。こころの思いは言葉や振る舞いを通して相手に伝わってゆくものですから、御仏の教えにしたがって法事を営むことは、故人への思いを仏事を通して表現するという尊い営みなのです。

相武山 山主

2014年03月13日

健やかな成長を

初参りおめでとうございます。

去る2月20日、金沢区のKさんご一家が次男太翔(たいが)君の「初参り」のために参詣されました。太翔君は昨年11月13日の誕生です。ご信心を大切にされている横須賀市の祖父母のKさんもご一緒でした。それぞれにお忙しいようで、お会いするのも久しぶりでしたが皆さんお元気で何よりです。長男元稀君は相変わらずその名の通り元気いっぱいで本堂内を走っていました。
誕生して初めてご本尊さまにお参りされた太翔君のために、ご家族の皆さんと法華経を読誦しお題目をお唱えして、心身共に健やかに成長するよう御宝前に御祈念を申し上げました。新たな家族を迎えられたK家では、彌々(いよいよ)にぎやかになることでしょう。

うれしいことに初参りが続き、28日には海老名市のYさんご夫妻が娘さんと一緒に孫の初参りに参詣されました。Yさんの初孫は陽斗(はると)君。愛知県に住む娘さんはYさん宅に里帰りしての出産でした。陽斗君は1月21日のお誕生です。出産後はしばらく病院のお世話になったということでしたが、すっかり元気になっての初参りでした。信心深い祖父母に導かれてのお参り。皆さんと一緒に心を込めて陽斗君の健やかな成長をご本尊様に御祈念申し上げました。陽斗君は3月中旬にはお父さんの待つ愛知県に帰られます。
孫の誕生は理由なく可愛いものですが、その深い愛情の分だけ心配もつのるものです。でもお祖父ちゃん・お祖母ちゃんには、ご本尊様に祈るという大きな信仰の力があります。ご一家が御仏(みほとけ)への祈りを大切に健やかでありますように。

初参りでは幼子の無事なる成長を祈ると倶に、楽しいことばかりではなく、山あり谷ありの平坦ではない人生、辛いことや厳しいこともあることでしょうから、一つひとつの出来事を乗り越えながら、たくましく日々の生活に向き合って行けるよう併せて祈念申し上げました。

さて、人生では出会いがすべてといわれることがあります。誰といつどこで出会うか。その出会いの意義を活かすことができるか、それらは人生を左右するほどの意味を持っているということです。
さまざまな出会いから夫婦のちぎりを結び、子どもを授かるということは人生の大きな喜びの一つです。仏教では「あらゆる物事は『縁起』による」という考えに立ち、一つの事物や事象はいろいろな条件が調うことによって、「有限的に存在する(今在る)」という考えですから、子どもを授かった夫婦は、子どもによって親という新たな世界が与えられということになります。世間では親が子どもを生み育てるといいますが、親が子どもを授かりその子を育てながら、人生の意義を学ぶことも実に多いのですから、子どもによって親という人生の役割を与えられたという考え方もできます。
そのように考えることができれば、一方通行的な親子の関係や硬直した思考に陥ることなく、柔軟でしなやかな親子の関係が結べるようにもなるのではないでしょうか。
初参りを頂いて、親子という不思議な縁(えにし)に思いをいたしました。

相武山 山主

2014年03月11日

寿陵の開眼法要

去る1月13日、吉田家の墓石建立開眼法要(かいげんほうよう)が執り行われました。一昨年、当山の墓苑に墓所を定められた中区の吉田満さんご夫妻が、昨年の秋に墓石を建立されたために行われたものです。「開眼法要」というのは眼を開く法要と書きますが、一般には「魂入れ」といった方がイメージしやすいかもしれません。開眼法要・開眼供養は仏教各宗派においてさまざまな仏事で執り行われますが、およそ「信仰の対象としての意義付けがなされる儀式」といえるでしょう。本宗でもお墓ばかりでなく、ご本尊様を表装直ししたときや、自宅にご本尊さま(仏さま)を迎えたり、念珠や仏壇を新調したときなどにも行われます。ときに「入仏式」と称する場合もあります。

新たに墓石が建立されて執り行われる墓石の開眼法要は、建立の趣旨が円成(つつがなく成就)するようにと仏祖三宝尊に祈念する法要です。納められるご遺骨がある場合には、その納骨式も併せて行われますが、吉田家の場合は納めるご遺骨はありませんでしたので「寿陵墓(じゅりょうぼ)」としての開眼法要となりました。寿陵墓というのは自らのお墓を生前にあらかじめ建立することをいいます。生前にお墓を用意することを「縁起でもない」といわれる方もいますが、生前に自分と大切な家族のために永久(とわ)の住まいであるお墓を用意することは不思議なことではありません。
中国では皇帝のための陵墓が生前から造営されるのが常でした。秦の始皇帝陵が特に有名ですが、始皇帝は13歳の即位から50歳で死去するまで37年間にわたって自らの陵墓を修築したといわれています。その他、渭水(いすい)北方の前漢の帝陵,洛陽(らくよう)付近の後漢の帝陵をはじめ、歴史に沿って多くの陵墓が遺されています。日本でも古墳時代の王家等の墓に見られるように生前に準備がなされていたようです。日本書紀や聖徳太子伝歴などには、およそ1400年ほど前に聖徳太子や蘇我入鹿が生前にお墓を建てたことが伝えられています。

歴史からもそのいわれがわかりますが、一般的にも自分の意思で墓所を定められ、思いをこめて墓石を建立できる寿陵墓はめでたく縁起の良いことといわれています。また、その開眼法要はお祝いとされています。吉田さんのお母さんは当山開創当初からのご信徒で、皆さんに「みほちゃん」とよばれて親しまれている方です。いつも明るく元気でご信心の篤い方でしたが、ここ数年は身体の不調で当山への参詣も思うにまかせません。そのみほちゃんが前日に電話をかけてこられて、ご長男のMさんが寿陵墓を建立されたことをとても喜んでおられました。旭区にお住まいの次男Kさんも2年半ほど前に当墓苑に墓所を求められ、墓石を建立して岳父のご遺骨を納められました。それ以来毎月ご夫婦でお参りにお出でです。お彼岸やお盆にはご家族・親族の方もお参りになり、お墓が家族の一つのより処となっているのがわかります。
Mさんご夫妻に長女のAさんが参列された13日の開眼法要は、日が陰って少々寒さはありましたが、風もなく穏やかな中で厳かにお勤めさせて頂きました。

相武山 山主

2014年01月28日

静かな祈りと歳末の喜び

正月の初参詣も終え松の明ける頃、泉区からHさんが参詣されました。Hさんは年に数回、時間がとれた時に参詣にみえ、いつもお一人で1時間以上法華経を読誦され、じっくりとお題目をお唱えされるご婦人です。日蓮大聖人の教えにご縁を結ばれて久しく、自らご本尊に詣でて読経・唱題申し上げることが心の安らぎと仰る方ですが、家庭の事情でご本尊様を御安置して信仰ができる環境にはありません。当山とは約6年ほどのご縁になるかと思いますが、いつもご自分のペースで気持ちの良い読経唱題をなさっています。
娘さんの出産の折りにも当山に御祈念を願い出られ、ご一緒に法華経の御宝前に読経・唱題を申し上げて祈念させて頂きました。いつもご家族の平安を心にかけられ、身じろぐことなく静かに御宝前に祈られる姿は尊く存じています。仏祖三宝尊は常にご照覧のことと存じますが、いつの日か、ご自宅にもご本尊様をお迎え申し上げ、心おきなくさわやかな信行に勤められるよう祈っております。

あらゆる人々と倶に仏道に精進したいと願う当山は、常にその門を開いておりますから、静かに法華経と読誦したい、じっくりとお題目をお唱えしたいと思われる方は、遠慮なく自由にご参詣頂きたいと存じます。檀信徒の方々や友の会の皆さまには、豊かな緑と四季折々の自然環境に恵まれ、仏祖三宝尊を荘厳申し上げる御宝前にて、自らをみつめられ、その信仰心を磨き上げて頂ければ実に幸いと存じます。

さて歳末には喜ばしいことがありました。
一昨年の秋に、当山の永代供養墓「久遠廟」に関心をもたれた緑区のIさんご夫妻。その後、説明を聞かれたご夫妻は久遠廟ご利用の申し込みをされましたが、年末には信仰の誓い(御授戒)を立てられて、ご自宅にご本尊様をお迎えになられました。はじめはご夫妻の「終活」を考えられてのご縁のようでしたが、二度三度とお話をさせて頂き、仏教と信仰の尊さについて申し上げてゆくうちに、仏道と信仰の大切さを少なからずご理解頂けたようで、ご夫妻共に法華経と日蓮大聖人の教えに帰依されることとなった次第です。ご主人は長く少年野球のコーチをされ、子供たちの育成に今でも深い関心を寄せられている方です。奥さんは病気療養中のご主人を大切に思い、ご家族皆さんが健やかであるように祈られる心優しい方です。
仏壇を新調したわけではありませんが、ご本尊様を迎えれるスペースを設けて荘厳し、新たに立派な仏具を新調してご入仏を申し上げました。
ご夫妻ことにご主人には、始めて読み上げられる法華経も唱えられるお題目も、当然のことぎこちないものですが、まじめで心のこもったお声は私の心にも響いてきました。信仰はご縁を大切に思い、生涯かけて磨き上げてゆくものですから、ご夫妻には折にふれて仏道を学んで頂き、その教えを人生の道しるべとして、限りある人生をより良く歩んで頂きたいものと願っております。

昨年はその他にも日曜法話会や諸仏事を通して幾人かの方々と新たなご縁を結ばせて頂きました。我が国では宗教や信仰の大切さについて教えられることが少なく、また冠婚葬祭の儀式などに偏重しているため、その意義に気づきにくいばかりか、カルト的で強引な宗教団体もどきもあることから、宗教や信仰について偏見や誤解をもつ方が多いのも事実です。そのような世相ですが当山は仏教本来の道を護り伝える法華の道場として、今年も仏道の種をまくことに精進してまいります。

相武山 山主

2014年01月14日

健やかな成長を祈りました

七五三のお祝いに緑区の颯太君と中区の葵さんが当山にお参りになりました。古今東西、幼い子どもたちが無事に大人に成長することはそう容易いことではありませんでした。災害や争乱という事態に遭遇することもあるでしょうし、そのような事態に出会うことがなくても、栄養状態が十分ではなく、医療も未発達で薬や施術に恵まれていない時代には、大人でも健康を維持して生活することは難しいことです。まして幼い子どもが健やかに成長することは難しいことでした。
そのようなことから、3歳・5歳・7歳を迎えた子どもの成育に感謝し、さらに心身共に健やかに成長することを仏神に祈念するのが「七五三祝詣り」です。子どもの成長に感謝したり祈ったりすることは昔から各地で行われていたようで、その在り方は地域や家庭で異なるようですが、子どもを授かった親の願いはひとしく「健やかな我が子の成長」です。多くの方々が実感しているように人生は平坦な道ではありません。法華経の御宝前にお参りになった幼子にもこれからいろいろなことが起こることでしょう。でも仏教は「如意宝珠(にょいほうじゅ)」でありますから、仏縁をしっかりと握って、辛いときや苦しいとき、楽しいときや嬉しいとき、いつでも仏さまの教えを燈として、悠々と己れの人生と向き合って、明るく歩みを進めて頂きたいとご祈念申し上げました。

相武山 山主

2013年11月30日