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相武山 妙法寺 ブログ

秋のお彼岸

「寒さ暑さも彼岸まで」との言葉どおり、秋の彼岸を境に秋風がわたってきました。今年の秋の彼岸は19日(土)が入りで22日がお中日でした。コロナ禍の中での彼岸会ですから当山も三密注意、マスク着用、消毒奨励という感染予防の徹底で臨みました。

19日(土)は11時から久遠廟での彼岸供養。11時30分からは樹木葬墓地での彼岸供養を勤めました。それぞれ香華を供え、納骨埋葬諸精霊のために塔婆を建立。法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経の唱題。懇ろに追善御回向を申し上げました。

当山の墓地や永代供養墓、樹木葬をご利用の皆さまはとても情愛の細やかな方が多く、7月&8月のお盆にも連日お参りになっていました。8月のお盆からまだ一月しか経っていませんが、秋の彼岸中、朝から夕方までまさに三々五々という風情でお参りになり、境内には終日お香のかおりが漂っていました。

今年の彼岸法要は20日(日)21日(月)22日(火)と三日にわたって執り行いました。20日は少し参詣者が多く心配しましたが全体的にバランス良くお参りを頂きました。今回の法要には弟子の坂上純興師にも臨席頂いたので寺務もスムースに運びました。法要はご宝前と塔婆が立ち並ぶ精霊壇に供物をそなえ、献膳・読経・焼香・唱題と如法に奉修いたしました。

法要後には3日間ともに『単衣抄』を拝読。
「信徒より単衣一領を供養されたことに対しての宗祖の返書。内容は建長五年の立教開宗以来、建治元年に至るまで、法華経の行者日蓮に対する数々の難について述べ、それらは如来の金言の実証であるという確信が語られている。続いて、身延の山において衣食に厳しい生活を送っているところに、単衣帷子を頂戴したことへの感謝を述べ、帷子を着て『法華経』を読誦する功徳はすばらしく、単衣帷子を供養された夫婦にとっては今生の祈りとなり、臨終来世の功徳となる」と述べられていることを中心に法話を申し上げました。

法要後、参詣者は各自建立回向されたお塔婆を持って墓所に向かわれ、ご先祖精霊に香華を手向けていました。
穏やかな秋の彼岸の風情もお中日まで。その後は台風の接近や秋雨前線の影響でしばらくすっきりしない雨模様でした。

相武山 山主

2020年09月30日

龍ノ口法難会

12日(土)と13日(日)の両日、龍ノ口法難会を執り行いました。13日は午前中の日曜法話会に引き続いての法要。参詣の皆さまと献膳・読経・焼香・唱題と如法に御報恩申し上げた次第です。
仏教寺院ではその年中行事をみれば、およそその寺院の教えと信仰が理解できるようになっています。当山でも年中行事を丁寧にたどると日蓮法華宗、富士日興門流の教えと信仰の概要が理解でき、1月から12月までの年間行事にすべて参詣すれば日蓮大聖人の御事跡もよくわかります。年中行事への参詣が大切といわれるゆえんです。

この春以来、コロナ禍もあって当山でも行事や法要への参詣は自粛をお願いしてきましたが、7月からは三密を避け感染防止に注意して少しずつ参詣頂いています。皆さまバランス良くお参り頂き、本堂内も密になることはなく、全員マスク着用で静かに読経・唱題を勤めていますので、油断はできませんが当面はこのスタイルでやむを得ないかなと思っています。

時局柄やむを得ないことですが、人間は文字通り、他者との関わりや交わりによってさまざまな活力が生まれますから、仏道においても信仰の道場である寺院に僧俗が集い、倶に信行に励むことによって信仰心も磨かれます。それが、「みんなで一緒にお参りができない、学び合えない、啓発しあえない・・・」となる現況は実に残念でなりません。
しかし、法華経では諸法は実相(あらゆる存在の姿に偽りはない)と説かれていますから、私はこのコロナ禍によって私たちの寺院や信仰のあり方についても再考がうながされているのではないかと考えています。
振り返ってみれば仏教寺院のあり方や活動も歴史の波に大きく影響されてきました。もちろん真理を説く宗教として時代の変化に左右されない普遍性は堅持されますが、時代によって変化したものも少なくありません。いつの時代もどの分野においても存続してきたということは、存在意義が認められ当事者の知恵と工夫と努力がなされてきたことに他ならないのです。

徳川の時代、庶民統治の一環として檀家制度が利用され全国には多数の寺院が建立されました。しかし、その後、明治時代の廃仏毀釈の嵐や戦後の都市化の波に洗われ、檀家制度意識もすっかり弱くなり、全国に約7万7千存在するという寺院も、今や住職がいない無住のお寺や修理もできずに維持が困難なお寺が3割以上もあるというのですから、深刻な危機を迎えているといっても過言ではありません。
仏教の教えや信仰はいかにすばらしくてもその護持伝承は容易なことでありませんから、私たち仏教徒の覚悟と精進が今問われていると思うのです。

【宗祖の心意気】
法要後の法話は『四条吾殿御消息』を拝読。真偽未決の御書ではありますが宗祖の心意気が伝わるような御書です。
「度々の御音信申しつくしがたく候。さてもさても去ぬる十二日の難のとき、貴辺たつのくち(龍口)までつれさせ給ひ、しかのみならず腹を切らんと仰せられし事こそ、不思議とも申すばかりなけれ。
日蓮過去に妻子所領眷属等の故に身命を捨てし所いくそばくかありけむ。或は山にすて、海にすて、或は河、或はいそ等、路のほとりか。然れども法華経のゆへ、題目の難にあらざれば、捨てし身も蒙る難等も成仏のためならず。成仏のためならざれば、捨てし海河も仏土にもあらざるか。
今度法華経の行者として流罪・死罪に及ぶ。流罪は伊東、死罪はたつのくち。相州のたつのくちこそ日蓮が命を捨てたる処なれ。仏土におとるべしや。
其の故はすでに法華経の故なるがゆへなり。経に云く「十方仏土中 唯有一乗法」。此の意なるべきか。此の経文に一乗法と説き給ふは法華経の事なり。十方仏土の中には法華経より外は全くなきなり。除仏方便説と見えたり。若し然らば、日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか。
娑婆世界の中には日本国、日本国の中には相模の国、相模の国の中には片瀬、片瀬の中には竜口に、日蓮が命をとどめをく事は、法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか」
以上。

御書システム(興風談所)の解題には
「本状は龍ノ口法難の九日後、依智本間邸にて四条金吾に宛てた書状である。冒頭龍ノ口法難の際、宗祖が頸を切られたならば腹を切ると述べたことを、感慨を以って語られている。これは後弘安三年十月八日の 番号384「四条金吾殿御返事」(『定本』2巻1800頁。真筆は無いが大石寺六世日時『三師伝』に引文される)に「殿は馬の口に付て足歩赤足(かちはだし)にて泣悲み給、事実にならは腹きらんとの気色なりしをば、いつの世か思忘るべき。」とあるのと符合する。
更に『方便品』の「十方仏土中唯有一乗法」との経文の如くならば、頸の座に据えられた相模国片瀬龍ノ口こそ寂光土であること、又霊山にては四条金吾こそ『法華経』の故に腹を切ろうとした法華経の行者であると釈尊に申し上げること、そして月天子は光り物として頸の座に、明星天子は本間邸に下り日蓮に見参し、残る日天子の加護がいかばかりか楽しみである等と述べられている」とあることを紹介。

宗祖が法華経と合一された龍ノ口を寂光土とよばれたように、「私たち門下僧俗も自らの仏道修行の地を寂光土といえるよう信行に努めること。職場であれ、学校であれ、家庭であれ、社会であれ、一方的に環境が悪いと愚痴をいうのではなく、艱難辛苦を覚えながらも人生の大切な局面と心得て、汗を流して努力し、道を切り拓いてゆくことはすばらしく、その世界も輝く」とお伝えしました。

相武山 山主

 

2020年09月28日

悦び身に余れり

日蓮門下にとって9月といえば宗祖の「龍ノ口の法難」が自然に想起されます。龍ノ口法難とは文永8年9月12日、日蓮大聖人が相模国片瀬龍ノ口(現在の藤沢市片瀬)において、時の為政者により斬首という厳しい処罰を蒙った事件のことで、法難とは仏法弘通のために受けた迫害や苦難を意味しています。

日蓮大聖人は真摯な仏法研鑽の上から、大乗仏教の精華である法華経こそ末法の荒凡夫を成仏へと導く教法であると覚悟され、その弘通に人生のすべてをささげられました。しかし、国民の安寧を祈り立正安国論を著して為政者に奏上し、法華最勝・妙法題目専修の信念から他宗他門を批判しましたから、時の権力者やその一門、念仏宗や禅宗など諸宗の僧侶、その檀信徒から生涯にわたって批難迫害を受けることになったのです。

法華経には「一切衆生の差別なき成仏を説く法華経を信受し弘通する者は、理解されない者から批難され迫害される」と説かれています。「すべての人々の平等の成仏と本仏の久遠を説く法華経こそ教主釈尊の真実の教えである」と覚悟された日蓮大聖人は、建長5年の立教開宗より池上でのご入滅まで、法華弘通による衆生救済を誓願実践され、さまざまな困難や迫害を超克されて法華経の行者としての生涯を歩まれました。

仏教は釈尊の開創以来、広範な国や地域や民族にわたって伝播し、それぞれの自然環境や習俗、歴史や文化や伝統などの影響を強く受けながらさまざまな変遷を遂げました。したがって仏教としてゆるがせにできない基本的思想は共通しているものの、その時代や国や地域、民族などによって違いがあり現代に至っていますから一様ということにはなりません。

西暦6世紀、インド創唱の仏教が約1000年の時と数千キロの距離を経て我が国に渡来しましたが、日本では小乗仏教と大乗仏教、仏像と菩薩像を同時に受容しました。小乗仏教の諸学派は仏教の基礎として学ばれましたが、私たち凡夫の仏道成就は大乗仏教に求められたのです。
その理由としては「小乗仏教では資質と環境に恵まれた極一部の比丘・比丘尼にしか仏道の修行・修学ができない。釈尊のように煩悩を断尽して完全な覚りを得ることができないと考えた比丘・比丘尼は阿羅漢にとどまる。自分の覚りがすべてに優先し、他者の救済には思いが至らない。仏教が一部の限られた比丘・比丘尼の占有であることが果たして釈尊の本意であろうか。自分だけの覚りと安心を求めるのではなく、より多くの人々と倶に救われる仏道(大乗仏教)こそ釈尊の本意ではないのか」ということによるものです。

差別なくすべての人々に成仏という救済の道が開かれていると説くのが大乗仏教の精華である法華経です。宗祖はその法華経の文々句々を御仏の言葉であり神髄であるとして受容され弘通に励まれました。
その結果、龍ノ口での法難を招くことになったのですが、命に及ぶ法難はもとより覚悟の宗祖ですから、『下山御消息』には「信心をも増長せんと退転なくはげみし程に、案にたがはず、去ぬる文永八年九月十二日に都て一分の科もなくして佐土国へ流罪せらる。外には遠流と聞こへしかども内には頸を切ると定まりぬ。余又兼ねて此の事を推せし故に弟子に向かひて云く、我が願既に遂げぬ。悦び身に余れり」と述懐されています。

ここでは「貴重な人生、得がたき仏縁、会いがたき法華経」と覚知された宗祖が、有限の人生のなかで永遠の真理である南無妙法蓮華経と凡夫の我が身が合一できた悦びが語られています。龍ノ口法難は宗祖にとって最大の宗教的クライマックスといっても過言ではなく、この法難の後、佐渡での流罪から身延山でのご法門の開顕へと教えと信仰が表白されて行きます。
私たちは煩悩を断尽できない不完全で未熟な存在であり、宗祖のような覚悟は定まりませんが、人生は「生・老・病・死を免れない限りあるもの」であることを熟考し、自らの信仰・信念を不断に磨いて悔いの少ない人生を歩みたいものです。
日蓮門下僧俗にとって龍ノ口法難会は真に意義深い御報恩法要なのです。

相武山 山主

2020年09月27日

8月のお盆

コロナ禍の上に猛暑が続き、今年の「8月お盆」はいろいろと厳しい環境でのお参りとなりました。今年は例年よりも早い10日頃から墓苑へのお参り、永代供養墓久遠廟や樹木葬墓地にお参りされる方の姿が見受けられました。
本当に三々五々といった感じで、お盆明けの16日まで朝の8時頃から夕方の4時頃まで家族ずれで自由にお参りされていました。皆さん強い日差しのもと、マスクをされてのお参りですからしんどそうにも見えましたが、汗をぬぐいながら墓前に香華をささげて静かに祈る姿はまさにお盆のお参り。
供養をお受けになるご先祖や故精霊もきっと悦んで居られることでしょう。

檀信徒皆さま参集のお盆法要は三密に配慮しての執行。今年は13日の宗祖御報恩講、15日の戦没者法要、16日の月遅れ盂蘭盆法要と3回に分けてのお盆供養といたしました。それぞれに10名~20名ほどのご参詣でしたが、如法(にょほう)に献膳・読経・焼香・唱題とお勤めし、願い出の御塔婆を建立して懇ろにご回向を申し上げました。

【法要後の法話】
一生成仏抄
「都(すべ)て一代八万の聖教、三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとはゆめゆめ思ふべからず。然(しか)れば仏教を習ふといへども、心性(しんしょう)を観(かん)ぜざれば全く生死(しょうじ)を離るる事なきなり。若(も)し心外に道を求めて万行万善を修せんは、譬(たと)へば貧窮(びんぐ)の人、日夜に隣の財(たから)を計(かぞ)へたれども、半銭の得分もなきが如し。
然れば天台の釈の中には『若し心を観ぜざれば重罪滅せず』とて、若し心を観ぜざれば、無量の苦行となると判ぜり。故にかくの如きの人をば仏法を学して外道(げどう)となると恥ずかしめられたり。ー 略 ー
又衆生の心けがるれば土もけがれ、心清ければ土も清しとて、浄土(じょうど)と云(い)ひ穢土(えど)と云ふも土に二つの隔(へだ)てなし。只我等が心の善悪によると見えたり。衆生(しゅじょう)と云ふも仏と云ふも亦(また)此の如し。迷ふ時は衆生と名づけ、悟る時をば仏と名づけたり。譬へば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し。只今も一念無明(むみょう)の迷心(めいしん)は磨かざる鏡なり。是(こ)れを磨かば必ず法性(ほっしょう)真如(しんにょ)の明鏡と成るべし。深く信心を発(おこ)して、日夜朝暮に又懈(おこた)らず磨くべし。何様(いかよう)にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是れをみがくとは云ふなり」を拝読。

日蓮大聖人の遺された御書(御遺文)は相当数にのぼりますが、真筆(しんぴつ)が遺されていたり直弟子の写しがあるものなど、たしかに宗祖の筆と認められる御書と、明らかに後人の筆とされる偽撰(ぎせん)御書、さらに真偽(しんぎ)未決(みけつ)として研究途上の御書に三分類されます。
日蓮教学の論文では真蹟御書を中心にしなければその主張はほとんど評価されませんが、宗祖の教えに大きく違えていなければ真偽未決御書や偽撰書も信仰の手引きとして用いられることもあります。

盂蘭盆会で拝読した上記の一生成仏抄は偽撰とされている御書ですが、信仰の手引きとして解説いたしました。
初めのポイント
「仏教を習ふといへども、心性(しんしょう)を観(かん)ぜざれば全く生死(しょうじ)を離るる事なきなり」。
仏教の教えを学んだとしても自らの心をしっかりと見つめることができなければ、生死(仏教では迷い悩み苦しみのこと)から離脱することはできません。
次のポイント
「浄土(じょうど)と云(い)ひ穢土(えど)と云ふも土に二つの隔(へだ)てなし。只我等が心の善悪によると見えたり。衆生(しゅじょう)と云ふも仏と云ふも亦(また)此の如し」。
諸仏菩薩の住む浄土も煩悩にむしばまれた衆生が住む穢土も、けっして別々の世界ではなく、私たちの心の善悪の営みによって浄土にも穢土にもなるのです。また、迷うときは衆生であり、その衆生も深く仏法を受持すれば仏となるのです。衆生と仏についても全く別々の存在ではなく迷悟の異なりによるのです。
結びに
「一念無明(むみょう)の迷心(めいしん)は磨かざる鏡なり。是(こ)れを磨かば必ず法性(ほっしょう)真如(しんにょ)の明鏡と成るべし。深く信心を発(おこ)して、日夜朝暮に又懈(おこた)らず磨くべし。何様(いかよう)にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是れをみがくとは云ふなり」
自らの心にあらゆるものの真実を映し出すためには、南無妙法蓮華経のお題目を唱えて心を常に磨くことの大切さをお伝えしました。

参詣の方々には盂蘭盆御書(真蹟)の冒頭部分をプリントしてお渡ししました。手元にプリントがあればいつでも御書にふれて日蓮大聖人の教えにまみえることができるからです。

ご参詣ご苦労様でした。

 

相武山 山主

 

2020年08月28日

護持と伝承の大切さ

今年の梅雨は長く感じましたが、8月1日「関東地方も梅雨が明けた模様」と気象庁が報じると、その後は全国で猛暑が続きました。8月の猛暑日の記録も更新されるというほどですから、酷暑の夏といっても過言ではなく、熱中症で倒れる方も少なくなかったようです。その上、コロナ禍による常時マスク着用を余儀なくされていますから、体感的には限界に近い暑さのように感じました。

当山では毎月1日は「お経日」。私たちにとっては、月の初日に菩提寺に参詣し法華経と日蓮大聖人の教えを燈として一月の精進をお誓いする月例法要です。
1日のお経日は13日の御講(日蓮大聖人御報恩講)と倶にご信心の篤い檀信徒が大切にしています。毎月お参りをされる方は現在十数名でしょうか。およそ40年近く続けている方も居られます。

今月は8月のお経日に合わせて御虫払法要を執り行いました。例年4月28日の立宗会と倶に執り行っている大切な法要ですが、今年はコロナ禍のために延期としていたものです。御虫払法要は妙法院所蔵の曼陀羅本尊などのお風入れと虫払いを行う法要。ご宝物を護り伝えることは仏弟子の務めであり、日蓮法華宗の教えと信仰を認識する法要となります。3日前からご宝物を内陣にご奉掲。午後1時からの法要は本堂の三方を開け放ち三密に注意して奉修しました。

コロナ禍の状況下ですが8名の信徒が参詣。仏祖三宝尊に香華をささげ、厳かに法華経要品を読誦、自我偈を訓読申し上げました。太鼓に合わせての唱題のなか、参詣者は内陣に進み、合掌してご宝物を内拝。如法に御報恩申し上げ、仏法の護持に努めることを誓願いたしました。

法要後には御奉掲の曼荼羅本尊と御影画像の説明。次に「現代に日蓮大聖人の仏法と日興上人の信仰を継承できたのは先師先達の護法の志によるものであり、私たちも仏道における護持と伝承の大切さを認識して精進しよう」とお伝えしました。

法華経の結経である『観普賢菩薩行法経』には
「この大乗経典は諸仏の宝蔵なり。十方三世の諸仏の眼目なり。三世の諸の如来(にょらい)を出生(しゅっしょう)する種なり。この経を持(たも)つ者は、すなわち仏身(ぶっしん)を持(たも)ち、すなわち仏事を行ずるなり。まさに知るべし。この人はすなわちこれ諸仏の使わす所なり。諸仏世尊(せそん)の衣に覆われ、諸仏如来の真実の法の子なり。汝は大乗を行じて法種(ほうしゅ)を断(た)たざれ」と説かれています。

この経文は法華経信仰者へのメッセージ。ここでは「法華経は御仏を出生する法種であり、法華経を信受する者は大乗を行じて法種を断つことがないように」と教えられています。この経文を繰り返し拝読して仏法護持の使命を感得したいものです。
先月の26日に続いてこの日も午後2時20分から櫻井さんの畑でブルーベリー狩りを楽しみました。

相武山 山主

2020年08月27日

お久しぶりです

去る4の日曜日、有働家の法事が当山で執り行われました。現在82歳になり鶴見区の伏見さん(娘さん)と一緒に生活されている有働さんが、ご主人の23回忌をお勤めになり、懐かしいお顔を拝見することができ嬉しい一時を頂きました。有働さんとは新寺院の起工式以来ですから5年ぶりでしょうか。お体の具合もあって落慶式も不参でしたから、初めての新寺参詣でした。長男の祐一さんや伏見家の皆さんとも17回忌以来でしたが、お孫さんの直也さんとは本当にお久しぶりでした。

すっかり立派になった直也さん。気立ての良さそうな奥さんと子どもさん3人とご一緒のお参りでした。私のおぼつかない記憶ですが、30年ほど前あるキッカケで直也さんのお父さんである祐一さんと知り合うこととなり、その後、法華経と日蓮大聖人の教えを倶に学ぶようになりました。そして、何回か洋光台のご自宅にお経参りにうかがっていたとき、小学校の低学年の元気の良い利発な子どもが二人の妹の面倒を見ていました。その男の子が直也さんでした。あたりまえの事ながら顔かたちは同じでは有りませんが、その輪郭と面影はまったく変わっていません。直にあ~あの時の子どもさんだということがわかりました。今は立派なお父さんになっておられました。

法事が終わりいつもながらに10分ほどの法話をさせて頂きました。「法事をする意味、法華経を読み上げる意味、お題目のこころ、現実社会で生きる難しさと信仰の大切さ」、を言葉足らずではありましたがお伝えしました。お孫さんやひ孫さんも大勢ご参詣でしたが、皆さんとても静かに法要に参列しておられました。その後、客殿で会食させて頂き、昔話から近況まで和やかに語り合い楽しい時間を頂戴しました。有働さん、伏見さん、直也さんからお帰りに、「立派なお寺で良い法事でした」と言って頂いてとても嬉しく思いました。こらからも皆さんがご縁を深められて仏様の教えを学ばれますよう願っています。

連日の猛暑が全国を襲った11日(日)は午前11時から今年8回目の日曜法話会でした。今月は「祈りを大切に」をテーマに約1時間お話をさせて頂きました。世相は「忘れてはならない8月15日」です。想像を絶するような猛暑でした。エアコンを設置していない本堂です。いつもなら森をわたる風が暑さをあまり感じさせないのですが、今年の夏はひと味違います。黙っていても額からは大粒の汗、体温よりも暑い気温なのですから、具合の悪くなる方が出てもおかしくありません。法話の途中に興厳房が小さなアイスを皆さんに配っていましたが、まさに一服の清涼といったところでした。一人も倒れることなく無事に法話を終了。私もほっとしました。参集ご聴聞頂いた方々の向学心と集中力に敬意を表します。

日曜法話会の後には午後1時からお盆の追善法要を執り行いましたが、ここでも大勢の方々とお久しぶりとなりました。皆さん公私ともにお忙しいようで、仏教を学ぶことの大切さや信仰の大切さはわかっていても、時間が思うようにならないようです。鶴見区からは佐伯(旧姓高)玉栄さんが大きくなった二人の息子さんと一緒にご参詣。お盆のお参りは数年ぶりということでしたが、皆んな元気に活躍されておられるようでうれしく思いました。やはりお顔を拝見して言葉を交わすことができるのは有り難く楽しいものです。あまりゆっくりお話はできませんでしたが、玉栄さんは「16歳の高校生の時に住職に出会い、あっという間にもう32年がたってしまいました。本当に時間が流れるのは早いですね~。ようやく少し落ち着いてきたので、これからは息子たちと一緒にできるだけお参りにきますね」と語って帰路につかれました。

皆それぞれにさまざまな都合がありますから、仏道の世界でもお久しぶりということは自然なことです。信仰は生涯かけて磨き上げて行くものですから、いろいろな人生の課題と向き合いながら、進んだり、止まったり、下がったり、また進んだりと一様ではなくても心配はいりません。最終的に仏様の教えを深く信受し、自身と他者の仏性に気がつくことができれば良いと思うのです。迷うのも悩むのもより良い人生を願うからに他なりません。お久しぶりからまた新たな出会いと縁(えにし)が生れることを願っています。

2013年08月17日

炎暑の新暦お盆

横浜では新暦7月で盂蘭盆会を執り行う寺院が多いようです。多いというのは月遅れの8月に盂蘭盆供養を希望される方もあって、その希望に応えて8月にも執り行っている寺院があるということです。全国的には多くの地域で月遅れのお盆が営まれていますから、それぞれにご先祖や有縁精霊への追善供養を願う方がいらっしゃれば当然かもしれません。ちなみに当山では年中行事として例年8月には15日に「戦没者追善法要」を執り行っていますが、合わせて13日から16日までを月遅れのお盆として、希望のある方には同様に執り行っています。

例年7月のお盆は梅雨の最中に執り行われることが多いのですが、今年は猛烈な暑さの中での盂蘭盆会となりました。お盆の入りにあたる13日は月例の「宗祖お講」でしたが、午前10時から境内の草取りを予定していました。大和の吉田さん、旭区の阿部さん、町田の金沢さんご家族、そしていつもご協力頂く落合さんご夫妻が、炎天下の中、参道や駐車場の草取りに汗を流してくださいました。本当にありがとうございました。お陰様でお盆の前にかなりの雑草を払い境内を清めることができ感謝申し上げます。

13日(土)、14日(日)、15日(月)とお盆の法会を執り行いましたところ、檀信徒の皆さんにはそれぞれご都合の良い日を簡ばれて、ご家族の皆さんと一緒に参詣しておられました。14日は午前11時から月例の「日曜法話会」を執り行ったこともあり、15日の盂蘭盆会よりも大勢の方がご参詣でした。盂蘭盆会では御宝前に献膳申し上げ精霊善とお供物を供えて、ご参詣の皆さんと一緒に法華経を読誦申し上げ、日蓮大聖人ご証得のお題目をお唱えしました。会中には参詣者がお塔婆が建立された精霊壇の前に進まれ、ねんごろにお焼香を捧げられました。法会の後には短めにお盆のいわれをこめた法話を申し上げましたが、炎暑のなかにご参詣された皆さんの信仰心に敬意を表した次第です。
法会の時間外にも墓所にはご家族縁者の方々が三々五々墓参にお出でになっていました。ふだんお寺にお参りされない方でも、お盆やお彼岸には墓所を浄めてお参りされる方が多いのは有り難いことです。いろいろご意見もあるようですが、墓所が仏縁を結ぶ一つのかたちになっていることがわかります。

今月14(日)の法話会のテーマは「思いやる心」でした。仏法の基本的精神が自分と他者が倶に幸せになることを願うにあること。仏様の思いは慈悲心として顕われていること。思いやる心が人間性を磨き深めること。さらに思いやる心が人生の幸せにつながっていること等を学びました。来月は月遅れのお盆の前、11日(日)午前11時から今年第8回目の法話会を開催いたします。仏教に親しむ機会としてより多くの方々のご参加をお待ちしています。

相武山 山主

2013年07月29日

立宗会&御虫払会

多くの方々が休日を楽しまれるゴールデンウイークの日曜日、4月28日の午前11時から、当山では「立宗会(りっしゅうえ)」並びに「御虫払(おむしばらい)法要」を奉修申し上げました。立宗会とは宗祖日蓮大聖人が建長5年4月28日、初めて末法の衆生救済の南無妙法蓮華経をお唱えなされたことに報恩感謝を申し上げる法要です。御虫払法要とは当山に所蔵する曼荼羅本尊と宗開両祖の御影画像のお風入れ虫払いを執り行う法要です。

新緑の若葉をさわやかな風が吹きぬける清々しい佳日。当山本堂の内陣にはお風入れと御虫払いのために、二日前から所蔵の御本尊様を御奉掲申し上げました。ご信心を大切に思われる檀信徒の皆さまや、仏縁を信じられる方々の参詣を得た法要では、始めに立宗会と御虫払法要の意味について説明を申し上げました。その後、仏祖三宝尊への献膳から法華経の方便品・寿量品の長行を読経、自我偈は訓読で読ませて頂きました。心地好い太鼓に合わせて唱題に入ると、参詣者はシキミの葉を口にして内陣へと進み、御奉掲の曼荼羅本尊と両御影様に内拝されました。その後、山主より宗祖が法華経の一々の文字を仏と見られたこと、仏像崇拝と文字曼荼羅本尊崇拝の違い等々についてお話をさせて頂きました。

 

ちなみに所蔵曼荼羅の一番古い本尊は約210年前、本堂御宮殿安置のご本尊は約180年前の御図顕です。その他多くの曼荼羅は江戸末期から明治にかけてのもので、当然のこといたみもありますが先師先達の信仰の息吹がストレートに伝わってまいります。今年は本堂御宝前安置の御本尊を内拝がしやすいように前に出したところ、経年劣化によって紐が切れてしまうなど、新たに表装申し上げることが必要だと感じました。あらゆる存在は諸行無常の真理をまぬがれません。信仰の対象である本尊といえども事相に現れたものであれば「生・住・異・滅」と変化するものです。もとより本尊は外相(げそう)を尊むものではなく、その内証(ないしょう)尊むことが大切ですから、変化を認めながらその存在の意義を考えなければならないということになります。

内拝が済んで、それぞれ客殿などで昼食をとり、午後1時10分よりご本尊様のご奉納が行われました。参詣者一同による寿量品自我偈の読経から唱題に移り、新倉さんと小原さん、中澤さんと内堀さんが内陣に進み、ご奉掲の曼荼羅本尊をお巻き上げし、山主が桐箱に奉納申し上げました。仏縁を尊く思われる方々の真心で、今年も無事厳かに御虫払法要が執り行われ厚く御礼を申し上げます。

相武山 山主

2013年05月03日

春のお彼岸

横浜は今日も暖かな春の陽光に恵まれ、相武山隣接の市民の森や周囲の紅梅・白梅はすでに盛りを過ぎ、例年より開花の遅れた河津桜も風に舞いはじめました。一方本堂前の桜のつぼみが大きくふくらんでいます。明日はお彼岸の入りですが、明日か明後日には開花することになるのではないでしょうか。
このところの暖かさは有り難いのですが、同時に土埃を舞上げる強い春風には閉口しています。なにごともすべてが思うとおりになることはないようで、自然はあるがままにありながら、凡夫の私たちにいろいろと教えているように思えます。

さて春のお彼岸をお迎えすることとなりました。私たちの命はまぎれもなく両親をはじめ、数え切れないご先祖の方々の生命を承け継いだものです。また人生ではあらゆる人々や自然、地域や社会にお世話になり、育まれ、導かれ、支えられてまいりました。
仏教では「私たちは生かされている存在」と考え、常にあらゆる人々と存在に対して報恩感謝の思いを持つことの大切さを教えています。春のお彼岸はその報恩感謝の心を仏事に表したものです。

今年の春のお彼岸は三月十七日から二十三日までとなっています。相武山妙法院では檀信徒や縁者の方々に自由にいつでもお参りできるよう心がけておりますが、三月十七日(日)と二十日(水)のそれぞれ午後一時から本堂に於て法要を執り行いますので、できれば日時を調えてお参り頂きたくご案内を申し上げます。
またご先祖や有縁精霊への追善供養となるお塔婆願いもお受けしておりますので、事前にお申し出頂きたいと存じます。
うららかな春のひと時、多くの方々とご一緒に心を調えて報恩感謝の思いを新たにしたいものです。

相武山 山主

2013年03月16日

寒中であるからこそ

今日は末法の法華経の行者である日蓮大聖人の誕生会(たんじょうえ)です。日蓮大聖人は貞応元年(1222)2月16日、安房国(千葉県)長狭郡東条郷小湊に誕生されました。陰暦と陽暦の違いがありますから、今のような寒中でのご誕生ではなく、のどかな春の盛りのご誕生のようです。
門下の寺院では宗祖へのご報恩のためにそれぞれ法会を執り行いますが、当山でも明日午前11時からの「日曜法話会」に引き続いて午後1時から執り行います。

寒中ですが2月の当山では法会と行事が続きます。1日のお経日に3日の節分会、7日には二祖日興上人の芹御講と13日には宗祖御報恩講、そして明日の日曜法話会とお誕生会です。寒中にもかかわらず信仰心をもってそれぞれの法会に参詣され、信行学を磨かれると共に菩提寺外護に努められる有縁檀信徒の皆さまには敬意を表します。

宗祖は佐渡への御流罪や雪深い身延山でのご生活と、厳しい冬の寒さと向かい合って法華経を弘通されました。御在世(ございせ)のお弟子方や檀信徒の方々も寒さにふるえながらの生活と信仰であったことでしょう。厳しい冬や強い風雨は宗祖の激しい人生をイメージさせますが、宗祖自ら「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず、冬の秋とかへれる事を。いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫(ぼんぶ)となる事を」と仰(おお)せです。
このお言葉を一般的には、厳しい情況を乗り越える励ましの言葉と受け取る方が多いようですが、所詮は「仏道の根本である法華経を信行する人は、冬が春となるように必ず仏道を成就する」ということであり、法華経の信行の厳しさを冬に譬えられたものです。
もう一重うかがえば、再び歩み直すことのできない貴重な人生で、仏道に巡り会ったのですから、法華信仰の尊さに思いをいたし、厳しさをそのまま悦びとも楽しみとも受けとめる崇高な境地を求めるよううながされたものと読むこともできます。法難(ほうなん)を法悦(ほうえつ)とされた宗祖らしい心意気だと思います。

さて、信行とは仏道を信じてその教えを実践するということであり、仏道では宗派の如何にかかわらず、それぞれの力や環境に応じて信行を修めることが求められます。行ずること、学ぶことが相互に活かし合って信心を深め仏道を成じて行きますから、行と学を大切にしたいと思うのですが、寒いときには自然に身体を動かすのがおっくうになりがちで、修行もついつい疎かになりがちです。そんなときにこそ、宗祖御在世の厳しい冬、衣食住のすべてに乏しい中での宗祖やお弟子の方々、ご信徒の方々のお姿を心に思い描くことが大切ではないでしょうか。

寒中であるからこそ、この恵まれた時代に尊い仏縁を頂戴したことに、いっそうの感謝の思いがわいて参ります。

相武山 山主

2013年02月16日