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相武山 妙法寺 ブログ

生活環境を知識して十分な備えを

今年も大きな豪雨災害が発生しました。7月3日夜から九州に線状降水帯ができて局地的に猛烈な雨が降り、熊本県の球磨川が氾濫、熊本県南部を中心に大きな被害が出ました。4日から7日にかけても鹿児島県、福岡県、佐賀県、長崎県などで多くの河川が氾濫し、広範囲に浸水・冠水、土砂災害などが発生。7月16日時点で死者76人、心肺停止1人、行方不明者8人という甚大な災害です。気象庁はこの豪雨を「令和2年7月豪雨」と名づけました。

2年前の7月、西日本豪雨と呼ばれる平成最悪の水害が発生したことは記憶に新しいものがあります。昨年も夏から秋にかけて日本各地で豪雨災害が発生しました。また、東京湾にそそぐ多摩川、荒川、江戸川の河口域や湾岸地域での大規模水害も想定され注意が喚起されました。

近年、毎年のように発生する豪雨災害。異常気象といわれるのは我が国ばかりではありませんが、いずれも地球温暖化と無縁とは思えません。「私たち人類のさまざまな活動が地球に負荷をかけ、自然の営みに影響を与えているのではないか」という懸念は、かなり前から識者によって指摘されていました。その指摘どおりかもしれませんし、そのような人類の動きのすべてを飲み込んだ上で、地球や宇宙の営みがはかられているのかもしれません。浅学非才の身にはいずれであるかはわかりませんが、貴重な生命が失われたり脅かされることは残念でなりません。

我が国では豪雨災害や土砂崩れなどの災害発生危険地域に居住する人はおよそ3500万人に及ぶといわれています。急峻な国土に生を享けた私たち国民の約35%が何らかの自然災害の対象地で生活しているということになります。

最近、豪雨水害や地震など自然災害が報じられる時には、ハザードマップ(危険と思われる箇所や災害時の避難場所などを地図にまとめたもの)の重要性も同時に語られるようになりました。自分たちがどのような環境で生活しているのかを知ることは危険を避けるために大切なことです。現代は古代からの積み重ねによる科学的知識も向上し、昔はよくわからなかったことも次第にわかるようになりました。
ハザードマップで地勢をしっかり理解しておけば、災害の想定やその対応策も講じることができます。我が身を護り大切な家族の命を守るためにも、自らの生活環境をよく知識して十分な備えをしなければなりません。

ときに洪水となって流域の生活者を困らせる河川ですが、人類の歴史をたどれば河川の恵みをうけて文化文明が発展してきたことは事実。何ごとにもプラスがあればマイナスが寄り添うように、河川は私たちに大きな恵みを与えるとともに被害もあたえてきました。しかし、河川によこしまな意志などはありません。自然の摂理にしたがって己の営みを果たしているに過ぎないのです。

豪雨災害は人命をも奪い生活にも大打撃を与える恐怖そのものですから、私たちは一人ひとりが現代の降雨と河川の有り様をよくよく知識して、自ら安全と安心をはからなければならないと思います。
犠牲となられた方々のご冥福を祈り、被災された方々のすみやかな復旧復興をお祈りいたします。

相武山 山主

 

2020年07月21日

心からの祈り

昨日は夏日にせまるような陽気となり、近在の梅が満開になり早咲きの桜も一部ほころび始めました。また、このところ春風が強く丘の上の当山には、周囲の農地からの土埃が吹き抜けています。さらに昨日の午後1時過ぎから午後4時頃まで、周囲一帯は霞がかかったように視界不良になり、中国からの黄砂飛来が伝えられていましたから、ずいぶん深刻になったな~と勝手に驚いていましたら、当山周囲ばかりではなく関東各地で同じような現象があり、気象庁から黄砂ではなく「煙霧」といって、「乾いた微小粒子が大気中に浮遊して見通しが悪くなる現象」との報道がありました。
いずれにせよ春の到来のようです。

さて我が国全体が自然の猛威に圧倒されたあの日から丸2年を迎えました。近年遭遇したことのない巨大な地震に想像を絶する大津波、そして世界を恐怖に陥れた福島第一原子力発電所の事故。平成23年3月11日午後2時46分発生の「東日本大震災」です。
死者は15,881名行方不明者は今も2,668名と伝えられています。避難生活を余儀なくされている方々は約31万人といわれます。被災者はもちろん各方面から懸命な復旧への努力がなされ、震災当時の目を覆うような悲惨な情況からは、少しづつ落ち着きを取り戻してきたようでほっとしています。もちろん不備や不足、認識や見解、さらには感情などの違いもありますから、一人ひとり復旧・復興への意見は異なることでしょうが、被災された方々が苦難と悲しみを乗り越え安心して生活ができるように、これからも同胞の皆んなが物心両面にわたって支援して行かねばなりません。ことに仏道の信仰者であるならば、「他者の苦難と悲嘆を思いやり、安心と希望の道が開かれることを共に願う」菩薩の心を大いに起こし、その実践を心がけるべきでしょう。

震災から2年ということは、仏教的には第三回忌の追善供養を申し上げることになります。早朝の勤行にて読経・唱題を申し上げ、犠牲となられた諸精霊への追善供養を申し上げ、被災者の方々の復旧・復興を祈念申し上げました。13日の宗祖月例御講の折りには参詣のご信徒と共に改めて追善の誠をささげたいと存じます。
時に当たり祈念と供養は大切なことでありますが、私たちは大震災と大津波、さらには原発事故から多くの貴重なものを教訓として学ばなければなりません。大自然との向き合い方、家族のきずな、地域社会とのつながり、科学技術の活用と調御、人生の意義と日々の生き方等々、考えや思いが広がるばかりですが、それらと真摯に向き合い、自分の人生を大切にして生きようとすることが、犠牲となられた方々への供養になるものと存じます。

南無妙法蓮華経
相武山 山主

2013年03月11日

明日は節分(立春を迎えます)

明日2月3日は節分です。節分とは季節を分けるということで、次の季節が始まる立春・立夏・立秋・立冬の前日をさす言葉です。中でも立春は一年が始まる日とされ、節分の中でも最も尊ばれて、現在では節分といえば立春の前日を示す言葉となっています。

節分は春を迎えるにあたって邪気や災難を払い、新しい年の豊作と健康などを願うために平安の昔から行われていた行事といわれています。また中国から伝えられた追儺(ついな)の行事と相まって現在のような習俗が生まれたようです。追儺(ついな)の行事は俗に「鬼やらい」「鬼走り」「厄払い」「厄おとし」」等と俗に称され、疫病などをもたらす悪い鬼を駆逐する行事をいいます。時代や地域によってさまざまな風習があるようですが、宮中の追儺(鬼払い)の儀にならって炒り豆を鬼豆と称して撒いたり、邪気(じゃき)払いのために柊(ひらぎ)の枝に鰯(いわし)の頭を刺して戸口に立てたりします。
豆をまくのは、豆は悪魔を滅ぼす「魔滅(まめ)」という意味や、健康に暮らすことを「まめに暮らす」ということから、一年の健康や幸いを願ってのことのようです。
当山でも明日午後1時から節分会を執り行い、参詣の皆さまはもちろん有縁檀信徒の皆さまのご健勝を祈念申し上げます。


相鉄線 都心直通プロジェクト
さて、当山へお出でになるときに利用される方も多いと思われる相鉄線では、JR東日本と東急との2路線で、横浜駅経由ではなく西谷駅から直接都心に乗入れる工事が進んでいます。2路線とも新たに設置される羽沢駅を経由して乗入れることになります。JRへの乗入れは平成15年春といいいますから後2年、西谷駅~羽沢駅~新川崎~大崎~渋谷~新宿方面とつながります。またその4年後には、西谷駅~羽沢駅~新横浜駅~新綱島駅~目黒駅方面とつながることになります。

かなり前から神奈川県央と東部方面との交通整備計画の一環として企画されていたものですが、平成18年から具体的な工事に着手して現在に至っています。県央から横浜駅を経由しないで東京方面に行けることになり、相鉄線西部の利用者は交通が便利になります。また東京の西部方面や横浜市東部、川崎市南部の方々には相鉄線西部への交通が便利になります。西谷駅より西の三ツ境駅を利用する当山も恩恵をうけることになるようです。
マスコミ各紙に時々アップされていますが、先日も日経新聞の神奈川版に関連記事が掲載されていましたのでご紹介します。
詳細は相鉄のホームページ「都心直通プロジェクト」をご覧ください。

相武山 山主

 

2013年02月02日

よ~く目を凝らし

日曜日から月曜日にかけて、横浜ではミニゲリラ風の強い雨が時折降り、降り方に若干の注文をつけたいなと思いながらも、久しぶりの慈雨に草木も潤い、初秋の涼感を得ることができ心から感謝しています。私たちはおよそ、水や空気、草花や樹木など在るのがあたりまえと思っているものには、有り難いと感謝することは難しいものです。失ったり失うことになるかも知れないと思い至って、はじめてその価値に気づくことが多いのは愚かな凡夫の性でしょうか。

首都圏の水瓶である利根川水系の貯水量が心配とマスコミから報じられて、そういえば関東のこの夏は雨が少なかったなと思い、水源の地域でも小雨のために雪解けや梅雨時の蓄えも厳しくなってきたことがわかりました。ゆたかな森林と水に恵まれてきた我が国に住んでいると、生命の源につながる水の貴重さにもついつい油断してしまいます。ちょっと周囲を見渡せば、水を得るために世界中で本当に苦労している国や地域がたくさんあります。またかつての我が国にもありましたが、大気が汚されて健全な生活が脅かされている地域や都市もたくさんあります。日常的でその存在があたりまえと思ってしまうと貴重な価値が見えなくなり、有り難いという感謝の思いも生ずることはありません。安全な水をいつでも飲むことができる、きれいな空気のもとで生活ができる、ということを「あたりまえ」と思ってしまえば、その維持に努めようという工夫も疎かになります。そしてやがてはそれらを失うことにもなりかねませんから大いに注意が必要です。これは自然ばかりでなく人間関係など人生万般にわたることでしょう。

「諸行は無常」あらゆるものは変化して止まないと説く仏教では、あたりまえのことはなに一つないと説かれています。すべては因縁の上に仮に存在しているに過ぎず、因縁が変化すればその果報も変化するのですから、好ましいことも好ましからざることも、常に定まった状態にあると観ることは誤っていると教えています。現在の情況は移りゆく瞬間に与えられているに過ぎませんから、自らをとりまくすべてのことがらによ~く目を凝らし、恵まれていることには有り難い(有ること難い)との思いを意識することは大切なことではないでしょうか。それはまた、幸せへの道でもあります。

当山の東側、隣家の栗林の栗は夏の日射しをうけながら、先月から日に日に大きくなって立派になってきました。今月末か来月はじめには収穫となることでしょう。虫の音には秋の訪れを覚えますが、夏には夏の良さ、秋には秋の良さがあります。忙しさから少し離れ、秋に己れの心をうつしてゆったりと楽しみたいものです。

相武山 山主

2012年09月07日