相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

初春を迎えるために

清らかに新年を迎えるために28日(土)境内・堂宇・参道・駐車場の大掃除を行いました。初冬の青く澄みきった空のもと、午前10時からの大掃除には、安西さん、中澤さん、阿部さん、森さん。奥田さん、久保さん、落合さん、辻本さん、新倉さん、重吉さん、熊木さん、阿部さんに参加ご協力頂きました。また、『当日参加できないので・・・』といわれて前日には芦川さんが丁寧にトイレの清掃をして行かれました。

墓苑は前日までに寺内で清掃していましたが、駐車場は枯れ葉や雑草をとり、三師塔は洗剤も使いながら丁寧に浄め、バス通りまでの参道は大量の枯れ葉を回収、市民の森から枝を伸ばす雑木もカットし、雨水ますのゴミも撤去しました。本堂もガラスを拭き、玄関や受付、ロビーや客殿も汚れを落としました。

予定では10時から1時間ほどの清掃を想定していたのですが、9時半から11時40分ほどの清掃作務となりました。歳末多忙のなかご協力頂いた皆さんのおかげで堂宇・境内などが浄められ、清々しく新年を迎えることができます。まことありがとうございました。

大掃除の後には今年最後の世話人会を開催。明年の年間行事予定を確認し、お正月の段取りを決めました。明日はお供えの餅と門松をつくり、参詣者へお渡しする供物などの袋詰めをして当山の初春を迎えます。

相武山 山主

2019年12月29日

JR直通線初乗車

12月21日(土)、法華コモンズの仏教講座を受講するために始めて相鉄JR直通線を利用して新宿に行きました。当山最寄りの相鉄線三ツ境駅からで新宿駅までは乗り換えなしで約55分。今までは相鉄線で横浜駅に出て湘南新宿ラインか、大和駅から小田急線で新宿駅に向かいましたが、どちらにしても乗り換えが必要でした。新宿までの所要時間は直通でも乗り換えでも10分少々なのでさほどの違いは感じませんでしたが、気分はかなりちがいます。やはり直通は快適でした。

相鉄JR直通線は西谷駅から新設された羽沢横浜国大駅へ。この日は時間に余裕がなかったので下車できませんでしたが、羽沢は当山ゆかりの地ですので時間のあるときに下車して散策してみようと思っています。羽沢横浜国大駅を通過すると武蔵小杉駅まで約16分ほどノンストップ。武蔵小杉からは西大井、大崎、恵比寿、渋谷を経由して新宿に到着です。

開通間もない土曜日だったこともあって行きも帰りも車内は混雑はなく、往復ともゆっくり座ることができて快適でした。新宿駅構内は広くて複雑。新宿にまったく慣れていない私には目的の出口探しや乗車ホーム探しはシンドイと思うことがあります。スマホの構内図や案内図を見てはいるのですが・・・・・。この日は興厳房が同行でしたので助かりました。

初めての直通線乗車。よく考えてみれば相鉄線利用者でもその利便性を享受できるのは、西谷、鶴ヶ峰、二俣川、希望ヶ丘、そして三ツ境の各駅のように思います。新宿などに向かうには上星川から東側の駅は横浜駅乗り換え、瀬谷から西側の駅は大和駅乗り換えの方が時間的には効率的だからです。しかし、2年後の相鉄東急直通線が開通すれば新設の新横浜駅の利用が可能となり、JR直通線開通よりも大きな効果が見込まれるようです。まだ本数の少ないJR直通線ですがとても快適な初乗車でした。

相武山 山主

2019年12月26日

歳末の懇親会

15日のおさめ御講の後には歳末の懇親会。御講に参詣された方々に参加頂き客殿で楽しいひと時を持ちました。4つの島となったテーブルには事前に食器が並べられ、飲み物やかまぼこ、おにぎりや漬け物などが置かれました。皆さんの着席を待って始めに私から一年の御礼を申し上げ、続いて新倉さんによる乾杯。

メインはつきたてのお餅でした。
久保さんから差し入れの餅米を興厳房が餅つき器でつき、腕に覚えのある小原さんが食べやすくちぎり、阿部さん持ち寄りのあんころ餅、落合さん持ち寄りの辛み餅、興厳房提供のきな粉餅が、お手伝い方の手際も良く配膳され、皆さんつきたてのお餅を美味しい・美味しいと召し上がっていました。

持ち寄りは他にも芦川さんのおいなりさん、原さんのおにぎり、森さんのラスクなど頂戴しました。また、折良く、興厳房に届けられら和歌山県有田のミカンも召し上がっていただきました。私からは前日4時間かけての大鍋2杯の豚汁を提供。いつもながらの平凡な味ですが感謝の気持ちでつくらせて頂きました。

皆さん思い思いに一年をふりかえっているようで、それぞれの島で語らいに花がさいた歳末懇親会でした。来年も一人でも多くの方に参加頂き、賑やかな懇親会が開かれるようにつとめて行きたいと思っています。

相武山 山主

2019年12月24日

おさめ御講を奉修

12月13日と15日(日)の両日、「おさめ御講」を奉修。令和元年最後の宗祖報恩講を執り行いました。毎月13日、宗祖のご命日忌に執り行う御講は、当山にとって毎月の行事の中心となるもので開創以来大切にしてまいりました。時には参詣者の便宜の上から日曜日に執り行うこともありますが、いずれも宗祖への報恩感謝が基本となっています。

仏祖三宝尊への献膳から法華経要品の読誦、南無妙法蓮華経の唱題をもって仏恩報謝申し上げ、その後、宗祖の御書(御遺文)を拝読しての法話。参詣者一同、末法の法華経の行者である日蓮大聖人へ感謝の誠をささげ、その教えを学び信仰を深める法会です。

12月はその年の最後の月ですから、古来、12月の御講をおさめ御講と称してきました。現在、毎月の御講には15名~40名くらいの方々が参詣されていますが、法華経と日蓮大聖人の教えを信仰する門弟としては、これからも御講を大切に執り行い、より多くの檀信徒の方々にご参詣頂きたいと願っています。

おさめの御講では懇ろに御報恩謝徳申し上げた後、持妙尼御前御返事を拝読しての法話。この御書は建治二年五月、持妙尼から身延の大聖人に届けられた御供養に対しての返書です。その概要は『御供養の志は亡き夫への追善の思いからであろうから、亡夫もさぞ喜ばれているであろう。故入道は娑婆世界に残してきた幼子を気にかけているだろうから、墓前にてお題目を唱えたならば、妙の一字が上行菩薩・不軽菩薩となって娑婆のすがたを伝えてくれるであろうと述べられ、妙の一字は一切の功徳を文字とした如意宝珠である』となります。

持妙尼とは駿河国富士郡賀島荘(静岡県富士市加島町)に住した高橋六郎兵衛入道の後家。河合入道(西山入道)の娘。日興上人の叔母にあたる方です。高橋六郎兵衛入道は建治元年七月頃重病にかかり、同年末に逝去。日興上人筆写の「御筆集」から、妙心尼、持妙尼、窪尼は同人の別称であることがわかっています。持妙尼は身延山の宗祖に間断なく食物を中心とした御供養をお届けになり、数多くの礼状を頂戴していることもお伝えしました。

御書では持妙尼が亡夫高橋入道を想うこころに寄り添われ、また、娑婆に残してきた妻と幼子を恋しく想われているであろう高橋入道の心に分け入って、慈愛あふれる言葉がつづられています。その上で、持妙尼が唱えられる南無妙法蓮華経のお題目の功徳を説かれ、さらに、天台大師の言葉を引かれて、「この経を受持すれば仏身を持つ者」「法華経の一々の文々は皆正身の仏であるから、この説法にあずかる者は皆成仏する」と示されています。

結びには「妙の字は仏さまであり、天地すべての功徳を集め合わせたもの」「如意宝珠のように一切の功徳をふくむもの」と述べ、南無妙法蓮華経の甚大な功徳を明かされています。

以上の内容を申し上げておさめ御講の法話といたしました。明年も檀信徒の皆さまと倶に充実した御講を執り行いたいと願っています。

相武山 山主

2019年12月23日

氷雨の鎌倉歴史散策

12月7日(土)、氷雨のなか「鎌倉歴史散策の会」を開催しました。ご案内の酒井さんはじめ総勢16名は9:30に鎌倉駅西口に集合。今年のテーマは「名越を中心に日蓮大聖人の草庵跡を訪ねて」でした。はじめに鎌倉のメインストリート若宮大路の「段葛」の前で酒井さんが段葛と今回の散策コースを説明。その後、幕府が置かれた宇都宮辻子幕府跡から若宮幕府跡を訪ね、その途次に鎌倉時代の将軍や執権などの動きについても解説頂いた。

その後、若宮大路の東側を並行する小町大路を名越に向かって散策。途中、鍋かむり日親ゆかりの妙隆寺、宗祖の辻説法跡の碑が立つ伝説の地を巡り、滑川にかかる琴弾橋から名越の旧道へ。古道を比企谷に進み比企一族と大学三郎ゆかりの妙本寺山門に到着。門前で比企一族の話をうかがってぼた餅伝説をつたえる常栄寺へ。その後、北条政子ゆかりの安養院の裏手を歩いて佐竹屋敷跡と伝える大寶寺を見学。

名越は旧地名で現在は鎌倉市大町となっています。この名越とよばれる地域に日蓮大聖人は「松葉が谷の草庵」を結んで居たと伝えられ、現在、妙法寺、安国論寺、長勝寺の三ヶ寺が草庵跡と称しています。私たちはかつて何回か見学した妙法寺と安国論寺の門前を通り、長勝寺の境内を抜けて材木座に向かいました。若宮大路から小町大路にかかる地域は武家の居住する地域であったようで、名越から浜に向かう地域は浜地とよばれ、庶民が住み商業地となっていたようです。前述の通り、現在、宗祖の辻説法跡は小町大路に在りますが、材木座などの浜地で辻説法がなされていたという伝承もあります。

私たちは松葉ケ谷の草庵跡から浜地に向かって古道を進み材木座へ。はじめに六老僧の一人日昭上人ゆかりの実相寺。この寺院は工藤祐経の屋敷跡といわれ、濱門流(日昭門流)発祥の寺院。宗祖ご在世には濱土法華堂として存在していたようです。次に宗祖伊豆流罪のゆかりを伝える妙長寺を見学して、松葉ケ谷草庵跡の伝説がある妙法寺と寺号を交換したという啓運寺を訪ねました。続いて、源氏の氏神である石清水八幡宮を勧請した元八幡を見学。元八幡にほど近い辻の薬師堂と辻の本興寺は、浜地での宗祖辻説法伝説をつたえる遺跡。私たちは往時の宗祖の弘通をお偲びしました。

その後、魚町橋や逆川橋の説明から鎌倉時代の庶民の生活と鎌倉の地勢について解説して頂き、小町大路の旧道にもどり本覚寺山門前の戎堂橋へ。ここで夷堂の歴史と宗祖の佐渡赦免後のいわれを説明頂きました。散策の最終見学地は蛭子(ひるこ)神社。全国に在る蛭子神社のいわれと夷堂と宗祖の関係についての話を頂きました。

肌寒く氷雨と呼ぶのがふさわしい天候でしたが、鎌倉の歴史と日蓮大聖人の御遺跡を親しく学び、とても有意義な散策を楽しむことができました。参加者一同、ご案内頂いた酒井さんに御礼を申し上げて午後1時過ぎに散会しました。

相武山 山主

 

2019年12月20日

首里城の再建を願う

10月31日の未明、沖縄のシンボルである那覇市の世界遺産「首里城」で火災が発生し、首里城の正殿や南殿など主要建築7棟、約4,800㎡が全焼しました。首里城の管理・運営を県から委託されている財団が収蔵していた文化財1510点のうち401点も焼失したとみられています。

首里城は1429年から450年間存在した琉球王国の政治や外交、文化の中心地。首里城正殿などは戦前に国宝に指定されていましたが太平洋戦争で焼失してしまいました。沖縄の本土復帰後の1992年に国営公園として復元。首里城跡は中国と日本の築城文化を融合した独特の建築様式などに価値があり、創建当時を意識して復元されたといわれています。その優美な姿は沖縄県のシンボルであり県民の誇りでした。貴重な文化遺産が失われたことは痛恨の極みであり、沖縄の皆さんの落胆と喪失感ははかりしれないものがあります。

昨秋、私は初めて首里城を訪ねる機会を得ました。少し時間にも余裕があったので首里城公園全域をじっくり散策。今思えば貴重な経験となりました。正殿などの主要施設には有名な守礼門からいくつかの門を通過して上ります。復元されたお城ではありますが私にはそれなりの趣があるように感じました。

お城の観光順路は資料展示室がある南殿から。ここでは漆器絵画等の美術工芸品が展示され、続いて書院や庭園なども見学することができます。次に最も重要な施設である正殿は見事な装飾が施され、琉球王朝の威厳を示すかのようでした。最後に行政庁であったという北殿を見学して終了。
私が訪ねた時は平日にもかかわらず観光客も多く、海外からの方も多かったように記憶しています。訪れる人々に沖縄らしい雰囲気を伝える首里城は実に優雅で見事なものでした。

火災炎上から1ヶ月が経ちました。県警や消防では正殿の北東側が出火元とみており、配線と延長コードが溶けたショート痕のようなものが数十カ所見つかっていることから、電気系統による出火ではないかという見方が有力ですが、たしかな出火原因は今も特定できていません。いずれにせよ火災によって貴重な文化遺産が失われたということは事実。不可抗力の災害だったのか、人的災害だったのか、原因の究明と類似の再発を防ぐ対策は急務といえます。

失われた首里城をすみやかに再建することは困難ですが、政府と沖縄県は再建に向けて対策チームを設置し、ユネスコも世界遺産であることから協力・支援を表明しています。最も心強いのは沖縄に想いのある人々から募金が寄せられていることです。時間はかかることと思いますが、沖縄の誇りが再び優美な姿を見せてくれることを願っています。私も応援団の一人です。

相武山 山主

 

2019年11月30日

相鉄線が都心直通に

当山は相鉄(相模鉄道)本線の沿線。最寄り駅は「三ツ境」です。相模鉄道は横浜駅から海老名駅行と湘南台駅行を運行する神奈川県のローカル私鉄。横浜や神奈川では多少知名度もありますが、東京をはじめ関東ではあまり知られていない私鉄だと思います。
その相鉄線が11月30日からJR線と相互直通運転を開始、相鉄線が都心直通となります。具体的な計画が動き始めて約20年、企画立案からはすでに30年以上が経っている計画です。

今回のJR相互直通運転は相鉄線西谷駅から新設された羽沢国大駅を通過して、武蔵小杉、渋谷、新宿へと直接つながる路線。西谷から西の相鉄沿線の利用者は横浜駅で乗り換えすることなく都心に行くことができます。とはいえ、まだ本数は少なく、ネットでは羽沢国大駅が「秘境駅」あつかいでした。

関東の大手私鉄で東京に直接乗り入れしていないのは相鉄だけでしたから、相鉄はこのプロジェクトに力を入れ、新型車両を投入したり、事前準備に怠りなく、かなり前から広報宣伝にも努めていました。相鉄沿線利用者の関心も高く、当山の最寄り駅となる三ツ境駅などでも武蔵小杉、渋谷、新宿が乗り換えなしで行くことができるとアピールされていました。

今回はJRとの乗り入れですが、2年後には相鉄東急直通線が開通。相鉄が東横線・目黒線にも乗り入れを行います。この路線は横浜国大駅から新設される新横浜駅と新綱島駅を通って日吉駅にいたる路線です。この相互乗り入れができれば、新横浜駅や東急線とのジョイントは相鉄沿線の住民ばかりでなく、神奈川県央地域の人々にも大きな利便性をもたらすことでしょう。

人口減少問題やインフラの維持などには難しい課題もありますが、交通利便性の向上と大都市東京の過密対策には喜ばしいことといえるかもしれません。当山には遠方からお出でになる方も少なくなく、相鉄の利便性向上をすなおに喜びたいと思います。

相武山 山主

2019年11月30日

時事刻々 時は移ろう

「仏教に親しむ」を趣旨として毎月開催してきた日曜法話会も11月17日の開催が今年最後となりました。法話会の第1幕は「世相」を取り上げての法話、第2幕は仏教の基本思想と歴史などについて解説しています。今月は世相にポイントを置いての法話会、第2幕は来年の法話会にゆずりました。

世相のテーマは「時々刻々 時は移ろう 『令和元年秋の諸相』」と題しての法話。取り上げた秋の6つ世相は「消費税が8%から10%へ増税」「キャッシュレス時代の到来か」「ラグビーワールドカップの開催」「台風の進路が変わる」「新天皇即位式」「相鉄線が東京直通に」。

それぞれの世相の概要を説明した上で、私たちの社会は時々刻々に移ろうものであり、その移ろいに対し、いたずらに恐れることなく、心のゆとりをもって変化を楽しむことの大切さをお伝えしました。
詳細は割愛しますが、以下の問いを設けながらのお話でした。
【時の移ろいからの問いかけ】
・消費税をめぐっての大論争は今や昔ですか?
・消費税は既成事実化されてしまい、これからも上がるのでしょうか?
・現金が使われなくなる時代を想定できましたか?
・キャッシュレスの時代で生活する覚悟はできていますか?
・ラグビーは日本でもマイナーなスポーツではなくなりましたか?
・にわかラグビーファンでも良いんじゃないですか?
・何ごとも好奇心を持つことが楽しみの始めと理解できましたか?
・台風の進路が変わってしまったのでしょうか?
・自然も私たちと同じ生命体であり変化するものと理解していますか?
・自然環境の変化による災害への備えはできていますか?
・天皇制や改元などの日本的な制度や儀式行事を理解してますか?
・制度や儀式行事について自分の意見を整理していますか?
・相鉄線が東京都心乗り入れを知っていましたか?
・相鉄の都心直通が自分の生活に影響を与えると思いますか?
【学ぶべきこと】
・時は常に移ろうことを直視する。
・直視したことを静思すること。
・自然の営みも国や社会の動きも私たち一人ひとりの人生と無関係ではない。
・時の移ろいを直視・静思することによって、「学ばなければならないこと」「人生を深く豊かにすること」に気づく。
・時の変化をいたずらにおそれず、楽しむ心のゆとりが大切。

以上私の所見を述べて今年最後の法話会を終了。
この一年、参加聴聞頂いた方々に御礼を申し上げ、「仏教に親しみ、その教えと信仰について理解を深める」ことを目的に、これからも法話会を継続して開催することをお伝えしました。

令和2年1月の法話会は第3日曜日、1月19日(日)の開催を予定しています。妙法院のホームページやタウンニュースなどの広報でも確認の上ご参加ください。明年も皆さまとご一緒に仏法を学んで行くことを愉しみにしています。

相武山 山主

 

2019年11月28日

仏教東漸の道を訪ねて(下)

私にとって今回の中国西域シルクロード探訪のポイントは6月27日の炳霊寺石窟と28日の麦積山石窟の見学でしたが、北京からの帰路には1日だけ西安観光も叶いました。わずかな時間でしたが20年ぶり3度目の西安を楽しむことができたことに感謝しています。
かつては長安とよばれていた西安。紀元前11世紀頃より、西周から秦、漢から隋、唐の都城として約二千年にわたって中国王朝の都として栄えた古都です。もちろん現在でも中国有数の大都市で西域への入り口となっています。

長い歴史がある古都らしく近郊をふくめて観光地は無数にあります。最も有名な遺跡は「秦始皇帝陵」と「兵馬俑抗」でしょうか。玄奘三蔵ゆかりの「大慈恩寺 大雁塔」や「明代の城壁や鐘楼」、イスラム教徒の街「回民街」、阿房宮遺跡や大明宮遺跡、新石器時代の半坡遺跡、茂陵・乾陵という漢朝陵墓群や唐朝陵墓群、楊貴妃伝説の華清地、仏教寺院としては法門寺、興教寺、香積寺、青龍寺、大興善寺、大仏寺等、我が国にもゆかりの深い古寺名刹があります。また、博物館も陝西省を中心とした陝西省歴史博物館、石碑・墓碑・金石文・墓誌銘・石彫刻を多数収蔵し、中国最大の石造の書庫といわれる碑林博物館などがあります。中国の歴史や文化に関心のある方にとっては長期滞在してじっくり見学したい魅力的な古都といえましょう。かく語る私もその一人です。

帰国前日となる6月29日、西安市内のホテルから高速道路を1時間ほど走り兵馬俑観光へ。駐車場からはカートで「秦始皇帝兵馬俑博物館」入り口へ。兵馬俑は約2200年前に始皇帝陵を永遠に守る陵墓の副葬品としてつくられ埋葬されたものです。陵墓の周囲を取り囲み、その数8000体を数え、それぞれ異なった風貌で等身大の大きさ。馬や戦車、青銅の兵器もあります。博物館は1号坑、2号抗、3号抗、秦始皇帝銅車馬陳列館に分かれていて、紀元前の秦で作られた姿をそのままの形で見ることができました。

過去2回の見学とは見違えるほど立派な博物館に変わっていて、中国が世界遺産として力を入れているのがわかります。それにしてもものすごい観光客の数、まさに人の波です。中国人が圧倒的多数ですが海外の人たちも少なくありません。ガイドさんによれば1日の最大入場者は17万人だったということです。私たちは範さんやガイドさんにはぐれないよう、細心の注意をはらっての観光となりました。
テレビやビデオ、書籍や画集などでおなじみの兵馬俑を間近に観るのは感動的でしたが、圧倒的な文物の展示を楽しむには人数の制限と時間の余裕がほしいと思いました。人の波に押されながらエリアのレストランでランチを頂き、再び西安市内へ。

玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺を訪ねました。このお寺も以前とはすっかり様変わり。以前は素朴な古寺の雰囲気でしたが、整備がととのい立派な観光大寺院になっていました。観光客もごった返すほどです。ここで私たちは大雁塔に上ぼるグループと周囲を観光するグループに分かれました。私は以前に上ぼったことがあるので寺内の散策を楽しみました。大慈恩寺からは旧市街明代の城壁へ。城壁に上りシルクロードの出発点とされる西門などを観光して往時を偲びました。

中国での最後の夕食は陝西歌舞大別院。食事をいただきながら唐代の歌舞芸術を楽しむ趣向です。はじめはそれほど期待していなかったのですが、出演者は唐代の歌舞芸術を専らとする俳優の方々で、真剣ですばらしい演技にいつの間にか引き込まれて、あっという間の70分のショータイムでした。佳い芸術を鑑賞させていただきました。

30日は9時過ぎにホテルを出発、北京に向かうため西安咸陽国際空港へ。インフラの充実と発展が著しい中国。この空港も前回来たときとは比較にならないほど立派になっていました。帰路はまことに順調で西安から北京国際空港をへて羽田空港には予定よりも早く到着。今回の「仏教東漸の道を訪ねて」でお世話になった範さんにお礼を申し上げ、参加された法友の皆さんと挨拶を交わし意義深く愉しい旅も散会しました。

今回の旅で印象的だったのは中国での積極的なAIの活用と監視カメラ、そして徹底したキャッシュレス決済でした。中国の監視カメラはあちらこちらに張り巡らされています。その数1億7000万台といわれ、さらに増設されるそうです。何時どこで誰に監視されているかわからないというのは気持ちの良いものではありませんが、犯罪の抑止と犯罪検挙に効果があるのは容易に理解できます。それを理由に監視社会が構築されているようです。
驚いたのは顔認証の活用です。西安空港で範さんが『大山先生、そのモニターに顔を近づけてみてください』というので、空港内のモニターに顔を近づけると、私の顔が映り「私の名前、搭乗する便名、搭乗ゲート」が案内されました。私の行動はすっかり把握されていてもうびっくりです。丁寧だなと思う反面、そこまでしてくれなくても・・・、と複雑な気持ちになりました。

次に中国のキャッシュレス決済はかなり進んでいます。都市と地方との格差はあるのかもしれませんが、今回の旅で都市ではほとんどがキャッシュレス決済のように見えました。空港でも現金で支払うと面倒くさがられることがあります。元々、偽札問題などもあった中国ですからITを活用しながらその対策にあて、さらに一党独裁の社会体制なので個人データをデジタル管理することも可能です。いずれにせよ、中国でのキャッシュレス決済の普及は我が国の比ではありません。
日本でも10月からの消費増税に併せてキャッシュレス決済還元が行われ、キャッシュレス決済の推進がさけばれていますが、以外に保守的な国民性ですから遅々とした歩みなのでしょう。それでも時の流れには抗しきれないものもあり、遠からずキャッシュレス決済の時代になるのではないかと思います。

上述のような中国の膨大な監視カメラとキャッシュレス決済の徹底をみて、時代のながれを考えると共に、その背景には共産党一党独裁という中国の独特な社会システムがあるのではと思いました。中国でも基本的人権、民主主義、自由と平等がうたわれていますが、言葉は同じようでも我が国や欧米とはその内実が異なるのかもしれないと感じた次第です。
今回の「仏教東漸の道を訪ねて」の旅は、仏教伝来の歴史と仏道を求める先師先達の志にふれたいとの思いからでしたが、それだけにとどまらず現代中国の世相からも多くの学びを得ることができました。
結びに仏天のご加護に深く感謝を申し上げます。(おわり)

相武山 山主

2019年11月27日

愛らしい七五三祝い

我が国の秋、子どもたちの健やかな成長を祈る七五三祝いの光景が全国各地で見られます。七五三祝いは幼子が三歳、五歳、七歳と無事に成長してきたことに感謝し、これからも心身共に健康であるようにと願う儀式です。
比較的に安定した社会が構築され、栄養や医療などの環境にも恵まれた現代とは異なり、長い歴史を振り返れば、尊い生命を授かった子どもたちが無事に成長できることはかなり困難なことでした。病や事故や災害に遭遇して命を失う幼子は珍しくなかったのです。そのため、両親や家族は幼子の無事を喜び、その健やかな成長を仏神に祈ってきました。もちろん古へは恵まれた階層の方々の儀式であったようですが、江戸の時代には私たち庶民にも広まり現代に伝えられています。

日本の儀式習俗といっても必ずしも菩提寺や寺社に参詣するばかりではなく、現代では家族で写真を撮って記念としたり、食事会を開いて家族・親族・友人と和やかなひとときを過ごす家庭も多いようです。
この秋、当山にもゆかりの有る子どもたちがお参りにみえました。七歳になった彩乃ちゃん、三歳になった菜佑多ちゃん、数え三歳の優ちゃんです。皆さん誕生の時からのお顔を拝見し、その後も折々の法会などでお会いしていますが、佳節としてご家族と一緒に御本尊様にお参り頂き私も心からうれしく思いました。子どもたちのくったくのない笑顔や、はにかみながらの笑顔、緊張や気恥ずかしさが伝わってくるようなしぐさ、そのいずれもが愛らしいの一言です。

御宝前に香華と供物をささげ、法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経の唱題。その後、それぞれの頭に妙法曼荼羅本尊を頂戴して、報恩感謝と現当二世のご祈念を申し上げ、七五三祝いの飴を差し上げました。
ご参詣の幼子とご家族皆さまに御仏大聖人の尊い慈悲とご加護がありますように。

相武山 山主

2019年11月25日