相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

額からは玉の汗

長い連休も間もなく終わる5月5日(こどもの日)は境内の草取りと植木伐採の作務でした。5月の風が境内を吹き抜け陽射しも強まるなか、午前9時半頃から三々五々参集された方々が作務に取りかかりました。

この日は駐車場の植木の伐採と草取りがメインです。伸びすぎた周囲のレッドロビンを伐採し、ゴミの回収に収まるサイズに切り紐でくくります。結構な量の枝を処理しなければなりませんから人出が多いのは本当に助かります。タンポポなどの雑草もしっかり根を生やしていますから、引き抜くにはかなりの力が必要です。作務も1時間を過ぎる頃には皆さんの額からは玉の汗。
本堂や三師塔の前の雑草、駐車場からの参道の雑草なども抜いていただき、11時30分には小憩。皆で麦茶をのみアイスをほおばって涼をとりました。いつもならこのあたりで終了なのですが、今回はレッドロビンの量が多くて再度駐車場へ。最後の力をふりぼってまとめきり午後0時30分に作務は終了しました。

強い陽射しの中汗を流して頂いた
久保さん、奥田さん、森さん、阿部さん、落合さん(2)、芦川さん(2)、安西さん、鈴木さん、小原さん、口池さん、新倉さん、阿部さん、
ありがとうございました。
お陰様で境内が浄められ整備されました。

草取りなどの作務は秋を迎えるまで毎月行われます。
参加の時間は自由です。自分の都合に合わせてご協力ください。
リフレッシュのため、仏道の一環として、菩提寺を浄めるため、
皆さんのご参加をお待ちしています。
次回は6月1日(土)午前10時からです。

相武山 山主

 

2019年05月29日

チターの演奏会

立宗会&御虫払会の法要では今年も日本チター協会会長の内藤敏子先生による演奏会が開かれました。昔から寺社の祭事法要には音楽や芸能が奉納されるのが常でした。歴史をみれば当門流でも同様のようです。
内藤先生の卓越した演奏は厳粛な法要の後での参詣者の心を和ませてくださいました。チターはオーストリア・ドイツ・スイス等ドイツ語圏を中心に弾かれているチロル地方の民族楽器といわれていますが、日本ではあまり知られていない弦楽器かもしれません。先生はヨーロッパでチターに出会われてすっかりその魅力にとりつかれ、以来、ご自身も演奏を愉しまれ、その啓蒙にも努めておられます。

先生は演奏の合間にチターにまつわるおもしろいお話をされたり、改元の話題からゆかりある皇室関係者の一端を紹介され、また、唱歌と童謡のちがいなどにも言及されました。先生の選曲はクラシックから映画音楽、唱歌・童謡まで、私たち聴衆の気持ちを配慮されてのものでした。途中では信徒の芦川さんも加わっての連弾、まじめな芦川さんは聞くたびに上手になられているようで、うれしく思いました。唱歌童謡では私たち聴衆も一緒に歌い、幼いころの懐かしい情景にひたりました。

1時間半ほどの愉しい時間はあっという間に過ぎて行きました。今年も内藤先生のご配慮で大切な法要に音楽をお供えすることができました。
心より御礼を申し上げます。

相武山 山主

2019年05月28日

立宗会&御虫払会

新天皇即位による10連休の2日目、4月28日(日)、初夏のさわやかな青空が広がるなか午前11時より「立宗会&御虫払会」を執り行いました。近年当山では日蓮大聖人の立教開宗(建長5年4月28日)を報恩申し上げる法会に併せて当山所蔵本尊の御虫払いを行っています。

二つの大切な法会は例年ゴールデンウイークのはじめに奉修されますが、当山は東名高速の横浜町田インターにほど近く、保土ヶ谷バイパスと中原街道が交差する交通環境にあり、この時期かなりの混雑が常態化しています。また、近在の日本最大級の動物園「ズーラシア動物園」には神奈川や東京ばかりでなく、関東近県からも大勢の子ども連れの方が大渋滞もものともせず遊びにみえます。
したがっていつも交通渋滞を懸念するのですが、今年はお休みが長いためか、移動が拡散したようで、車で参詣の方からは『思ったよりも混雑はありませんでした』との声を頂きホットしました。

法会の内陣には御先師染筆の妙法曼荼羅並びに宗開両祖の御影画を二日前からご奉掲、懇ろにお風入れと虫払いを執り行いました。法会には約50名の檀信徒が参詣。はじめに私より立教開宗会と御虫払会の意義と内陣奉掲のご宝物について簡単に説明。妙法太鼓に合わせての唱題のなか、御宝前にて仏祖三宝尊への献膳を申し上げ、続いて法華経要品読誦から自我偈の訓読。唱題の裡(うち)に参詣者は内陣に進み親しくご宝物を内拝。参詣者一同真心込めて宗祖へのご報恩を申し上げました。

住職挨拶では
『釈尊創始の仏教において成仏への道がなにゆえに分かれているのか。どの教えにこそ釈尊の真意が在るのかという宗祖求道の志。また、末法の下根下機の衆生を救済する仏道を法華経に見出され、弘通の第一歩を踏み出された立教開宗の意義を門下僧俗は深く拝さなければならない』。
『ご奉掲のご宝物は先師先達の法華経と日蓮大聖人への信仰を明らかに伝えるものであり、私たち日興門流の僧俗はその真摯で情熱あふれる信仰心を鏡として行きたい。御先師の妙法曼荼羅はご縁があって当山で護持申し上げているものであり、今年はあらたに宗祖の御形木本尊と上代御影画像も紹介したが、法華信仰の佳き機縁として頂きたい』。
『古刹名刹といわれる日本仏教寺院の多くは、権力者によって権力者とその一族のために建立護持されているが、日蓮大聖人の仏法を護り伝える法華の道場は、下根下機、非力愚鈍という一般庶民の救済を願う道場。相武山妙法院も一切衆生の皆成仏道を誓願する宗祖の慈悲を根本とし、法華経を尊信する僧俗によって建立された寺院。これからも意識して社会に窓を開き、檀信徒の皆さんと合力してあらゆる方々に仏縁を結び深化をすすめるよう仏道精進して行きたい』。
と申し上げました。

ここでランチタイム。午後0時40分からは法会に供えるチターの演奏会となりました。

相武山 山主

2019年05月28日

春の法門研修会

今年からの当山の新たな取り組みとして「春秋に法門研修会開催」があります。当山では年間行事はもちろんのこと、お経日や宗祖御講、日曜法話会など月例の行事も少なくありませんので、仏教に親しみ学ぶ機会は多々あるのですが、それぞれ時間が少なく集中して仏教や法華経、日蓮大聖人の教えを学ぶことが難しいという希望が寄せられたことによります。たしかに法話は30分から40分ほどの限られた時間の中で、行事法要の趣旨や参詣者の信仰の理解度に合わせてのお話になりますから、浅く広くというかたちになりがちです。

そこで『じっくりと仏教を学びたい! 法華経や日蓮大聖人の教えをもっと良く知りたい! 日興門流の教えと信仰を学びたい! わからないことを遠慮無く質問したい!・・・』という声に応え、併せて自らの研鑽を深めるために法門研修会を企画しました。

春の研修会は14日(日)午後1時から。11時からの日曜法話会の後、ランチタイムをはさんで午後4時過ぎまで12名のご信徒とじっくり学び合いました。
研修会のテーマは「勤行について」。およそ宗教と信仰の世界ではいずれにあっても修行が求められ、その修行をとおして信仰が深められ確かな信仰が樹立されることになります。

仏教も然りで宗派の如何に関わらず仏教徒は僧俗ともに「行を勤める、勤行」を大切にいたします。もちろん宗派にはそれぞれ中心とする教えがあり、勤行はその教えに則ったものとなっています。仏教徒であれば自らの宗旨の意義が端的に込められた勤行を大切に考え、実践に努めますが、その内容が理解できればさらに信行が深まります。

勤行の大切さは信仰の先輩から教えられたと思いますし、中には意味内容についても教えて頂いた方もおられることでしょう。しかし、法門研修会にあたって勤行をそのテーマとしたのは、私たち日興門流の教えと信仰の基本を勤行の化儀化法から学ぶことが大切だと考えたからです。

研修会では勤行の意味について解説した上で、日興門流の信仰は日蓮大聖人のご教示である「法華本門の教え」を実践することにあるので、『法華本門の教えに通じる勤行となるようつとめなければならないこと。法華経要品読誦に限る理由。南無妙法蓮華経のお題目をお唱えすることが肝要であること。義務としての勤行ではなく、報恩感謝と自省の勤行とすること・・・・・』等々について所見をお伝えしました。

研修会では参加者から法華本門の教えに関する質問が次々に寄せられ、時間はあっという間に3時間を越えてしまいました。ご信徒各位のまじめなご信心と求道心に敬意を表する一時を持つことができ、私も望外の喜びでした。

相武山 山主

2019年04月27日

4月の日曜法話会

【世相のテーマは新元号】
14日(日)は4月度の日曜法話会。世相のテーマは「新元号 令和」でした。4月1日に新元号が発表されるので3月に入るとマスコミは新元号の話題で持ちきり。多くの国民の関心を集めるなか、1日正午前、政府より新元号が「令和」と決まったことが発表されました。平成の元号が使用されるのは4月30日まで、5月1日からは元号令和が使用されることになります。すでに明治や大正の時代を知る人はわずかとなり、多くの人が昭和と平成の時代を生きてきましたから、5月になるとほとんどの国民が三つの時代を生きることになります。

パソコンなどでデータを整理する都合上西暦を用いることが多くなってきて、元号がなくても格別の不便をかこつわけではありませんが、今まで元号で歴史や時代を認識してこともあり、やはり元号は気になります。そこで法話会の世相のテーマとしてふれてみました。

はじめに「平成から令和へ」の具体的なながれを説明し、続いて新元号の選定過程とその公表の動きを解説しました。次に「令和」の出典が万葉集の序文にある「時に初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前粉を披き、蘭は珮後(はいご)の香を薫す」からとられたことを紹介。また、その由来は漢の詩文集『文選(もんぜん)』収録の後漢時代の文人張衡による詩『帰田賦(きでんのふ)』や、中国の書聖、王羲之(おうぎし) の『蘭亭序(らんていじょ)』などにあることを紹介しました。

学ぶべきこととしては『改元を日本の歴史や文化を考え愉しむ好機とすること。時代の変遷を意識し、新たな時代を自らはいかに生きるべきかを考察する機会とすること』と述べ、新たに迎える令和の時代もすべての人々が等しく平和で安らかであるよう希望することをお伝えしました。

【続日本の仏教・禅と禅宗】
法話会のテーマは「続 日本の仏教」。前月お話できなかった「鎌倉仏教、禅と禅宗と仏教」です。鎌倉時代に興隆し日本仏教に大きな影響を与えた「禅と禅宗」について基本的なことがらを学びました。

『禅宗というのは、曹洞宗や臨済宗や黄檗宗といった、禅を旨とする宗派をまとめた「総称」であって、実際に禅宗という宗派が存在するわけではないこと。禅宗の開祖は釈尊から菩提達磨(6世紀に中国伝法)、大鑑慧能(達磨6祖、中国禅宗教団を形成)とされるが不明であること。禅を瞑想と捉え、瞑想がインドにおいても存在していたからインドにも禅はあったというが、「禅」はあっても「禅宗」がインドにあったとはいえず、インドと中国の自然風土の違いや思想の違いなどによって、中国独自の仏教文化の過程で禅宗という教団が生まれたこと。菩提達磨がインドから伝えたのは禅宗ではなく「禅そのもの」。であることを お伝えしました。

禅宗の特徴としては「系譜(血脈)」を重んじ、禅宗と総称される臨済宗(栄西)や曹洞宗(道元)や黄檗宗(隠元)はすべて達磨大師からの系譜につながっていること」。血脈は自分が師の法を受け嗣いだ者であることの証明。

続いて禅の基本であり禅の特徴を端的に示した達磨大師の言葉とされる「教化別伝(きょうげべつでん)、不立文字(ふりゅうもんじ)、直指人心見性成仏(じきしにんしんけんしょうじょうぶつ)」について概要を解説。
結びに禅の目的は『自分自身が仏として生きることに心の平安や救い、あるいは悟りを見出す「自力成仏」にあり』、座禅の修行そのものが成仏であるとすることに、浄土系の「他力」の思想とはまったく異なる禅宗の特徴があることをお伝えしました。
5月の法話会では臨済禅・曹洞禅などの概要を学び、仏教と禅の関係を理解したいと思います。これからも皆さんと倶に丁寧に日本の仏教史を学んでゆきたいと思います。

相武山 山主

2019年04月27日

桜花爛漫のなかで新説補任式

4月7日(日)、岐阜県垂井町の新田山天奏寺において(宗)正信会の教師新説補任式が執り行われました。昨年の夏からこの補任式が私の担当する部署で実務を執行することになりましたから、以来、その準備に何かと追われてきました。未来の仏道を担う新説教師誕生を意味する教師補任式は意義深いもので、私も今から46年前の昭和52年春に大石寺にて挙行させて頂き、また、弟子の純興房は平成11年、興厳房は平成24年に天奏寺で挙行させて頂きました。

今年の1月から3月末日まで準備に余念なく努め、チェックを済ませて岐阜県垂井での予行演習に向かったのは4月4日の夕方のこと。東名高速から新東名を走って夜8時頃には大垣市の宿に着きました。翌日から2日間は予行演習です。新説者である荻原宗謙師と松田盈尊師、前座を務められる高橋木道師はもとより、諸役みんなで補任式が無事に挙行できるよう、真剣に、入念に演習を行いました。しかし、担当部署の明確な理解と指導不足、関係者の練習不足による不安は残りました。

補任式当日は快晴に恵まれまさに桜花爛漫の風情でした。晴れの儀式には約40名の僧侶、約30名の寺族、約60名の信徒が参列。得度を許された僧侶が修行・修学を積み重ねて教師に任ぜられ、初めて説法を許される新説補任式は僧侶にとっては三世の大願といわれます。その補任式が無事厳かに執り行われたのです。新説者両名の今後の成長とご活躍を切に祈りたいと思います。
詳細は妙風新聞をご覧ください。

相武山 山主

2019年04月26日

満開のサクラとペットの慰霊

彼岸の頃から開花しながらその後の寒気のために満開が遅れていた本堂前のソメイヨシノが1日のお経日にほぼ満開となりました。境内西側のソメイヨシノは6分咲きといったところでしょうか。当山の西側に在る追分市民の森でも10数年ほど前に植樹されたサクラがみごとな咲きぶりです。今年はサクラを愛でる期間が例年よりも長く、じっくりと楽しませて頂きました。

1日は月例のお経日ですから、参詣の方々と月初めの勤行・唱題、仏祖三宝尊に御報恩を申し上げました。その後は執事の興厳房による妙風新聞「御心を拝して」を参照に法話がなされ、続いてペット墓「慈愛」で慰霊法要を予定していましたが、通り雨のような天候となり、興厳房と私がペット墓に詣で、その他の方は本堂内から慰霊法要に参加されました。現代ではペットはすでに家族の一員という認識が一般的です。埋葬されているペット諸霊に慰霊をささげた次第です。

慰霊の後には参詣者の皆さんと本堂で桜茶とお菓子を頂いて懇談の一時を持ちました。晴天であればサクラの下でお花見をしたかったのですが残念でした。これからも家族の一員であったペットの慰霊を大切にしたいと思っています。

相武山 山主

 

2019年04月25日

野はらと境内に春の花

2月から3月にかけては野はらも境内も冬枯れのために少し淋しい風情となります。また、当山の受付やロビーでお参りの方を迎える花にも苦労しますが、春のお彼岸が近くなってくると、野はらでは菜の花やスミレやタンポポなどが一斉に花開き、境内ではモクレンやレンギョウをはじめあちらこちらから春の花が可愛い顔を見せてくれるようになります。

サクラを待つまでもなく春のおとずれを覚える悦びは、自然の豊かな当山ならではと感謝しきりです。ただ、開山以来、春夏秋冬に境内のあちらこちらに季節の花を植えてきたので、まだ良く把握していないのが心許なく、つぼみが膨らみ花が開いて、あ~ここに植えたんだと気づくのですから恥ずかしい限り。

お参りに来られる方からもサクラや春の花を愛でるお声を頂きますが、是非、ご自分でもサクラや野花に直接「こんにちは、元気でね、ありがとう・・・」などと声をかけてほしいと思います。声をかけられた樹木や花もきっと喜んでいっそう色艶をますことでしょう。

2年前に参道横に設えた池では鯉が元気な姿を見せています。10匹すべてが無事に冬を越えられるかという心配をしていましたが杞憂に終わりほっとしています。お参りされる方には池の鯉にも声をかけて上げてください。喜んで元気を増すことと思います。
皆ですべての春に感謝の想いを伝えましょう。

相武山 山主

2019年04月24日

春のお彼岸

春の風が強く、時折小雨がぱらつく21日は春の彼岸法要でした。18日の彼岸の入りから境内の墓所や永代供養墓久遠廟には縁者の供養のために家族づれでお参りされる方々が続きます。本堂での法要は21日の御中日と24日(日)に執り行いました。21日は風が強く、ときおり小雨もぱらつく不安定な春の天候でしたが約50名ほどの参詣者の方々と奉修。ご信徒がたたく妙法太鼓に合わせてお題目が唱えられる中、御宝前と精霊壇への献膳から法要は開始。真心を込めて法華経の要品を読誦、寿量品に入り、追善供養のお塔婆が建立された精霊壇に参詣者が順次進んでお焼香。続いて宗祖御証得の南無妙法蓮華経のお題目をお唱えして、仏祖三宝尊へのご報恩を申し上げ、縁者ご先祖への追善ご回向を申し上げました。

【知恩から報恩へ】
法要後は上野殿御消息
『父母の恩を報ぜよとは、父母の赤白二渧和合して我が身となる。母の胎内に宿る事、二百七十日九月の間、三十七度死ぬるほどの苦しみあり。生み落とす時、たへがたしと思ひ念ずる息、頂より出づる煙梵天に至る。さて生み落とされて乳をのむ事一百八十余石、三年が間は父母の膝に遊び、人となりて仏教を信ずれば、先づ此の父と母との恩を報ずべし。父の恩の高き事須弥山も猶ひきし。母の恩の深き事大海還りて浅し。相構へて父母の恩を報ずべし』を拝読。

仏教は創始された釈尊の悟りと教えを源流として、古えからその基本的思想は定まっているものの、原始仏教、小乗仏教、大乗仏教とそれぞれ異なりがあり、また、その伝播や受容の歴史、さらに地域の文化や習俗、また時代によっても違いがあることをのべ、日蓮大聖人の教えは普遍性を持ちながらも日本的な仏教であることを説明しました。

ことに拝読した御書にみられる「知恩・報恩の思想」は、インドの原始仏典などでは正面から説かれることはなく、中国など東アジアの習俗や思想の影響の下、日本の歴史や文化・習俗などをふまえた日本的な仏教といえ、宗祖の法華本門思想・法華専修の教えの上から展開されていることをお伝えしました。

現代では「恩」というと押しつけがましい道徳のように捉える向きもありますが、けっしてそうではなく、恩を知り、恩に報いるということは『自身が地球や宇宙、自然やその営みという森羅三千のはたらきに育まれ、あらゆる人々に支えられて生かされている存在であることを知ること(知恩)。報恩とは自身が無常の存在であることを理解し、生かされていることに気づき、得がたい日々に感謝して分に応じて善業をなすこと』といえるでしょう。

すべての事物事象の存在や人々への感謝に思い至らぬ人でも、この世に誕生させていただき、幼い頃から育んでくれた両親や家族に感謝の心を抱くことは難しいことではありません。すべての存在に感謝の思いを持ちながら人生を歩むことは仏教の精神に通じることであり、彼岸という仏の世界に向かう仏道修行の日を設けて仏事を営むことは意義のあることです。法要では参詣者それぞれに有縁精霊やご先祖に思いをささげ、仏法を聴聞して建立御回向の塔婆を持参して墓所や永代供養墓に向かわれました。
この春も宗祖が教えられた「知恩から報恩への道」を大切に思われる方々と倶にお彼岸を執り行うことができたことをうれしく思います。

相武山 山主

2019年03月29日

病と向き合う

春の彼岸入りの前日17日(日)は3月度の日曜法話会。久しぶりの藤又さんご夫妻をはじめ一般の方16名、信徒の方15名の参加聴聞を頂きました。お彼岸の前だったこともありご信徒よりも一般の方が多いという初めての法話会でした。

法話会では毎回「世相」を前半のテーマとしています。世相とは世の相(すがた)ということで、世の中の事物・事象(出来事)について仏教信仰者、法華信仰者としての視点からのお話です。仏教は現実を直視する「正見」を第一義とし、『あらゆる事物・事象は私たちと無縁なるものではないとの認識に立ち、起こっている事象はすべて学びの対象であり、眼前の事物・事象をどのように観るかによって自らの人生も定まる』と教えています。当然のこと、世相への意見は各人各様ですが、当山の法話会では私(住職)の意見をお伝えして参加者の参考に供している次第です。

今月の世相のテーマは「病と向き合う」。
去る2月12日、日本女子水泳界のホープ池江璃花子さん(18歳)が白血病発病を自ら公表しました。昨年のジャカルタ・アジア大会での大活躍が印象的な池江さんが難病に罹り、競技生活から離れて治療に専念するという突然の報道に日本中が驚きました。白血病とは血液の中の白血球が悪性腫瘍になった血液がんの一つ。難病といわれる病気ですが医学薬学の進歩によって完治も可能となってきました。報道にふれた多くの人は等しく池江さんの快復を祈っていることでしょう。私もそのうちの一人です。

法話会ではまず池江さんのプロフィールと病気について説明し、3月11日、東日本大震災の日に出された池江選手のツイッター『8年前の今日3月11日、罪のない人たちが大勢なくなりました。違う形ではあるけれどわたしは全力で生きます』を紹介しました。

【仏教と病】
続いて仏教では病をどのように考えるかについて、「仏教は因縁縁起の法が基本。あらゆる事物事象は因縁縁起の法によって存在しているにすぎず、因縁が変化することを教えているのが諸行無常であり、すべての存在は移りゆくものと知らねばならない。縁起の法理から観れば、健康の因縁が損なわれれば病を招き、病の因縁が損なわれれば健康になることが理解される」と解説。

その上で、『現実直視の仏教は生老病死は誰人も免れない真実であり病を特別視しない。病は好ましいことではないが、仏教では病そのものを忌み嫌い一方的に不幸の源と捉えてはいない。病に功罪二面を説く仏教では病を認め理解することによって真理に至ると教えている。人間の心身は精妙な存在で日々命の営みを続けられることは、因縁の連続であり奇跡が毎日起こっているようなもの。健康が当たり前ではなく、いつ健康が損なわれても不思議ではないのにたまたま今日は健康でいられるに過ぎないという認識が大切』と所見をお伝えしました。

【日蓮のことば】
日蓮法華宗の祖師日蓮大聖人は病についてさまざまな言葉を遺されていますので以下数編を紹介しました。
『病の起こりを知らざらん人の病を治せば弥病は倍増すべし』(種々御振舞御書)。
『病は肉より起これば治しやすし、節より起これば治しがたし』(日眼女釈迦仏供養事)。
『譬へば病のならひは何れの病も重くなりぬれば、是れにすぎたる病なしとをもう』(光日房御書)。
『病人に薬をあたふるにはさきに服したる薬の様を知るべし。薬と薬とがゆき合ひてあらそひをなし、人をそんずる事あり』(南条兵衛七郎殿御書)。
『夫れ人に二の病あり。一には身の病、所謂 地大百一・水大百一・火大百一・風大百一、已上四百四病なり。此の病は設ひ仏に有らざれども之れを治す。所謂 治水・流水・耆婆・扁鵲等が方薬、此れを治するにいゆて愈えずという事なし。二には心の病、所謂 三毒乃至八万四千の病なり』(治病大小権実違目)。
『病の起こる因縁を明かすに六有り。一には四大順ならざる故に病む、二には飲食節せざる故に病む、三には坐禅調はざる故に病む、四には鬼便りを得る、五には魔の所為、六には業の起こるが故に病む』(太田入道殿御返事)。
『大涅槃経の文の心は、仏法を信じて今度生死をはなるる人の、すこし心のゆるなるをすすめむがために、疫病を仏のあたへ給ふ。はげます心なり、すすむる心なり』(閻浮提中御書)。
『人の死ぬる事はやまひにはよらず。当時のゆき(壱岐)・つしま(対馬)のものどもは病なけれども、みなみなむこ(蒙古)人に一時にうちころされぬ。病あれば死ぬべしといふ事不定なり。又このやまひは仏の御はからひか。そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人、仏になるべきよしとかれて候。病によりて道心はをこり候か』(妙心尼御前御返事)。
『すでに仏になるべしと見へ候へば、天魔・外道が病をつけてをどさんと心み候か。命はかぎりある事なり。すこしもをどろく事なかれ』(法華証明抄)。
遺された言葉からは病にも功罪禍福さまざまな力用(りきゆう)があることがわかります。

法話会の結びは「学ぶべきこと」。
『池江さんの発病を彼女のこととするのではなく、自身のこと、家族のこと、友人・知人のことと想いをつなぐことが大切。病によって失うものと、病によって得るものがあることを知ること。人生はすべてが学び、諸行は無常という真実から目をそらすことなく、一日一日が貴重な存在であることを理解し、すべての存在に感謝の心をもって心豊かな人生を歩みたい』とのべました。
今月の世相のテーマも『病と向き合う』と重いものでしたが、池江璃花子さんの報道から病と向き合うことの大切さを皆さんと一緒に考えました。

相武山 山主

2019年03月27日