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相武山 妙法寺 ブログ

興師会(妙法院開創40周年)を奉修

2月7日(日)は法華宗日興門流の門祖白蓮阿闍梨日興上人の御命日。昭和56年(1981)2月7日開創の当山は今年で開創満四十周年を迎えました。今年は宗祖の御生誕800年という佳節でもあり、二つの意義をこめた慶祝記念の法要や事業を考えていましたが、昨年春から続くコロナ禍のために十分に企画検討することができませんでした。記念の事業としては宗祖御影像の造立と勤行要典の刊行、コロナ禍を乗り越えての慶祝法要も予定していますが、いずれも明年初夏の順延となります。

今年はコロナ禍の緊急事態宣言下という現実をふまえて、粛々と2月7日に興師会、3月28日(旧暦の2月16日)に御生誕800年法要を奉修することとしました。
快晴に恵まれた興師会には15名ほどのご信徒が参詣。精霊檀には妙法院有縁物故者の御塔婆と正信会僧俗物故者の御塔婆を建立。御宝前と精霊檀にお膳を供え、献膳・読経・焼香・唱題と如法に奉修。報恩感謝の唱題裡にはついつい草創期の方々のお顔が浮かんだり、檀信徒の皆さまと信行に励んださまざまな光景が流れて行きました。

当山40年のあゆみは門祖日興上人の御精神と日蓮大聖人本来の教えと信仰を真摯に求めてきたものです。私も同志もその志は高く強いものと自負していましたが、世俗的な権威や権力、大きく強固な組織を離れて、手探りで法義信仰の研鑽に努め、信仰の護持弘通の基盤を作り上げて行くことはけっして平坦な道のりではありませんでした。
時に迷いながら、時に悩みながら、試行錯誤を繰り返し、「まことの法華信仰の道」を求めて今日に至ったものです。当山40年の歩みはひとえに仏祖三宝尊の御加護の賜物であり、倶に仏道精進してきた檀信徒の信仰心によるものと深い報恩感謝の思いを御宝前に申し上げました。

法要後には法話と挨拶。はじめに興師会(せり御講)にちなんで門祖日興上人の御精神について「末法の一切衆生を救い導くのは末法の法華経の行者である日蓮大聖人。宗祖の教えは法華最勝の覚悟によるものであり、その修行は南無妙法蓮華経のお題目専修であること。法華信仰の対境は宗祖御図顕の妙法曼荼羅と宗祖の御影像。本因妙の成仏道を明かして愚人・迷者を教導するのが日蓮大聖人の教え」が基本思想であることをお伝えしました。

さらに開創40周年にあたることから開創時より今日までの妙法院の足跡を簡略に回顧。佳節を無事に迎えられたことへの感謝の思いを述べました。

相武山 山主

2021年02月26日

2月2日の節分会

立春の前日は節分会。例年2月3日に行われることが多い節分ですが、暦の都合で今年は明治30年(1897)以来124年ぶりに2月2日が節分でした。
節分といえば一般的なイメージとしては鬼を災厄に見立て、「豆(魔滅)をまいて鬼を追い払う」ですが、本来、節分は季節の変わり目である立春・立夏・立秋・立冬の前日のことをいいますから、立春の前日だけが節分というわけではありません。立春の前日が旧暦の大晦日にあたる重要な日として、いつしか節分といえば立春の前日をさすようになったということです。

古来、季節の分かれ目には邪気や厄(鬼)が入り込みやすいと考えられていたために、新年を迎える前に邪気を祓い、一年の無病息災を祈る行事として追儺(ついな)式が行われてきたといわれています。この追儺式は中国で行われていた行事が日本に伝わったもので、周代(B.C.1046~B.C.256)には、朝廷や諸侯による「大儺」という行事があったといわれています。

この中国の「大儺」が日本に伝わって「追儺」として宮廷の年中行事になり、『続日本紀』によれば飛鳥の頃からこの行事が行われていたようです。その行事では役人たちが厄払い役とその手下に扮し、宮中を掛け声をかけながら回ったといわれ、これが後世の「豆をまいて鬼を追い払う」節分の儀式になったといわれています(豆まきのいわれには諸説あります、皆さんも調べてみてください)。いずれにしても節分会は「除災招福」を願う行事として親しまれて今日に伝わっています。

節分会は仏教の行事というわけではありませんが、日本の伝統行事であり習俗ともなっています。また、毎年厄歳の御祈念を申し出られる方も居られますので、当山も年中行事の一環として執り行っています。
当日は午後1時から御宝前に福豆をお供えし、如法に法華経要品読誦・南無妙法蓮華経の唱題とお勤めして、疫病の退散、衆生の安寧を祈願し、さらに災厄祈願を申し出られた方々と参詣者の方々の現当二世にわたるご健勝を祈念いたしました。
寿量品長行では私が「福は内」と念じて御宝前に福豆をまき、興厳房が本堂から客殿、ロビーから寺務所に福豆をまいて除災招福を祈りました。
法要後は節分のいわれをお伝えして参詣者の皆さまに福豆を振る舞いました。今年は新型コロナの疫病退散を強く祈念し、福豆をたくさん用意して前日の御経日や興師会などに参詣された方々にも振る舞いました。

厄歳の御祈念は例年のように有縁檀信徒の皆さまよりお受けしましたが、今年は3年前にご主人の母国である英国に帰られた久美子・Sさんからもメールでご家族の厄歳祈念のお申し出を受けました。ご信心の篤い久美子さんは幼い頃からお母さまの信仰を承け継がれ、物心ついた頃から朝夕の勤行をほとんど欠かすことはないという方です。理屈抜きで素直に日蓮大聖人の教えに帰依して、生きる力にしてきたということです。当山には27年ほど前からご縁を結ばれましたが、その信行は常にバランスを考慮してのマイペースなもので、沈着冷静揺るぎのない姿勢でした。また、英国人のご主人もとても理解と愛情のある方で、在日中はよくご夫妻で一緒に参詣していらっしゃいました。

ご家族の幸せを切に願う久美子さんのご信心は息子さんにも伝えられ、息子さんも日本在住のときにはご一緒に当山に参詣されて勤行・唱題していました。また、久美子さんは英国への帰国に際して、仏壇を新調されるなど生涯の信仰成就を誓って準備をされました。帰国後は当山から相武山だよりや妙風などをお届けし、久美子さんからもメールを頂戴しています。
英国に厄歳という概念があるのか無いのか私にはわかりませんが、仏教への信仰と日本の伝統や文化を大切にされる久美子さんの想いに敬意を表しつつ、ご家族の安寧を心より祈念申し上げました。

 

相武山 山主

2021年02月25日

大乗の仏教 悟りから救いへ(下)

昨年11月の日曜法話会「大乗の仏教(悟りから救いへ・仏教の多様性)」については、11月末のブログに前半の内容をアップしましたが後半をお伝えしていませんでした。相武山だよりのスペースは限られていますがフォローしておきたいと思います。

釈尊創始の仏教は、現在、上座部仏教(大乗仏教からは小乗仏教と呼称)と大乗仏教に分類することができます。できるだけ正確な歴史をふまえて理解することが大切ですからまず「釈尊の入滅とその後の仏教教団」について以下のように概要解説。
①『釈尊の入滅』
「釈尊はバラモンの教えと信仰(現在のヒンドゥー教)を超克。弟子や信徒のために仏教の教団をつくられた。仏教における三宝は『法と仏と僧』。釈尊入滅後はその教えを口伝として伝承した。仏教を修行・修学できる者はごくわずか。ブッダ(覚者)となる者はほとんど無く最終的にあ阿羅漢をめざした。」
②『教団の分裂と仏典の成立』
「釈尊滅後100年頃、第2回結集後に根本分裂(教えの解釈によって教団が上座部長老と大衆部に分裂)。次第に分裂は広がりインド仏教は『アビダルマ仏教』とよばれる20余派に分かれて展開。完全な断絶ではなく、儀式を同様に行うなどして併存していた。」
③『仏典の成立』
「口伝暗誦されていた教えがやがて経典となる。釈尊の言質を中心とした素朴な原始仏教が経・律・論の三蔵にまとめられる。口伝による言葉から文字に表記されて経典となる。る。部派仏教それぞれに経典が編纂され修行修学の基本となる。」
④上座部仏教と大衆部仏教
「上座部は保守的な長老派。大衆部は長老とは意見が異なるより進歩的な考え方をする人々。大乗の思想を生んだのは大衆部からの系統だと考えられている。上座部系統の思想は保守的な小乗仏教と呼ばれたが、現在は上座部仏教と呼ばれている。」

続いて大乗仏教の興起の概要について
①深刻な危機意識と真摯な求道心
「部派仏教教団では僧侶による特権階級化が進んだり、些末な教義論争に明け暮れるようになる。民衆への教化と救済は停滞。様相を憂えた者たちは『釈尊の本意はいずこにあるのか』と自問しその教えを希求。大乗仏教は古代インドの伝統的保守的仏教を批判して誕生した。」
②大乗仏教運動
「釈尊の真意を探求する運動(紀元前後から登場)。大乗(大きな乗り物)を自称。自利の悟りよりも利他の救済。宗教的情熱と文学性。法身を軸とする仏身論や六波羅蜜や十地に代表される菩薩論を展開。限定された者のための仏教からすべての人々の仏教へ。煩悩断尽の悟りから仏法の救いを信ずる仏教へ。」
③大乗仏典の成立
「原始経典とは別の流れで大乗経典が編纂された。『般若経』、『法華経』、『華厳経』など。後に浄土教や密教の経典類も成立。日本人の思想や世界観に大きな影響を与えている。大乗経典の著述と編纂は釈尊の言葉や精神を追及した多くの無名の仏教者」などについて解説

結びに「インドではかつて上座部の仏教と大乗仏教が兼学されていた。東アジアでは上座部仏教と大乗仏教が並列的に伝播した。教相判釈(教えの浅深・高低)の必要性が生じた」ことを概説。
大乗仏教の特徴は「自利の仏教から利他の仏教へ。悟りの仏教から信による救いの仏教へ。人生の環境に恵まれた一握りの上根上機の者が悟る仏教から、すべての人々に差別なき救済の道を切り拓いた仏教。人生のすべてが仏道の修行であり、誠実に人生を歩むことが仏道の成就につながること」をお伝えしました。
法話から「仏教には上座部仏教と大乗仏教という二つの大きな潮流があること。大乗仏教は仏教のもつ多様性から誕生したこと。日本の仏教は大乗仏教でありすべての人々に救済の道が開かれていること」を知って頂きたいと思います。

相武山 山主

2021年01月31日

仏教の目的とその基本

1月17日(日)は午前11時から令和3年初の日曜法話会を開催。年明け早々、コロナ禍による緊急事態宣言の再発出に遭遇し、法話会も中止しなければならないかと思いましたが、すでにタウンニュースで旭区、保土ケ谷区、瀬谷区、大和市に広報しており、参加を希望するお電話も頂いていましたので、感染予防を徹底し時間を短縮して開催することとしました。

平成23年4月から開催してきた日曜法話会も11年目となりました。昨年はコロナ禍のために3ヶ月中止しましたが、10年間、1月から11月までテーマを工夫して、誰でも気軽に参加して頂ける一般公開の法話会を心がけてきました。その趣旨は一貫して「仏教に親しみ、その教えと信仰について理解してほしい」と「法華経の教えや日蓮聖人の教えにふれてほしい」というものです。参加者は檀信徒の方と一般の方がおよそ半々といったところでしょうか。少ないときは20名、多いときには40名ほどのご参加を頂いて仏教を学び伝える機会としています。

11年目という節目でもあり、今月のテーマは原点に返って「仏教に親しむー仏教の目的とその基本ー」でした。「目的とその基本」は何ごとにおいても修得するためには要となるもの。目的を定めなければその道を達成することはできませんし、基本を疎かにして道を成就することもできません。以前にもふれたことのある内容ですが、仏教への正しい認識と理解を深めるためにも常に「目的と基本」を確認してほしいと思っています。

今回は初めて参加の方もおられましたから、はじめに法話会の趣旨についてふれてからレジメにそってのお話。
① 「仏教のイメージ」について
現代の仏教についてどのように認識していますかと尋ねても、多くの方は「よくわからない」といわれます。それは「仏教やお寺、僧侶などとのふれあいがほとんどなく、理解も親しみも乏しい。仏事の意味や教えについて学ぶ機会がない。さらに、知りたいと思っても知る機会がない」ためであろうと思います。
では仏教という言葉から連想されるイメージはと尋ねると、「古めかしい仏像であったり、読経や葬儀や法事などの仏事、お墓や先祖供養」「寺院の伽藍や僧侶」「きれいで趣のある庭や境内、歴史や文化を伝える観光と寺院」と語る方が大半です。
そのようなイメージはイメージとして、6世紀前後に我が国にわたってきた仏教は、日本の歴史と文化、日本人の思想と生活に大きな影響を与えてきました。その事実を歴史の足跡と生活になじんでいる四字熟語「因果応報(いんがおうほう)、有為転変(ういてんぺん)、一期一会(いちごいちえ)、一蓮托生(いちれんたくしょう)、有象無象(うぞうむぞう)、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、後生大事(ごしょうだいじ)、言語道断(ごんごどうだん)、三界無安(さんがいむあん)、四苦八苦(しくはっく)、諸行無常(しょぎょうむじょう)・・・・・」から解説しました。皆さん普段なにげなく使っている言葉の多くが実は仏教に由来していることを知って大いに頷いていました。

② 「仏教とは(その目的と基本)」について
仏教は宗教であり信仰でもありますが、客観的、学術的に理解することも大切。教団による主観的、恣意的な解釈によってはまちがっていることもあることを説明。参考文献として国史大事典(中村元述)と釈尊の御事跡をたどるインドの地図を提示。「釈尊を知る(その一生と歩まれた道)。苦悩からの解脱(釈尊の求めたもの)。インド古来のバラモン教(ヒンドゥー教)からの解放と超克。釈尊の遺された教え。2500年に及ぶ仏教の歴史を学ぶ。日本の仏教は大乗仏教。」を解説しました。

③ 「仏教の基本思想」について
初期仏教から大乗仏教まで仏教は長い歴史と広範な伝播によって複雑煩瑣になり、宗旨宗派によってかなりの相違がみられるが、仏教と称するゆえんとなる基本的思想は通底しています。
釈尊は真理は誰のものでもなく法(ダルマ)として在ることを述べたこと。その基本的内容は「釈尊の覚られた真理」として仏教徒に伝承されてきた。それは「一切は縁起によって在る。三法印(四法印)「諸行無常、諸法無我、一切皆苦、涅槃寂静」。四聖諦(苦・集・滅・道)。八正道(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)。六波羅蜜(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)。等々」として、すべての仏教教団共通の認識となっていることを伝えました。

釈尊最後のことばとして「法灯明(ほうとうみょう)・自灯明(じとうみょう)」について解説し、「釈尊はヒンドゥー教の神秘主義や苦行、超常現象を認めなかった。釈尊は自身への帰依を求めず、妙法への帰依とその獲得を求めた。釈尊は人々の日々の安らぎを願い妙法を説かれた。釈尊の神格化と強い信仰は後世のもの。仏像の造立はギリシャのアレクサンダーの東征(紀元前327)以降。インド西北部、ガンダーラ地方をその始原とする」ことなどを述べました。

④ 「仏教を人生に活かす」について
釈尊がバラモン教(ヒンドゥー教)を離れて創始した仏教の目的は極めてシンプルで苦悩からの解脱であることを確認。続いて「人生に生起するさまざまな苦悩の源を知り、仏教に説かれる叡智を学びながらより良い人生を歩むこと。大乗仏教では覚りよりも信仰による自他の救済が説かれていること。人間の有限性、未熟さを認めた上での修行と平安、さらに生きがいをもたらすのが大乗仏教であること」を学びました。
人間は人生の最後まで成長できる存在ですから、仏教を学ぶ楽しみを知り、その叡智を日々の人生に活かすためにも、「真実を知る勇気、真理を求める姿勢、生涯学ぶ姿勢が大切」であることをお伝えしました。

結びに「日本は仏教というすばらしい智慧と文化の歴史がありますが、すっかり形骸化してしまい、その価値に気づくことなく、その叡智を人生に活かしている人が少ないことを残念に思っています。人生は出会いと選択ですから大乗仏教法華宗徒の責務と使命に思いをいたし、ささやかなりとも仏教の啓蒙に資したいと願っています。この一年もコロナ禍に負けることなく仏道に精進してまいります」と所信を述べ法話会を終了。

相武山 山主

2021年01月29日

初御講は知恩・報恩の心から

1月13日(木)は「初御講(はつおこう)」。1月8日からのコロナ禍による緊急事態宣言の再発出がありましたので、参詣者はわずかでしたが今年初の日蓮大聖人の月例御報恩講を執り行いました。日蓮門下では日蓮大聖人のご命日である13日が毎月の行事の中心です。とはいえ、近年は檀信徒の参詣を優先して13日前後の日曜日に執り行う寺院も少なくありません。御講では唱題の太鼓のうちに仏祖三宝尊へ献膳を申し上げ、法華経要品の読誦、御報恩のお焼香、南無妙法蓮華経の唱題を修して御報恩謝徳申し上げます。

現代では報恩(ほうおん)などというと、古めかしい言葉として一笑に付す向きもあるかもしれないが、恩を報じるということは人倫の徳目として風化させてはならないものです。恩に報いるためにはその前に恩を知るという心のはたらきがあります。恩を知ることができる人にして初めて報恩の心が芽生えるのです。
釈尊の初期仏教では己れの覚りが主眼ですから、「知恩・報恩」という概念はあまり強調されませんが、法華経を中心とする大乗仏教では仏教の心得として知恩報恩が説かれます。

法華経の信解品には「世尊(せそん)は大恩まします。希有(けう)の事をもって、憐愍(れんみん)し教化(きょうけ)して、われらを利益(りやく)したもう。無量億劫にも、誰かよく報ずる者あらん。手足をもって供給し、頭頂(ずちょう)をもって礼敬(らいぎょう)し、一切をもって供養すとも、皆、報ずることあたわじ」と説かれています。
この経文は「仏恩の甚深を歎ずる」もので、現代語に訳すれば「世尊は広大な恩徳をお持ちです。なぜならば、最高の教えをもって哀れみつつ教化し、私たちにこれ以上ない利益を与えて下さいました。たとえ、どれだけの時間と労力を費やしても、その大恩に不足なく報いることはできないでしょう。手足を使って給仕し、頭を地につけて礼拝し、自分のすべてを捧げて供養したとしても、誰も満足にその恩徳に報いることはできません」となり、仏さまのご恩が甚だ深いことを教えています。

末法の法華経の行者である日蓮大聖人は報恩抄に「夫(そ)れ老狐(ろうこ)は塚をあとにせず、白亀(はっき)は毛宝(もうほう)が恩をほうず。畜生すらかくのごとし、いわうや人倫をや。されば古への賢者予譲(よじょう)といゐし者は剣をのみて智伯(ちはく)が恩にあて、こう演と申せし臣下は腹をさひて衛の懿公(いこう)が肝を入れたり。いかにいわうや仏教をならはん者の父母・師匠・国恩をわするべしや」とご教示です。
この報恩抄は門家全体に示された法門書ですが、直接的には出家の師匠である道善房の死去に伴い、その報恩の為めに記されたものです。

私たちの人生を振り返ってみれば、両親や家族、先生や先輩、友人知己など、数え切れない人々の恩恵を蒙っていることがわかります。その恩恵に感謝することが知恩であり、その感謝に応えようと勤めることが報恩となります。

日蓮門下僧俗は毎月13日に宗祖日蓮大聖人への御報恩として月例御講を執り行いますが、それは末法の教主への知恩・報恩の志によるものです。今年も一年、檀信徒の皆さまと倶に毎月の御講を大切に修してまいります。

相武山 山主

2021年01月27日

御生誕800年佳節の年

コロナ禍に明けコロナ禍に暮れた令和2年、その歳末からコロナ禍の第三波が押し寄せ、新春の菩提寺参詣も自粛を余儀なくされることとなりました。例年、当山では年明けに元朝勤行会(がんちょうごんぎょうえ)を執り行い、三ケ日にはそれぞれ初勤行会(はつごんぎょうえ)を執り行って、檀信徒の皆さまと倶に法華経への祈りと誓願から新年の幕開けとしています。しかし、深刻なコロナ禍の前にこの春は慎重を期しての初参りとなりました。

各勤行会は回数を増やして三密回避を基本に感染防止を徹底。例年と異なり方便品・自我偈・唱題と礼拝時間を短縮。新春の御書拝読と新年の辞も重須殿女房御返事の冒頭を拝読して一言のみの挨拶。お屠蘇や祝い昆布も容器と袋に入れてお渡ししました。各勤行会が密になることはなく、1日から7日までは時間外にも自由にご家族で参詣されていましたが、いつものようにお屠蘇を差し上げながら近況を伺うことができず残念に思いました。

南関東に位置する横浜市の今年のお正月は、日本海側の雪国の方々には申し訳ないくらいの抜けるような青空が続き、コロナ禍でなければより多くの檀信徒の方々と初春を寿ぐことができたでしょう。参詣の方々は例年の半数ほどでしたが、この時局ではよくご参詣頂いたと思います。当山では参詣の皆さまと心を一つにして疫病の速やかな退散をご祈念いたしました。
諸法は実相(すべての存在はまことのすがた)と説く仏教の視点からは、コロナ禍のお正月にもきっと何らかの意味があるのだと思います。緊急事態宣言も再発出されていますから、感染に注意しながら社会の変化を己の人生に活かして行きたいものです。

【日蓮大聖人御生誕800年】
さて、日蓮大聖人は承久4年(1222)2月16日、安房国長狭郡東条郷の片海に誕生されましたので、令和3年(2021年)は御生誕八百年となります。
私たちはさまざまな因縁によって、法華経と日蓮大聖人の教えに結縁させて頂きました。それぞれ信仰への道は異なっていますが、法華経の妙荘厳王本事品には「仏は値(あ)いたてまつることは得(え)難(がた)し。優曇波羅華(うどんばらけ)のごとく、また一眼(いちげん)の亀が浮木の孔(あな)に値(あ)えるがごとし。しかるにわれらは宿福深厚にして、仏法に生まれ値えり」と説かれています。

この言葉によれば、数え切れない思想や宗教の中から、私たちは不思議なことに仏法と出会う機会を得たことになります。「人生は出会いとその選択」ですから出会いは物事のはじまりです。出会いの機会がなければ選択もできません。時に出会いそのものに善悪を観る方もいますが、およそ出会いそのものに善悪は問えないと思います。悪しき出会いであれば捨離して反面教師とし、自身の戒めとすれば良いのであり、また、善き出会いと思えば人生に活かして行けば良いのです。

日蓮大聖人の教えに出会いその教えを人生の杖や柱とし、光明とする私たち門弟にとっては宗祖のご恩は実に深いものがあります。その宗祖の御生誕から800年という佳節を迎えるのですから、報恩感謝の心を顕そうと思うことは自然なことです。日蓮各門下では数年前から御報恩のための企画を検討しその実践に取り組んできました。しかし、佳節を迎える前年、新型コロナウイルスのパンデミックにみまわれ、思うような法要や行事の奉修はほとんど不可能となってしまいました。

当山でも正信会と連携して佳節を祝うことを考えていましたが、時局がらその執行は難しく、各自時宜に適ったかたちで御報恩申し上げることになりました。暦の上の御生誕は2月16日ですが旧暦では3月28日となります。そこで、当山では緊急事態宣言の再発出も収まる可能性がある「3月28日(日)に記念法要を執り行う」こととしました。すでに令和3年度年間行事予定表にてお伝えしているとおりですが檀信徒の皆さまにはご了承願います。

相武山 山主

 

2021年01月25日

新年を迎えるために

【歳末大掃除】
年の瀬も押し迫った26日(土)午前10時からは歳末の大掃除。9時半頃から皆さんご参集。着山された方から堂宇、境内、参道の清掃にあたって頂きました。本堂や客殿は御会式の時に丁寧に清掃しているため、玄関、受付、ロビー、トイレが対象です。境内は三師塔とその周囲を中心に、過日、合摩さんが樹形を調えてくださった本堂前のサクラの枝の搬出など。搬出は軽トラックに荷積みして搬出を3回行い本堂前がすっきりきれいになりました。

大掃除は2時間ほどで終了。最後に本堂でお正月参詣者へのカレンダーや妙風新聞などを渡しやすいように作業して頂きました。お寺は僧侶だけでは管理も運営もできません。ご信徒の協力と支援が欠かせませんので、これからも応分のご協力をお願いいたします。

当日は初めてご参加の柴さんはじめ、奥田さん、安西さん、高橋さん、森さん、辻本さん、久保さん、落合さん、芦川さん、阿部さん、熊木さん、新倉さんに参加ご協力頂き、ありがとうございました。これで安心してお正月の参詣者をお迎えできます。

【餅つきとお供物と門づくり」
今日(30日)は午前10時からご宝前にお供えする重ね餅を作りました。餅つきは数年前から元和菓子職人の小原さんにご協力頂いています。興厳師がしっかりとお手伝いしながら記録していますので、やがて興厳師手作りの重ね餅も見ることができるようになるかもしれません。
11時からは阿部さんにも協力頂き、マスクとゴム手袋着用でお正月参詣者への「昆布」の袋つめ、容器に入れて振る舞う「お屠蘇」の容器つめなどを行いました。これもコロナ禍対策の一環です。
引き続いて、興厳師、阿部さん、私の三人で玄関前の門松づくり。例年どおりにコモを巻いた樽に青竹をさし、竹の周囲を若松で囲みます。約1時間ほどの作業ですが新年を迎える最後の作業でした。
皆さまどうぞ佳い新年をお迎えください。

相武山 山主

2020年12月30日

おさめ御講と冬季法門研修会

令和2年も師走を迎え当山でも今年の法要行事をおさめることになりました。今年は年初からの新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るい、社会や生活に不安と混乱をもたらしました。今まで以上に衛生観念の向上が求められ、リモートによる学習や仕事も一気に拡大。通勤や通学に対しての意識も変化しています。多くの人が生活スタイルがコロナ禍以前とはちがったものになってきているような気がしていることでしょう。やがてあの時が時代のターニングポイントだったといわれるようになるかもしれません。

大乗仏教の精華である法華経を信行する当山もコロナ禍によって大きな影響をうけました。感染防止には三密の防止が基本といわれています。しかし、信行の道場である本堂は扉を開放しない限り密閉ですし、僧俗が多数参加する法要や行事の執行によって各自の信仰を深めて行くのですが、僧俗が参集すれば密集となります。さらには基本的行法として法華経要品を読誦し南無妙法蓮華経のお題目を唱えますから、飛沫を拡散する密接にも該当してしまいます。

修行のすべてが三密に抵触するのですから、その徹底をはかるということは信仰活動の停止に他なりません。同じ宗教界でも最も制限をうけている信仰の一つといえるでしょう。3月下旬から7月上旬のお寺の静けさを思えばよくわかります。しかし、相手は未知のウイルスですから慎重に対応し、社会全体で克服に取り組んで行かねばならないことは明白。寺院や宗教も社会の一員として倶に感染防止に努めるのは当然のことです。

時代によって思想や宗教、モラルや価値観、社会制度や生活スタイルなど、さまざまに変化が生じることは誰もが認める真実ですが、それは変化したものごとに只したがえば良いという単純なものではなく、「変化して良いもの、変化しなければならないもの、変化しなくても良いもの、変化してはいけないもの」があることを思慮しなければなりません。その判断は各自の価値観によるものですが、コロナ禍にあって当山も試行錯誤しながら対応に苦慮した一年でした。コロナ禍の収束が見えてくる頃には検証が必要になることでしょう。

12月13日(日)は午後1時から今年最後の日蓮大聖人御報恩御講(おさめ御講)でした。参詣のご信徒と倶に真心を込めて、献膳、読経、焼香、唱題と如法に奉修。今年一年の無事とご加護を日蓮大聖人と仏祖三宝尊に報恩感謝申し上げました。

法要後には佐渡御書を拝読しての法話。この御書は真偽未決でありますが、宗祖佐渡御流罪の翌春、弟子檀越に送られた書状として伝わり、長く門下の信行の糧となっているものです。
佐渡御書の冒頭箇所
「世間に人の恐るる者は火炎の中と刀剣の影と此の身の死するとなるべし。牛馬猶身を惜しむ、況や人身をや。癩人猶命を惜しむ、何に況や壮人をや。仏説いて云く「七宝を以て三千大千世界に布き満つるとも、手の小指を以て仏経に供養せんには如かず」〈取意〉。
雪山童子の身をなげし、楽法梵志が身の皮をはぎし、身命に過ぎたる惜しき者のなければ、是れを布施として仏法を習へば必ず仏となる。
身命を捨つる人他の宝を仏法に惜しむべしや。又財宝を仏法におしまん物、まさる身命を捨つべきや。世間の法にも重恩をば命を捨て報ずるなるべし」を拝読。

極寒の佐渡に流罪となられた宗祖のご様子を想像してその御心にふれ、仏の弟子はひとしく仏道を求める志を最優先とすべきことと、人生はまことにはかなく「邯鄲(かんたん)の夢」のようなもであり、人生の無常を自覚して永遠の真理である南無妙法蓮華経のお題目に生きることの大切さをお伝えしました。

【冬季法門研修会】
おさめ御講に引き続いて「冬季法門研修会」を開催。
法門研修会は春夏秋冬の四季それぞれ法華経と日蓮大聖人の教えをじっくり学んで頂くための研修会です。研修会では法話会とことなり少し難しい仏教用語や仏教思想も解説されますが、何回も聴聞するうちには必ず理解が進み、信仰を深めるたしかな礎となるものです。

秋の研修会に続いてはじめは興厳師による「五時八教の教判」。今回は化法の四教についての講義でした。化法の四教は教説の内容によって四種をたてたもの。蔵教(ぞうきょう)は小乗の教え、通教(つうぎょう)は大乗・小乗に通ずる教え、別教(べっきょう)は大乗のみを説いた教え、円教(えんきょう)はすべてを包摂する円満な教えであることことを解説しました。

次の講義は私が「日興門流の教えと信仰」から「不軽菩薩と日蓮大聖人」について。
末法の法華経の行者としての御自覚に立たれた宗祖は自らを不軽菩薩の跡を承継すると仰せになり、御書にも不軽菩薩とご自身を「境・智・行・位」に比しておられます。
寺泊御書には
「法華経は三世の説法の儀式なり。過去の不軽品は今の勧持品、今の勧持品は過去の不軽品なり。今の勧持品は未来は不軽品為るべし。其の時は日蓮は即ち不軽菩薩為るべし」
顕仏未来記には
「彼の二十四字と此の五字と、其の語殊なりと雖も其の意是れ同じ。彼の像法の末と是の末法の初めと全く同じ。彼の不軽菩薩は初随喜の人、日蓮は名字の凡夫なり。」
上野殿御返事
「日蓮は法華経誹謗の国に生まれて威音王仏の末法の不軽菩薩のごとし。はた又歓喜増益仏の末の覚徳比丘の如し」
とあることを紹介。

法華経を修行するにあたっては不軽菩薩の精神で臨むことが、法華宗日興門流の教えと信仰であることをお伝えしました。研修会は瞬く間に終了。参加者の皆さんは仏法聴聞のたしかな功徳を積み、また一歩信仰を深められました。

相武山 山主

2020年12月29日

龍ノ口への道

12月5日(土)、今年も恒例となった「鎌倉歴史散策の会」を開催しました。当山では開創以来、機会を設けて日蓮大聖人のご聖跡を訪ねています。ことに鎌倉は宗祖が立教開宗以来佐渡流罪となって離れるまで法華弘通の縁深い地であり、横浜からも近いので何回企画したかわからないほど訪ねています。
十数年前からは深秋から初冬の頃、鎌倉の歴史や文化に造詣深い酒井俊克さんにご案内頂いて「鎌倉歴史散策の会」を開催しています。歴史を知るためにはまず地勢や道を学ばなければなりません。鎌倉の地勢も時代によって変化しています。現代の鎌倉が昔から同じ鎌倉と思いこんでしまうと混乱のもとといえるでしょう。地勢という基本をしっかりとふまえてから、歴史と文化、政治と社会と生活を思考するのが大切だと思います。
酒井さんは地勢と古道に詳しくいつも適切なご案内を頂いています。

今回の散策会は今年が日蓮大聖人の「龍ノ口法難・佐渡御流罪から750年」となることから、「鎌倉から龍ノ口への道」というテーマでした。したがって鎌倉から龍ノ口(藤沢市片瀬)までの散策となります。少々道のりが厳しいかなと思いましたが、どなたも最後まで歩き通され、散策に臨まれる皆さんは日頃から足を鍛えられている様子がわかりました。

当日は今季初という寒波襲来が予報されていました。予報は的中。氷雨といっても良いくらいの寒さです。参加者は9時30分JR鎌倉駅西口に集合。一様に「さむいですね~」と挨拶。全員集合を確認して私から今回の散策会の趣旨について説明し江ノ電鎌倉駅へ。人気の江ノ電に乗車して二駅目、由比ヶ浜で下車。小雨がそぼ降る寒さのなか散策が開始。

始めに鎌倉時代初期の西の結界であった稲瀬川を確認して、四条金吾の屋敷跡と伝える収玄寺で四条金吾と主君の江間氏についての説明を受けました。次に御霊神社から鎌倉十井の一つに数えられる星の井を見学し、良観房忍性が切り開いたといわれる極楽寺切り通しを進み、極楽寺から鎌倉十橋の一つ針摺橋や大聖人ゆかりの袈裟掛けの松、十一人塚を経て稲村ヶ崎の海岸へ。稲村ヶ崎では鎌倉時代末期に新田義貞が軍を率いて鎌倉攻めをした際、難所であった極楽寺坂を攻略できず、この稲村ヶ崎の海岸を渡って鎌倉へ攻め入ったという有名な話をうかがいました。

氷雨はやみそうでやまず、皆さん「寒いね~」とつぶやきながら海岸線に沿って雨乞い伝説の霊光寺へ。途中龍ノ口法難に由来する行合橋の説明を聞き、大聖人の雨乞いを伝える田辺ヶ池と霊光寺を見学。続いて小高い丘を上って腰越へ。腰越では源義経が兄頼朝に送った腰越状ゆかりについて解説頂きました。

龍ノ口の刑場へ向かう途中の法源寺前では、さじきの尼が大聖人にぼたもちを供養されたという説明をうけ、散策のゴールは大聖人当時、鎌倉の西の結界に位置し、刑場だった龍ノ口(現、藤沢市片瀬)。霊跡に建てられた龍口寺を散策し、宗祖が投獄されたと伝えられる御霊窟を見学。最後に散策記念の集合写真を撮影し約4時間ほどの散策を終了。

希望に反して氷雨がやむことはありませんでしたが、皆さん「大聖人さまの歩まれた龍ノ口や佐渡を想えばこれくらいの氷雨は苦労のうちにも入りません」と、宗祖の門弟らしく気丈におっしゃっていました。
片瀬名物のしらす料理のランチを頂いて散会となりましたが、参加者は大聖人が鎌倉から龍ノ口の刑場へ向かわれた同じ道程を歩みながら、末法の法華経の行者として一切衆生を成仏へと導く御自覚に立たれた宗祖の崇高な御心に思いをはせたことでしょう。

相武山 山主

2020年12月27日

見ていて惚れぼれするほど

里山のような自然環境に恵まれた当山では緑の管理に手間暇がかかります。何ごとにもプラスの面とマイナスの面があるように、四季折々の自然を楽しめるということはそのために緑を管理しなければならないということに他なりません。毎年ぐんぐんと伸びゆく樹木と枝葉、抜いても抜いても生えてくるたくましい雑草、当然ながら管理責任者となる私や興厳房の労力をかなり消費します。年間を通して檀信徒の方々にも作務へのご協力を頂くゆえんです。

来年は日蓮大聖人のご生誕800年、当山開創40周年という佳節を迎えることから、小手先ではなく長期的対策を検討して、管理しやすい環境整備を調えようと考えていました。そんな折りにとても強力な応援団が登場。墓苑周囲のレッドロビンや樹木葬墓地の周辺、墓苑西側の雑木林、駐車場周囲と、管理が行き届かず見苦しかった境内樹木を伐採整備し、師走の中旬には樹木管理の過半が終了しました。
本堂の屋根に今にもとどきそうなソメイヨシノもすっきりとした樹形となりました。

師走のおさめ御講に参詣の皆さまからは「明るくなりましたね・・・。すっきりしましたね・・・。倒木のおそれがなくなりましたね・・・。谷戸越しに市民の森が見えるようになりましたね・・・。春のサクラが楽しみですね・・・」との声を頂きました。

境内が整備され法華経の道場が荘厳されることは寺院を護る者としてとてもうれしいことです。「信は荘厳から」といわれますように、信仰の世界が厳かであることは信仰する者にとってこの上ない歓びであり、人々を仏法信仰へと導くよすがとなります。これからも檀信徒有縁の方々と倶に境内の清浄さを心がけて行きたいと思っています。

強力な応援団とは中区の合摩清さんご夫妻です。ご夫妻は11月22日にお母さまの13回忌法要のため親族の方々と参詣されました。久しぶりでしたので法要後に親しく話を交わした後、工務店を経営していて、基礎工事や外構整備などに知識と実績のある方でしたので、「境内整備や樹木の伐採などについて教えて頂きたい」とお願いしました。
すると二つ返事で了解の上、「もう定期の仕事はしていないので時間は自由になりますし、しばらく参詣もしていませんでしたから奉仕で協力させてもらいます」と望外の言葉を頂きました。

実際の伐採や整備は明年からを予定していたのですが、すべてはその道のプロである合摩さんにお任せしました。すると11月の30日からご夫妻で作業を始められました。朝はお寺の勤行の終わる頃の6時50分頃にはお出でになり、小憩されて7時30分頃から休みなくお昼頃まで作業され、短い昼食を挟んで夕刻15時過ぎまでのお仕事。
ノコギリや剪定ばさみ、チェンソーなどの使い方は見ていて惚れぼれするほどです。長く作業を見ていてもまったくあきません。また、伐採後の片付けが丁寧で合理的、手際も良く腕の良い職人さんというのはこういう人のことだと感心してしまいました。

作業は途中に休みを入れて12月16日まで10日ほど続いて一段落。樹木葬墓地の後背地の雑木も撤去され、雑然としていた雑木林の枯れた樹木や樹高の有るものも伐採でき、境内全体が明るくすっきりとしました。作業上、人の手が必要な日があり新倉さんと熊木さんには2~3日、大いに汗をかいて頂きました。本当にありがとうございました。
伐採した樹木のほとんどは雑木林に効率的に整理して頂き、搬出できるものは軽トラックで搬出して今年の境内整備作業は終了。
境内樹木の伐採と整備は来年度の事業と考えていましたが、合摩さんご夫妻のご協力でかなりの進展をみることができました。残された課題は皆で解決して行きたいと思っています。

実は合摩さんには35年ほど前、岸根の道場建設でもご尽力頂いています。岸根の道場は合摩さんのお父さんと清さんご兄弟によって建設されたものです。ご両親はすでに霊山に旅立たれていますがご信心の篤い方でした。特にお母さまは開創当時のご信徒で、公私ともに忙しいにもかかわらず、よく妙法院に参詣されて仏法を聴聞されていたばかりか、自宅を宅御講の会場として長く提供されていました。宅御講には地域のご信徒が参集。私と倶に御書を拝読しみんなで日蓮大聖人の教えを学びました。

お父さんは職人気質で実直、少々頑固なところもある方でしたが、妙法院には理解とご協力を惜しまれない方でした。また、なぜかぬるいビールがお好みでしたが、岸根の当時楽しくお話ししたことを懐かしく思い出します。ご両親も今回の清さんのご奉公をさぞかし喜んでおられることでしょう。
いつも檀信徒をはじめ有縁の方々に支えられている妙法院です。感謝、感謝、感謝です。

相武山 山主

2020年12月25日