相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

和やかなお参り

8月は11日の日曜法話会の後、13日の宗祖月例御講、15日の戦没者追善法要に併せてと、月遅れのお盆には多くの方々にお参りを頂きました。お参りはご先祖や有縁の精霊に寄せる思いがかたちに顕れたものであり、想いの心がなければできないことです。知恩・報恩を大切にする日蓮大聖人門下にとっては有り難い姿といえましょう。法会ではご一緒に法華経要品を読誦し南無妙法蓮華経のお題目をお唱えして御回向を申し上げました。
その後の法話は11日が私の担当で千日尼御返事を拝読。阿仏坊夫妻と家族の姿から絆と思いやる心、そして信仰についてお伝えしました。13日と15日の法話は興厳房の担当。盂蘭盆御書を拝読して丁寧に盂蘭盆のいわれを解説。目連がその母を救う伝説から親子の情愛と人生の歩み方にふれ、煩悩を制御する信仰の大切さをうったえました。

また、本堂に上がっての参詣はなされないものの、墓所や永代供養墓にも多くの方が三々五々お参りをされ香華をささげておられました。ご家族連れが多いようでしたが、友人縁者の方々のお参りもあったようです。時折伝わってくる話し声や動きなどからは和やかで穏やかな雰囲気がよくわかります。故人を大切に思うゆかりある人々が墓所に集い、在りし日の故人を偲び、笑顔で親しく近況などを語り合っている光景は微笑ましいものです。そこには墓所が寂しく意味のない場所と棄捐する人々には知り得ぬ世界があるといえましょう。

この世のすべては私たちの思議を超えたご縁によるものといっても過言ではありませんから、これからもお盆などを故人との縁から現在の縁に想いをいたす好機としてほしいと思います。

相武山 山主

2019年08月21日

狂気と憎悪を超克しよう

8月の日曜法話会は蝉しぐれがかまびすしい11日の開催。第1幕の世相のテーマは「狂気と憎悪を超克しよう」でした。「京都アニメーション放火事件」「アメリカでの連続銃乱射事件」「危険な日韓関係」の3つを取り上げ、事件や犯罪の温床である狂気と憎悪について参加者の皆さんと考えました。

はじめに3つの事件の概要を説明し、次に犯行の動機や摩擦の原因などに不明の点があるものの、底流には狂気や憎悪が存在することを指摘しました。また、8月15日の終戦記念日を迎えることから、欲望と狂気、憎悪などから争いが生まれ、戦争に至る道と戦争は狂気と憎悪の世界そのものであることを述べました。さらに狂気と憎悪は人間の本質として存在するものであり、誰もが具有していることを認識することと、その性分が外縁によって発揮されることに注意しなければならないことをお伝えしました。

学ぶべきこととしては、「争いや無差別テロは狂気と憎悪から発生していることを知る」「狂気と憎悪は誰もが具有しているもの。内在する狂気と憎悪を知り、知性と理性、正しい信仰で制御しよう」「自らの幸いばかりでなく、すべての人々の幸いを祈る」「他者の狂気と憎悪にも注意を払い、それらからは幸いが得られないことを伝えよう」と述べ、皆さんとご一緒に犠牲者の方々の冥福を祈りました。

第2幕のテーマは「続・日本の仏教」「鎌倉仏教、日蓮と法華宗」の1回目。先月開くことのできなかった鎌倉時代略年表を参照に、駆け足ではありましたが日蓮の活躍した時代の動きについて一緒に学びました。時代と共に生きるのが人生ですから、如何なる時代、如何なる社会に生きたのか、ということはその人を客観的に知る上で大切なことです。鎌倉時代の全容から宗祖の時代的環境を学びました。

法話会の後には桜井さんのご好意で再びブルーベリー狩りをさせて頂きました。法話会の参加者をはじめ、お盆の供養にお参りの方々も思わぬ機会に大喜び。熟れた実を頬張りながらブルーベリーを摘んでいました。
来月の日曜法話会は9月8日の開催。第2幕の内容は「日蓮大聖人のご生涯」です。
なお、10月の日曜法話会は6日を予定していましたが、20日に変更しましたのでお間違いのないよう、よろしくお願いいたします。

相武山 山主

2019年08月20日

お寺で遊ぼう

台風6号が早朝に通過した7月28日(日)、今年も「わらべ会・夏のつどい」を開催しました。今年からは「お寺で遊ぼう」がわらべ会のキャッチフレーズ。今までも「お寺に親しもう」とか「仏教にふれてみよう」などとご案内してきましたが、子どもたちが対象ですから堅苦しい表現ではなく「お寺で遊ぼう」としてみました。お寺にはさまざまな役割がありますが、わらべ会は幼い頃からお寺や仏教にふれてほしい、成人しても幼い頃の仏縁が人生の道しるべとなり、拠り所となってしてほしいと願っての開催なので、子どもたちにとってお寺は「こころの遊び場」で良いのではと思いました。

わらべ会が始まる前にはランチ(流しそうめんとBBQ)の下準備、また、境内と駐車場では草取り作務が始まり、男衆が集まったところでテント張りをしました。私と興厳房だけではわらべ会の準備もできませんから世話人さんのご協力には感謝・感謝です。

現代はともかく老若男女皆さんお忙しいようで、子どもたちも例外ではなく時間をつくってお寺に足を運ぶのが難しいようです。それでも10名ほどの子どもたちが10時半頃から集まってきてくれました。11時、本堂に全員集合。初めに執事の興厳房からタイムスケジュールの説明、続いて私の唱導でお題目を三唱。私からわらべ会の趣旨をお話しし「練経」です。練経は法華経寿量品の自我偈をゆっくりと大きな声で読み上げます。私も小僧の頃、一年間、同期生と一緒に先輩から教えて頂いた節回しでのお経の練習です。子どもたちは気恥ずかしそうでしたが、親御さんと一緒に可愛い仕草で参加してくれました。続いて私から家庭などでの挨拶の大切さをお話して、普段からはっきりとアイサツができるようになろうと伝えました。

ここで、興厳房にバトンタッチ。
興厳房は例年にならって「お香について」。お香は仏さまへのご供養、邪気を払って仏前を浄めるなどの意味があり、仏教では大切にされていることをわかりやすく話しました。お香にはたくさんの種類があることも説明、具体的に各種のお香を焚きながらその違いをつたえ、続いて子どもたちは興厳房の指導で、薬研を使ってシキミ香つくり、干したシキミの葉をゴリゴリとすりつぶしてシキミ香ができる体験をしました。作ったシキミ香は昨年同様秋の御会式の御宝前にお供えされます。
続いては皆で太鼓の練習です。南無妙法蓮華経のお題目に合わせて打たれる太鼓は一人ひとりの個性のままですが、大人の方々は音が出るのが恥ずかしいのか、積極的に太鼓を叩いてはくれませんが、そこは無邪気な子どもたち、笑みを浮かべながら遠慮なく自由に太鼓を叩いていました。

時間が経つのは早く、練経・一言法話・お香作り・太鼓の練習をしているともうランチタイムです。朝から阿部さんが流しそうめんとBBQの下ごしらえをして頂いたのでとても有り難かったです。草とり作務を終えた方々も参加して子どもたちと一緒に流しそうめんとBBQを愉しみました。おなかが満たされた後はスイカ割り。今年は幼い子どもが多かったので目隠しは大きい子だけ、木製の丸棒を振り下ろしても幼子の力ではなかなか割れませんでしたが、数は力、やがて見事に割れて、甘い果実を皆なで頂きました。

「お寺で遊ぼう」はまだ続きます。今度は本堂で小原さんが特性の大きな双六図を開いて「双六大会」。子どもたちは大きなサイコロを転がして大歓声。それぞれ個性を発揮していました。大聖人さまはどのようなお気持ちで見守られていたでしょうか。

午後2時を迎えると地域の桜井さん提供の「ブルーベリー狩り」の時間。昨年からの企画ですが、たわわに実ったブルーベリーの実を選別して頂きました。ワンパック500円でしたが、甘酸っぱい味みもたのしく、自分で直に採る楽しみ、割安の提供ですから、子どもたちばかりでなく皆でワイワイと楽しませて頂きました。

子どもたちの遊びはまだまだ続きます。ブルーベリーで紫色に染まった口元の子どもたちは客殿に集合。たくさんの風船が転がるなかで、オリジナルうちわと万華鏡の創作タイムです。創作活動に加われない幼子は夢中でうちわを振り回して風船を蹴散らし、風船の動きを笑顔で追いかけて遊んでいました。

愉しい時間も午後3時でタイムオーバー。
全員本堂に集合して記念撮影。結びに私から一言挨拶を申し上げて令和元年のわらべ会は終了となりました。皆さんご苦労様でした。世話人さんご協力ありがとうございました。この冬は「わらべ会 冬のつどい」を興厳房と企画していますのでお楽しみに。

気象庁は29日、関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表しました。統計開始以降最も早かった昨年より30日遅く、平年より8日遅いということでした。

相武山 山主

 

2019年07月31日

7月の法話会

14日は7月度の日曜法話会でした。
梅雨空で足下の悪い中での法話会でしたがいつもの方々にご参集頂きました。当山の法話会は『仏教に親しみ、その教えと信仰を理解願いたい』という趣旨で開催しています。参加者が少なくても準備や法話が疎かになるようなことはありませんが、拙い話にもかかわらず参加聴聞頂けることは有り難いことといつも感謝しています。
【世 相】
7月度法話会の第1幕世相のテーマは「参議院選挙を迎えて」でした。法話会の翌週、7月21日が第25回参議院選挙なので、庶民には縁遠い感じの政治と選挙を考えてみようというねらいです。はじめに民主主義と選挙について『国民各自の思想信条、意見や希望は一人ひとりちがうのが当然。民主主義社会ではその違いを認めた上で社会が構成されている。選挙は間接的に自らの意志を表明する機会であり、選挙は国民の権利であり義務である。選挙は民主主義政治の要である』との所見を述べました。

次いで日頃意識することも少ない「政治」について一緒に考えてみました。まずその定義ですが、広辞苑には「人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共に行う営み。権力・政策・支配・自治にかかわる現象」とあり、大辞泉には「1. 主権者が、領土・人民を治めること。2. ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用」とあり、集英社の国語辞典には「主権者が立法・行政・司法などの諸機関を通じて国を治めること。まつりごと」とあることを紹介。

幾種類かの辞書を開いてもなかなか的を射ることはできませんが、キーワードとしては「主権者」、「立法」、「行政」、「司法」、「治める」などを上げることができます。そこから『主権者は国民一人ひとりのこと。立法は法律を作ること。行政は法に従って国を治めること。司法は法に基づいて紛争を解決すること。治めるとは国や社会を安定させること』といえるので、言葉を代えれば「主権者の意志を最大限に尊重して国家を安定させるシステム」ということになるかと思います。
しかし、前述のとおり、主権者の意志がそれぞれ皆ちがうのですから、選挙という手段を使って「政治を選択」するということになります。したがって選挙は政治を選択するという民主主義政治の要となる大切な行為であることをお伝えしました。

学ぶべきこととしては、『日本が民主主義国家・法治国家であることを意識し、主権在民と基本的人権の保障をうたう日本国憲法を再認識すること。無責任に他者に政治を委ねるのではなく、政治に対して自らの意志を表明することが大切、そのためには常日頃から自分自身の意見と希望を整理しておくこと。選挙は民主主義の要なのでベストの政策と人格がなくてもベターの選択を示そう』と、参議院選挙をみんなで選挙と民主主義政治を考える好機とすることをお勧めしました。

【日蓮と法華宗】
法話会第2幕のテーマは「続・日本の仏教」から「日蓮と法華宗」でした。先月までは平安仏教から鎌倉新仏教(浄土宗、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗)について学んできましたが、今月からは日蓮と法華宗について、『日蓮の生きた時代、日蓮の教え、日蓮とその門弟」の3回に分けて簡略に学ぶ予定です。

はじめに『釈尊によって創始された仏教は、三法印、縁起論、四聖諦、八正道など共通の基本思想を持ちながら、時代や地域によって大きく異なる相(すがた)を持っている。日本の仏教も原始仏教や他の仏教国と異なる「日本的な仏教」という表現が適切』と解説。

次いで「人間は環境に大きく影響される存在」であることから、『誰もが時代や自然環境の制約のなかに在る。時代や環境を知ることが実態を理解する基本。歴史は学問によって常に進歩発展している分野。学問の研究研鑽を尊重してより確な歴史を学ぶ』ことの大切さを解説。『鎌倉時代の諸相を知ることによって日蓮の実像が理解される。日蓮はいかなる時代に生きて何をうったえたのか』を学んで行こうと述べて法話会を終了。

8月の法話会は11日(日)午前11時からの開催。第2幕のテーマは「続・日本の仏教ー日蓮と法華宗ー」について。皆さまの参加聴聞をお待ちしています。
なお、今後の日曜法話会の開催は以下の予定となっています。
【 8/11・9/8・10/20・11/17 】10月は6日から20日に変更となりました。

相武山 山主。

2019年07月30日

母を想うこころ

先月20日、妙法院からの転送電話を出先でうけました。中年の男性の声で『妙法院の大山住職さんでしょうか?』『その昔、保土ケ谷にあった妙法院さんですか?』というお尋ねです。『そうですが・・・』とお応えすると、『その昔、父の葬儀をして頂いたSと申します』といわれたので、すぐに『覚えていますよ。鶴ヶ峰にお住まいだったSさんですね』と尋ねますと『わかりますか』というお応え。『突然で申し訳ないのですが、実は先ほど母が亡くなりご住職に是非葬儀をして頂きたいと思って電話した次第です』ということでした。

たしかに私がSさんのお父さんの葬儀を36年前に執り行ったのは事実ですが、Sさんのお母様とは新横浜岸根町の頃から疎遠となり、残念ながらいつしか音信が途絶えてしまいました。その後、羽沢町から現在の下川井町に移って来ましたから、『どうして妙法院がわかりましたか?』とお尋ねすると、『ネットで、妙法院・大山住職・保土ケ谷などと検索して調べました』ということでした。突然のことで私も驚きましたが、すぐに人なつこいSさんのお顔を思い浮かべることができました。

電話でSさんの申し出をお受けすることをお伝えし、所用を済ませて妙法院に戻ると間もなくSさんがお見えになりました。約30年の時が経っていましたから私のSさんのイメージは大学生だったのですが、お母様の面影が残る中年の立派な男性になっていました。葬儀の段取りをととのえた後、Sさんとお母様の安置所に向かい、興厳房と共に枕経を勤めさせて頂きました。かつてのSさんのお母様はふくよかなお顔でしたが、やすまれているお姿は面影を残しながらもすっきりとしてとても穏やかな表情でした。

故人の在りし日をしのび静かに霊山への旅立ちを祈る読経を始めると、後ろに座って居られたSさんも一緒に読経に加わり、南無妙法蓮華経のお題目もお唱え頂きました。当山とのご縁はほとんど失われていましたが、Sさん母子は法華経と日蓮大聖人への信仰を忘れることなく大切にしておられたことが良くわかりました。

葬儀については『母一人、子一人であったので、母のためにできるだけ丁寧に葬儀と供養をさせて頂きたい』との言葉どおり、丁重に葬儀を営まれた後も初七日忌、二七日忌、三七日忌と毎週追善の供養を申し出られました。葬儀の簡略化や無用論まで語られる現代の世相ですが、Sさんのように家族の旅立ちにあたって、真心をもって臨まれる方もけっして少ないわけではありません。当山檀信徒の多くの方々は家族・親族のご縁と絆に思いをいたし、その旅立ちを大切にされています。

Sさんとはお母様の旅立ちをご縁に約30年ぶりの再会となりましたが、会話を交わす度にSさんの素直な「母を想うこころ」が伝わってきます。『自宅もちかくですし、再び妙法院さんと仏縁を結ぶことができたので、これからは信心を大切にして両親の菩提を弔って行きたい』とのことばに、人としての温もりのある情愛にふれることができ、とても有り難く感じた次第です。

相武山 山主

2019年07月28日

梅雨の盂蘭盆会

梅雨の最中、7月の盂蘭盆の法要を執り行いました。
お盆を前に12日には参道入り口に伸びた雑草とツル草を払いました。時間に余裕がなかったので2時間ほどの作業でしたが、それでも少しはすっきりとしました。翌13日は月例の宗祖御報恩講。その前には行事案内でお伝えしてあったので、数人の方にご参加頂いて境内とバス通りに向かうフェンス際の草取り&ツル草払いをしました。フェンスや樹木にからみつくツル草はなかなか手強く面倒ですが、イライラしないで目の前のツルに集中してハサミを動かしているとやがてきれいになります。何ごとも気持ちの持ちようですので作務も愉しく取り組みたいものです。
作務にご協力頂いた皆さんありがとうございました。今月は28日にも境内と参道の草取り作務を予定しています。よろしかったら心の草取りにお出でください。

今年は13日の月例宗祖御報恩講と14日の日曜法話会の後、そして15日の盂蘭盆法要と3日間、お盆の供養のためにお勤めをいたしました。13日と15日には御宝前と精霊檀にお膳をお供えして献膳。参詣者の皆さんと如法に法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経の唱題を申し上げ、御先師、ご先祖、有縁精霊に香華をささげて盂蘭盆追善のご回向を申し上げました。

その後の法話では法華経題目抄『問うて云く、題目計りを唱ふる証文これありや。
答へて云く、妙法華経の第八に云く「法華の名を受持せん者、福量るべからず」。正法華経に云く「若し此の経を聞いて名号を宣持せば、徳量るべからず」。添品法華経に云く「法華の名を受持せん者、福量るべからず」等云云。此等の文は題目計りを唱ふる福計るべからずとみへぬ。一部八巻二十八品を受持読誦し、随喜護持等するは広なり。方便品・寿量品等を受持し乃至護持するは略なり。但一四句偈乃至題目計りを唱へとなうる者を護持するは要なり。広・略・要の中には題目は要の内なり』を拝読。

はじめにお盆のいわれとその歴史について、『お盆は中国の文化や習俗などに仏教信仰が混じり合い、中国で作られたと伝えられる「盂蘭盆経」では、釈尊の弟子である目連尊者が生母青堤女を餓鬼の世界から救う物語が広く流行したことを紹介。日本では飛鳥の昔から旧来の祖先崇拝などに仏教信仰が重ねられ、後に広く国民的文化・習俗となって今日に至っている』ことを説明。

拝読の法華経題目抄の御遺文は日蓮大聖人が法華経の修行と功徳について述べたものであり、はじめに南無妙法蓮華経のお題目を唱える功徳について法華経の訳経を上げて証明され、次いで法華経の修行に広・略・要の三つがあり、その中で題目は要の修行にあたることを解説。また、法華経の受持信行の功徳については法師品と分別功徳品を提示して説明いたしました。さらに、南無妙法蓮華経の題目には仏教の教えと功徳のすべてがこめられているので、私たち日蓮門下は生涯信仰を磨きながらその深い意味をくみ取って行くことが大切であることをお伝えしました。

そぼふる梅雨のなか、ご先祖有縁精霊の追善供養に参詣された方々は、たしかな仏道の功徳を積まれ、回向されたご先祖有縁精霊もさぞ喜ばれていることでしょう。

相武山 山主

2019年07月25日

梅雨寒に白蓮が開花

6月の下旬から横浜もすっかり梅雨モードで、今年は梅雨らしい梅雨になりました。お天道様をみることはほとんどなく、久しぶりに梅雨寒が続いています。オホーツク高気圧の寒気が流れ込んでの寒さに体調を崩された方も多いのではないでしょうか。

その梅雨寒にもかかわらず10日ほど前から玄関前の蓮鉢に蓮のつぼみが膨らみはじめ昨日開花しました。数日前からつぼみが大きくなってきましたから間もなく開花とわかっていましたが、できれば13日の宗祖の御講か14日の日曜法話会に合わせて咲いて、参詣の皆さまに喜んでほしいと願っていました。寺内の者だけで愉しむのはもったいないと思ったからです。しかし残念ながら13日の御講には見納めになるのではないかと思います。また、別のつぼみが開くことを願うばかりですが、白蓮の美しい立ち姿にはほれぼれとしてしまいました。

汚泥から開花する白蓮は法華経と日蓮大聖人の教えを象徴するものです。これからも志を同じくする方々とその教えの一つひとつを学び、限りある人生を豊かにして行きたいと願っています。

相武山 山主

2019年07月09日

法華講衆の自覚

6月9日(日)午後1時から定例の法華講総会を開催しました。総会は初めに全員で仏祖三宝尊に勤行・唱題を申し上げて開会。司会進行は山村晋平さん。少し緊張しながら元気に開式のことば。初めに執事興厳房の唱導により行学二道のご聖訓を奉唱。

続いて会計担当の阿部純子さんが講費(法華講活動費)の会計報告。阿部さんは平成30年度収支計算書を提示して会計の内容を報告。『講費は法華講活動を支える必要な経費ですので今後ともご協力願いたい』と述べ報告としました。
次に会計監査を務めた落合美代子さんが会計収支が適切である旨を監査報告。また、5月19日、北海道旭川市で開催された全国大会参加の所感を述べ、現在、友人の悩みを聞いたことから、お題目とその力、法華経要品を安置しての唱題、大聖人様の教えの一端をお伝えすることができたことを語り、これからも法華経の信仰者として、一人でも多くの方にお題目の素晴らしさを伝えて行きたいと所信を述べました。

次に熊木真治さんが東海正信連合会からの報告。静岡・神奈川10箇寺で構成される連合会の活動を簡単に説明し、連合会より2名の僧侶が教師補任式を迎えたこと、藤枝市の応身寺講中が新寺「正源寺」建立に向けて精進していることなどの現況を報告。8月24日・25日に開かれる夏期研修会の案内をされました。

続く所感発表には小原巧さんが登壇。昨年、数年ぶりに受けた健康診断で脳に動脈瘤があることが判明。医師より病状の説明をうけ『高齢者の場合は手術されない方もいますがどうされますか?』と問われて驚いたこと、悩んだ上に高齢障害者のリハビリの姿を思いだし、不自由なかたちで家内や家族に迷惑をかけたくないとの思いから手術を決断したことを語られました。また、日蓮大聖人の『何の兵法よりも法華経の兵法をもちうべし』というお言葉を思い起こしたこと、数年前から『普段から体力をつけることが大切』と意識し努力してきたことに得心。
9時間に及ぶ手術のときには家族が祈りをささげてくれたこと、特にすべては『御本尊様にお任せして南無妙法蓮華経のお題目を唱えることが大切』という奥さまの強い信仰心に感心したことを語られました。さらに法話会での『人生はすべてが学びの機会』という住職のことばを再確認して、「善からんは不思議、悪るからんを一定と思え』との教えを旨にこれからもしっかりと仏道を歩みたいと所信を発表されました。

講頭挨拶では新倉昇三さんが『信心は自己を律し調える』との内容で所信を語り挨拶。時に当たって「しつけ」について賛否両論はありますが、しつけの中でも六道をさまよう凡夫である自分自身をどうしつけるかを考えなければならないとして、『仏法に縁を結び、日蓮大聖人の教えに帰依した自分としては、仏道修行に誠実に励むことが自分をしつけることになると考えている。以前健康の道場に通っているときに「基本の稽古を疎かにしてはいけない」と教えて頂いた。朝夕の勤行や菩提寺への参詣、仏法聴聞と護法ためのご供養など、これからも信行の基本に努めて行きたい』と述べました。
また、妙法院法華講衆は菩提寺の法会・行事に求道心をもって参詣しようとうったえました。

続いて「法華講衆の自覚に立とう」と題して住職挨拶。
『法華講衆について』
・古来、日蓮大聖人の教えを信行する僧俗を「法華講衆」という。
・法華経と日蓮大聖人の教えを人生の燈明とする法華講衆。
・末法の正法は僧俗合力して750年護持されてきた。
・宗開両祖の昔から「法華宗・日興門流」にも栄枯盛衰があった。
・仏法を支えてきたのは法華講衆。自覚と使命が失われると仏法の護持は難しい。
・正信覚醒運動から誕生した妙法院と法華講衆。
・妙法院法華講衆は昭和56年の開創から、昭和58年には講組織を結成。
・保土ケ谷の正信寮から新横浜岸根町の妙法院、羽沢町から下川井町に至る歩みを確認。
・強制と無理がなければ講中組織も大いに有益。仏法の護持弘通に活かしたい。
・現在の妙法院には「檀徒、信徒、友の会」の三者が存在。檀徒と信徒を法華講衆という。
『講中活性化のために』
・仏法の護持弘通、自らと家族縁者の幸せのために妙法院の法華講を活性化して行きたい。
・「一人ひとりが主役」の意識を。
お客さんではなく、私の菩提寺は 私の舞台、私が主役という自覚をもって頂きたい。
・互いに声を掛け合い、世話人諸役として活躍して頂きたい。
・所感発表などにも積極的に臨み、講中活性化のためや寺院行事などにも意見を寄せて頂きたい。
・チター演奏会など寺院の施設を活用して結縁活動を展開したい。

以上について所信をお伝えし、『宗名のこと』『宗祖ご生誕800年と妙法院開創40周年』『宗祖御影像』『樹木葬の開設』等々について説明。仏教を自らの人生に活かし、菩薩の心で護持と弘通に励み、愉しく信心修行に努めようと述べ挨拶としました。

最後は執事の興厳房が挨拶。
『令和3年2月16日は宗祖ご生誕800年を迎える。(宗)正信会では同年5月に千葉市で記念大会を予定している。記念事業として妙風新聞では「日蓮大聖人への思い」に取り組んでいることを紹介。宗祖への御報恩のため皆で信心を磨いて佳節を迎えよう』と述べて挨拶。
司会進行の山村晋平さんの閉会のことばで法華講総会は無事に終了しました。

相武山 山主

2019年06月28日

二つの悲しい事件から

6月7日、関東の梅雨入りが報じられました。9日(日)は梅雨らしい天気の中で6月度の日曜法話会を開催。足下の悪い中いつものように志のある方々にお集まり頂きました。6月度法話会の第1幕「世相」のテーマは「二つの悲しい事件から」。諸法は実相と観るのが法華経と日蓮大聖人の教えですから、あらゆる事物事象を実(まこと)の相(すがた)と受けとめて、じっくると考えてみようというのが「世相」のねらいです。

二つの事件とは、5月28日に川崎市多摩区登戸駅近くで、通学途上の児童と保護者2名が刺殺され19名の負傷者が出た通り魔事件。また、6月1日、元農林水産事務次官が子息を殺害した事件です。発ったばかりの事件のため、ニュース報道などから皆さんご承知とは思いましたが始めに両事件の概要を説明。
次にディリー新潮の記事から「家族間の事件」について、『2017年のデータでは殺人事件の55%が親族間で起こっていること。暴行事件はこの10年で4倍となり傷害容疑は2倍になっていること』を紹介。

次に二つの事件と関連性について「8050(はちぜろ ごうまる)問題」と報じられていることを説明。「8050問題」とは80代の親が50代の子どもの生活を支えるという問題。背景にあるのは子どもの「ひきこもり」。1980年代~90年代は若者の問題とされていたが、約30年が経ち、当時の若者が40代から50代、その親が70代から80代となり長期高齢化。こうした親子が社会的に孤立し生活が立ち行かなくなる問題。40歳~64歳の中高年61万3000人がひきこもり状態にあり、若年層を含むと100万人以上という。
この問題を特集したNHKネットニュースから、NHKの特設ウェブサイト「ひきこもりクライシス“100万人”のサバイバル」に寄せられた声を紹介し、当事者とその家族の声を紹介しました。

学ぶべきこととしては
『・噂や風評だけで短絡的に判断してはいけない。・事件の背景をできるだけ深く知る努力が必要。・迷いや悩みのない人は少ない。人生等しく誰もが何らかの苦悩がある。・他者の苦悩を理解し思いやる慈愛の心を皆なで涵養するべき。・他者との共生を認め合い、互助のシステムを活用するべき。(友人・行政・社会などに理解と協力を求めることが賢明)。・現実を直視して認識する。善悪の妄想を断ちきり、未来を信じて一歩をふみ出す勇気が大切。・事件や事故の源には三毒が存在していることを知る。
(三毒とは、貪り・瞋恚・愚痴のこと、煩悩の中心)・三毒を制御・超克するために仏教と信仰が在る。・事件を悲しむすべての人がその原因をよく理解し、互いに思いやりと 慈しみの心を深めて行くことが、犠牲者への慰霊となり明日の社会の希望となる。』との私の所見をお伝えしました。

法話会の第2幕は仏教を学ぶ。
テーマは「続・日本の仏教 ー鎌倉仏教、臨済禅と曹洞禅ー」。法話会では『日本の仏教は仏教を創始された釈尊の普遍的な教えと基本思想に立脚しながら、日本的に発展してきた仏教』であることを学んできていますが、今回は先月積み残しの「鎌倉仏教、臨済禅と曹洞禅」について。

臨済禅も曹洞禅も基本思想は座禅を通して覚者をめざす教え。ともに抽象的な理論よりも実践的な経験を重んじ、自然を真理そのものとして受け入れて、自然に順応するような生き方を説き、坐禅によって自己を整え、「自分という存在」を明らかにすることを悟りと呼び、そこを目指して修行に励みます。
しかし、その教えと修行には相違があり、曹洞禅は『何も考えずにただ坐禅をする』黙照禅(もくしょうぜん)であり、臨済禅は『公案について考え悟りを目指す』看話禅(かんなぜん)であることを略述。さらに「禅の変質と公案について」を解説し、禅についての概要を学びました。

次回は「鎌倉仏教、日蓮と法華宗」について学びます。これからも皆さまと一緒に日本の仏教を学んでゆきたいと思います。
7月の法話会は14日(日)午前11時からの開催です。皆さまの参加聴聞をお待ちしています。なお、今後の日曜法話会の開催は以下の予定となっています。
【7/14・8/11・9/8・10/6・11/17】

相武山 山主

2019年06月27日

伸びる草とツル

6月1日(土)は境内の草取り作務でした。さして広くない当山の境内ですが、4月末頃からあちらこちらで少しずつ雑草が生えてきます。草にも名前があるのですから一派一絡げに「雑草」では失礼かもしれませんが、草との長いおつきあいが始まります。草取りは秋の深まりを覚える11月頃まで続きます。

草同様にいつの間にかツルも遠慮なく樹木やフェンスにまきつき、ぐんぐんとツル先を伸ばしてきます。油断していると荒れた風情になってしまうので、初夏から秋までは境内から眼が離せません。見苦しければ道場を預かる者として御本尊様にもお参りの方にも失礼ですが、私や興厳房も持ち時間は限られていますので、例年5月から11月まで境内の清掃作務のご案内をして、有縁檀信徒の皆さまにご協力頂いている次第です。それでも時には見苦しく感じられることもあるでしょう。

1日は御経日の前に1時間半ほど本堂と三師塔前の草取りをしました。作務には数人のご信徒と共に数年前から法話会に足を運ばれているAさんにもご協力頂きました。以前から草取りなどの作務に参加させて頂きたいと仰っていた方です。Aさんは皆さんと一緒に手を休めることなく黙々と草取りをしていらっしゃました。
仏教寺院の草取りは心の雑草をとることに通じているといわれますから、仏法荘厳のための草取りは自らの心の荘厳につながります。作務にはげまれた方々の御心は仏さまのご照覧にあずかり、仏道の功徳を積むこととなります。

7月は13日(土)と28日(日)に作務を予定しています。これからも各自のペースで作務へのご参加をお待ちしています。

相武山 山主

 

2019年06月25日