相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

危険なカルト集団&教団

暑さを伝える蝉の声は続いているものの夕闇からは虫の音も聞こえるようになり、静かに秋の訪れを感じる8月21日は8月度の日曜法話会。法話会もコロナ禍の影響を受け盛況とまではまいりませんが、それでも毎月約20名前後のまじめに学びを求める方々に参加頂いています。

法話会の趣旨は「仏教に親しみ、その教えと信仰について正しく理解願いたい。法華経の教えや日蓮聖人の教えにふれて頂きたい」にあります。我が国では仏教への熱烈な信仰者は多数派とはいえないかもしれませんが、仏教ことに大乗仏教が日本の文化と社会に与えた影響は大きなものがあります。人々の精神世界や思想哲学の世界においては説明の必要もないほどです。しかし、思考の底流にながれる伏流水のような存在ですから、うっかりして気づかない人も少なくありません。

仏教の伝来から1500年、我が国は大乗仏教ゆかりの国であり、その教えと信仰は貴重なものです。人生の道しるべとして永く広く国民を裨益してきましたが、私たちは身近に存在する「ものやこと」には気づきにくいもの。大乗仏教の教えと信仰も同様といえます。社会にも個人にも有益なものですから、存在しているだけでも意味はありますが、意識して学び理解される方が増えるならばなお有り難いことです。

妙法院は法華経と日蓮聖人の教えを護り伝える法華の道場として、非力ながら日曜法話会を毎月開催して修学と弘通の機会としています。参加聴聞は信不信を問いません。コロナ禍が続いていますから強くアピールはできませんが、より多くの方々と倶に大乗仏教を学んで行きたいと願っています。

《危険なカルト集団&教団》
8月の世相に想うのテーマは「危険なカルト集団&教団」。個人の人生や家庭を破壊し社会に混乱をもたらすカルトと呼ばれる集団や教団の存在をテーマとしました。安倍元首相の暗殺事件を受けて7月の法話会ではカルト集団&教団の危険性を説明しましたが、事件の発端となった旧統一教会については時間の都合で駆け足でした。

安倍氏暗殺という凶悪事件とその背景となった旧統一教会問題への関心は高く、メディアでは連日「旧統一教会と戦後の自民党との関係。安倍氏と旧統一教会との長く深い関係。互いに利用し合う政治家と宗教団体との関係。・・・」が報じられています。
8月の法話会では危険なカルト集団&教団といわれる団体はおよそ共通性があるので、渦中の旧統一教会にポイントを絞って学ぶこととしました。

はじめに安倍元首相暗殺事件の概要を確認し、前月の復習としてカルト教団の特徴と問題点を以下の様に指摘。
「マインドコントロールのテクニックを用いて入信させ、信仰を継続させる。導師やグルとよばれる救世主、聖者、覚者を名のるカリスマ的教祖の存在。一般社会への極端な批判と断絶。集団・教団に取込みその教えに盲従させる。スピリチュアル信仰や霊感・霊媒信仰という神秘主義が強調される。偽装勧誘や強制勧誘がなされる。団体内部でのさまざまな暴力の言動。構成員に対する経済的な収奪。法外な献金やセミナー参加費&教授料。組織的な詐欺商法。・・・」などを解説。

続いて「旧統一教会」(世界平和統一家庭連合)についての解説。
(詳細は前月配布の「世界平和統一家庭連合」。相武山だより「不染」9月号のウエブ動画を参照してください。)
1954年の設立から教祖文鮮明(ムン・ソンミョン)の教えと活動を説明。
「開祖の文鮮明は『愛天、愛人、愛国』の教えを説き、日本の初代会長の久保木修己は『美しい国、日本の使命』の教えを説いた。日本は”エバ国家”で『サタン(悪魔)の国』であるため、贖罪として『金のなる木』の役割を担い、”アダム国家”である韓国と国内外の統一教会に全てを捧げるべきとの反日教義が教えられている」ことを紹介。

その邪教性とさまざまな矛盾、また、教団をカモフラージュする多くの外郭団体の存在を指摘。また、反共教団としての主張と活動から自民党との深く長い関係。自民党有力政治家とのつながりと安倍氏暗殺事件への展開について所見を述べました。

世相のむすびは学ぶべきこと。
「安倍氏暗殺という世相に潜む個人と社会の問題を直視(社会の中でさまざまな苦悩にあえぐ人々を皆で救済するべき)。カルト教団の問題は深刻(個人の人生や家庭を破壊、社会の混乱をもたらす。オウム真理教の事件をけっして忘れてはならない)。カルト教団への警戒を怠らない(宗教や信仰、スピリチュアルについて、正しい知識を学ぶ)。神秘主義や超常現象、不思議や呪術などには近づかない。一日一日の地道な人生を大切に歩む。普遍の真理を説く大乗仏教などの智慧を求める」をお伝えしました。

「仏教に親しむ」のテーマは「平等思想と法華経」(一人ひとりの仏性を尊ぶ法華経)。
はじめに釈尊とその教えとして、「釈尊はカースト制度などさまざまな古代インド宗教の差別主義と権威主義を批判して仏教を創始。苦悩の原因は煩悩によると覚り、煩悩を断尽して解脱・解放への道を明らかにした。道を求める仏教徒はすべて平等であり、等しく真理に至ることができると説いた。また、対立と争いを鎮め人間性の向上をはかるためにも平等思想が大切」と解説。

次に釈尊の平等意識として『サンユッタ・ニカーヤ』
「あらゆる方向を心が探し求めてみたものの、どこにも自分よりももっと愛おしいものを見いだすことは決してなかった。このように、他の人にとっても、自己はそれぞれ愛しいものである。だから、自己を愛する者は他の人を害してはならないのである。」を紹介。

続いて原始仏教から初期仏教について「原始の仏教では釈尊の神格化もなければ仏像などの偶像崇拝もない。釈尊は真理という安らぎに導く師であり、ことさら神格化を求めることもなく特別の存在として崇めることも求めなかった。」ことを紹介。釈尊は真理であるダルマ「法」を求めることに一切の差別はなく平等であると説いたことを説明。

その後、大乗仏教の興起とその展開を簡略に説明し、法華経には真実の大乗仏教の精神が説かれていることを解説。一仏乗の教えのもとに絶対の平等が説かれた法華経では、二乗の成仏、女人の成仏、悪人の成仏とすべての衆生が等しく成仏できることが説き明かされていることを説明。

続いて時間と空間の真実を知り、あらゆる存在の関連性を示す「一念三千」の真理についてふれ、法華経を学ぶ者は諸法の実相を如実に知見する(妙法によって支えられ、妙法によって導かれ、妙法に生きる)ことを願うことが大切とお伝えしました。

むすびには「法華経によって仏教の平等思想が徹底されたこと。平等思想を学びその広がりと深みを識ること。平等思想を実践して自らの人生に活かして行くこと(他者への敬意と尊敬、自らの驕りと慢心を戒める、人権を尊重し覇権を求めないこと・・・)を述べ、平等思想を理解し実践することが個人の平安と社会の平和をもたらす基本であることをお伝えしました。

相武山 山主

2022年08月31日

法話会の前に一汗

8月の境内草取り作務は21日。
午前11時からは8月度の日曜法話会なので午前9時半頃から草取りを開始。三師塔前から本堂前、そして墓苑内部の草取りです。墓苑の内部も思いのほか草が生え見苦しいものです。夏の草取りは切れ目がありませんから毎月の作業となり、汗もかなりかきますが、この日は曇り空でしたのでいつもよりは涼しさを覚えました。

法話会が控えているので午前10時30分には作業終了。手を洗い麦茶を飲んで頂き小休憩してから皆さん会場の本堂に上がられました。
ご協力頂いた、阿部さん(2)、新倉さん、芦川さん(3)、安西さん、熊木さん、落合さん(2)、小原さん、皆さんありがとうございました。

相武山 山主

2022年08月31日

戦没者追善法要

8月15日(月)午後1時から戦没者追善法要を執り行いました。
この法要は妙法院開創時より大切にしてきた法要です。月遅れのお盆と重なりますからお盆に気をとられる向きもあるかもしれませんが、「終戦記念日」とも「敗戦の日」ともいわれるこの日は現代日本の礎となった深い意義のある日です。
私たちが悲惨な戦争と安らかな平和を直視し、民主主義と基本的人権を尊重するより良い社会の建設に想いを馳せる好機としなければならない日ともいえるでしょう。

御宝前と精霊壇に季節の果物をお供えし戦没者諸精霊の塔婆を建立しての法要。法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経のお題目を唱えて、すべての戦争犠牲者のためにお焼香。真心からの追善供養を申し上げました。

法要後には観心本尊抄と減劫御書を拝読。
昭和20年8月15日の太平洋戦争敗戦から今年は77年となります。はじめに近代においては明治維新と太平洋戦争敗戦が日本の大きな転換点となったことを説明。明治維新前後の国状にふれてから、日清・日露の戦争から昭和の満州事変から日中戦争そして太平洋戦争までを概観。『観心本尊抄』の「瞋るは地獄、貪るは餓鬼、癡かは畜生」を紹介。
戦争も個人と同様、国家権力者による貪・瞋・愚(癡)の三毒により起こるものであり、現在のロシア軍によるウクライナ侵攻にみられるような大義名分は、太平洋戦争に突き進んだ当時の日本に瓜二つであることを解説。

続いて『戦争の犠牲者は戦場に散った兵士ばかりでなく、戦争に反対して獄死した人々や無差別爆撃で亡くなった多くの一般市民、その他多方面に存在していることを知識しなければならないこと。また、宗教者やその教団、マスメディアなども積極的に戦争に加担した事実があり、その戦争責任はこれからも検証されなければならないこと』を私の子どもの頃からの記憶を交えてお伝えしました。

さらに、『天皇主権から国民主権への大転換。軍国独裁の日本から民主主義国家日本へ。制限のある人権から尊重される人権へ・・・』を説明。
『我が国の民主主義や基本的人権は欧米のように血と汗と涙で勝ち取った民主主義・基本的人権ではなく、敗戦によってもたらされてものであるからその優れた価値に気づきにくい。しかし、常に意識し確認して、護り伝える努力をしないと、いつ独裁と覇権の亡者に押しつぶされるかわからない。』
『平和ボケといわれる日本。ウクライナの現状を見ても戦争と平和、自衛の重要性をないがしろにはできない』と所見を述べました。

結びに『減劫御書』 【現代語訳】
「減劫といいますのは、人の心の内にある人間の貪欲・瞋恚・愚痴という三つの毒が次第に盛んになり、それにつれて人間の寿命も縮まり、背丈も小さくなっていくことを言います。 ー略ー
法華経の法師功徳品には「仏が説かれた法は、みな実相と違背しない」と説かれ、それを天台大師が法華玄義に釈して「世間のすべての家業や生業はみな実相と違背しない」と釈しています。

智者というものは、世間の法と関わりなく仏法を実践することはありません。政治や経済等の世間の法に即して、よくよくそれらを心得ながら仏法を実践するのが智者であります」を解説。
法華経を信じて仏道をあゆむ者は、あらゆる存在の実の相を善く知悉し、神秘的な特別な時間や空間に遊ぶのではなく、現実社会を直視して活き活きとした人生を歩むよう努めることをお勧めしました。

相武山 山主

 

2022年08月30日

月遅れのお盆

ほとんどの地域ではお盆は8月と考えられていますが、関東では7月新暦でお盆を行うこともあるため、8月のお盆は月遅れのお盆ともいわれます。妙法院では信徒各位の考えにまかせていますので7月と8月の二度盂蘭盆の法要を執り行っています。

今年の月遅れの盂蘭盆会は13日、14日、15日の3日間、各午後1から執り行いました。13日はお盆の入り。午前11時から永代供養墓「久遠廟」と樹木葬墓地において執事の興厳房がそれぞれにお塔婆を建立し香華を供え懇ろに読経・唱題。埋葬諸精霊への盂蘭盆供養をつとめました。
盂蘭盆会では唱題裡に御宝前での献膳、塔婆が建立された精霊壇での献膳。参詣僧俗一同にて法華経要品の読誦、お焼香、唱題と如法にお勤めし、妙法院檀信徒有縁精霊への御回向を申し上げました。

法要後の法話は『盂蘭盆御書』を拝読。
はじめに盂蘭盆御書の結構を述べ、時間の都合上、解題(御書システム)を解説しないので帰宅したら配布したプリントを読んでほしいと伝えました。
法話では飛鳥の時代からの盂蘭盆のいわれを述べ、盂蘭盆御書の冒頭部分を解説して盂蘭盆会の法話としました。

拝読御書の現代語訳は以下のとおりとなります。なお、相武山だよりからウエブ動画を視聴することも可能です。菩提寺に参詣できない方は修学にご利用ください。
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「盂蘭盆御書」【現代語訳】
治部房日位殿の祖母御前からのお手紙へのご返事  日蓮
白米一俵・焼米・瓜・茄子等をお送りいただきました。早速ご仏前へお供えして、貴方のお志しを御報告申し上げました。
さて、盂蘭盆について申し上げますと、むかし仏の御弟子に目連尊者という人がおられました。智慧第一と謳われた舎利弗と並んで、目連は神通第一といわれ、あたかも須弥山の上に日と月が並んで浮かぶように、また大王の左右に従う大臣のような方でありました。

この人の父は吉懺師子といい、母は青提女といいました。その母は大変に物惜しみの心が強くて、自分の持っている物を決して他人に与えようとしなかったので、その罪によって死後に餓鬼道へ堕ちていたのを、目連尊者が救い出したことから盂蘭盆が始まったのであります。

その因縁について申し上げれば、母は餓鬼道に堕ちて苦しみ嘆いていましたが、当時の目連は凡夫であったために、少しもそのことを知らなかったのです。幼少の頃にバラモンの教えを受け、四種類の聖典や十八大経というバラモンの経典をすべて学び尽くしたのですが、凡夫だったために、いまだ自分の母が死後にどこへ生まれ変わったのかさえも知りませんでした。

その後、十三歳の時に舎利弗と共に釈迦仏の下へ参って御弟子となり、先ず見惑を断じて初果の聖人と成り、次に修惑を断じて阿羅漢と成り、過去・現在・未来の三世に通達する力を得、六種類の自由自在な能力を備えることができました。そして、悟り得た天眼を開いて広い三千大千世界を、あたかも明るい鏡に映し出すようにご覧になったところ、大地を見透して地獄・餓鬼・畜生の三悪道の世界をくまなく見わたすことが、ちょうど氷の下にいる魚を朝日の光が照らし出して、それを見透すようなものでありました。

すると、その中の餓鬼道という処に、自分の母がいたのです。餓鬼道ですから、飲むものもなく、食べる物もありません。そのために痩せ細り、皮は雉の羽根をむしり取ったようであり、骨は磨り減って丸い石を並べたようでありました。頭は髪が抜けて丸い毬のようであり、頸は細く糸のようです。腹は水ぶくれして大海のように膨らみ、口を大きく開き、手を合わせて物を乞う様子は、まるで餓えた蛭が人の臭いを嗅ぎつけて吸い付くようでありました。

先の世で産んだわが子を見て今にも泣こうとする姿や、餓えた姿を目前にして、目連尊者は譬えようもなく悲しく、まことにつらい気持になりました。
ー 略 ー
目連尊者は悲しみをこらえつつ、神通力を用いてご飯を送り差し上げましたら、母は喜んで右の手にご飯を握り、左の手でご飯を隠しながら口へ入れようとしたところ、どうしたことでしょうか、ご飯はたちまち火となって燃え上がり、あたかも多くの燈心を集めて一時に火をつけたようにぱあっと燃え広がって、母の身体も燃え上がりました。

目連はこれを見て驚き、大騒ぎして再び神通力で大水を母にかけたのですが、どうしたことかその水が薪となり変わって、ますます母の身体を焼いてしまう結果になり、まことにそれは哀れなことでした。

その時、目連は自分の神通力ではとても母を救うことができないことを知り、大急ぎで走り帰り、仏にお会いして、悲嘆にくれて、『私はバラモンの家に生まれましたが、仏の御弟子となって阿羅漢の位に昇り、生死の迷いを離れて三明六通の神力を備える羅漢になったので、母の餓鬼道の大苦を救おうとして一生懸命に力を尽くしましたが、逆に大苦を増す結果となってしまいました。なんとも悲しいことであります』と告げたところ、
仏は『そなたの母は罪が深いので、そなた一人の力ではとても救うことはできない。また、いくら人数が多くても、天神・地神・悪魔・バラモン・道士・四天王・帝釈・梵王といった者の力では救い出すことはできない。 それゆえ、この七月十五日に十方の聖僧を請い集めて、百味の飲み物や食べ物を供養し、法会を修して母の苦しみを救うがよい』と教えられました。

目連は早速、その仏の教え通りに行いましたので、その母をついに餓鬼道の永い苦しみから救い出すことができた、と盂蘭盆経というお経に説かれています。このような因縁から、仏滅後の末世の人々は毎年の七月十五日に盂蘭盆の法会を修するようになり、今日では年中行事の一つとなっています。
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拝読御書から餓鬼の世界に堕した目連尊者の母青提女の業因と目連尊者の慈悲を学び、私たちが煩悩に翻弄されて悪道に堕しやすいことと仏道精進の大切さをお伝えしました。現在、お盆はわが国の習俗風習・伝統文化となっていますが、本来のいわれを学ぶとき意義深いことがわかります。

相武山 山主

2022年08月29日

にぎやかな新盆にお参りして

今年も8月初旬から新盆を迎えた数軒の信徒宅にお参りしました。昨年の6月から今年の5月までに逝去された方が居られるご家庭です。お盆のかたちは地域や宗派、そして各家庭によって一様ではありませんが、それぞれがご先祖や亡くなった親しい家族を偲んで一時を過ごします。

ことに新盆を迎える家庭では故人の逝去から間もないこともあり、親しかった故人への想いが強く意識されるお盆となります。都合によっては自宅ではなく当山で供養をされる方もいらっしゃいますが、大半の方はご自宅で新盆を営まれます。

各家庭では御本尊さまの仏壇の横や前に盆かざりを設けて、心のこもった供物が供えられます。季節の野菜や果物、夏の食材、そして故人の好物などが供えられます。普段はあまり作ることのない精進料理を故人のために作る家庭も少なくありません。

当山からは事前に新盆を迎える信徒宅に「新盆を迎えるために」とのご案内をしますが、その後、関心のある信徒からはさまざまなお尋ねを頂きます。そのやりとりからは新盆を迎える家族の亡き人に対する想いが伝わってきます。そこには行事やかたちの奥にある心の温もりがたしかに感じられます。故人もさぞかし喜ばれていることでしょう。

近年、核家族化が顕著になりましたから新盆も家族や親族だけで営まれることが多いようですが、従来は友人知人まで集まって故人の御霊を迎え、在りし日の故人の思い出を中心に結構賑やかなお盆供養が多かったように思います。今でも親族や地域のつながりが大切にされる地方ではそのようです。

お盆の供養といっても当山ではいつもの法要と変わるわけではありません。浄められたお仏壇の御本尊さまに厳かに法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経のお題目をお唱えして真心からの供養をささげます。今年は開創以来倶に親しく信仰の道を歩まれた方々の新盆を営むことになりました。三浦さん、樺山さん、下條さん、竹越さん、熊木さん、山野さん、それぞれ思い出はつきません。

ご家族の志のままに皆さん丁重な新盆供養をつとめられましたが、昨年末に逝去された下條さんのお宅では子どもさんご夫妻はもちろんのこと、お孫さん、ひ孫さんまでコロナ禍ながら大勢の方がお参りに参集。二間続きの部屋からリビングまで少しきつめでしたが、皆さん優里子おばあちゃんのために読経・焼香・唱題を修されました。幼い子どもたちはみんなお行儀のよい子で騒ぐこともなく法話が終わるまで静かに参列していました。
未だ若い子育て中のお孫さん夫婦や、年端もいかない幼いひ孫達も、新盆におばあちゃんの家に集まり、仏壇に盆かざり、お坊さんと一緒にお参りしたこと、皆で語り合ったことは記憶としては残らなくても心底には沈んだことでしょう。
儀式や行事はその時には意味がわからなくても人生の折々に思い出し、己のあゆみをたしかなものとしてくれるものです。

私は常々『行事や法要などには子どもさんたちを参列させてください』と伝えていますが、それは意味がわかろうとわかるまいと信仰の世界に身を置くだけで意義があるからです。やがて長じればその大切さも理解できることでしょう。
久しぶりに親族が寄り合うにぎやかな新盆にお参りできて私もうれしく思いました。きっと下條さんもあの笑顔で喜んで居られることと思います。

相武山 山主

2022年08月28日

新盆を迎えて

6月下旬の猛暑から一転、7月中旬には戻り梅雨、そして各地で線状降水帯による水害と、誰もが天候の不順を覚えないわけにはまいりません。しかし、7月初旬からの蝉の声は途切れることはなく全国で月遅れのお盆を迎えます。

猛暑の夏、月遅れのお盆は我が国の風物詩ですが、お盆は仏教行事が1500年の歴史を経て文化となり習俗となって国民に定着しているものです。横浜や東京など明治から新暦で営む地域もありますが、全国的にはお盆といえば月遅れの8月に営む家庭が多いものです。

お盆そのものは仏教行事の一環ですが、一般的には夏の休暇や帰省などに利用する方が多く季節の言葉ともいえます。もちろん、菩提寺やお墓にお参りしたり、仏壇を調えてご先祖や有縁の精霊を自宅に迎える家庭も少なくありませんあい、家庭ではきっとお盆のいわれや家族・親族・友人などの近況も語られることでしょう。

同じお盆でも亡くなった方の初の新盆(にいぼん)を迎えるご家庭では特別な感慨を覚えることでしょう。昨年の夏までは言葉を交わしていた親しい方が今年はもういらっしゃらないのですから。
「お盆にはお家に還ってくる。お盆は家族と一緒に過ごしたいだろう・・・」という故人への想いが、お墓に迎えに行ったり、盆棚や盆飾りを作ったり、家族や親族、友人を食事に招いたり、迎え火や送り火というお盆の風情に表れています。

新盆は自宅で営まれるのが常ですが、時に事情によって妙法院で営む方もいらっしゃいます。妙法院では毎年前年の6月からその年の5月までに逝去された方々に、「新盆を迎えるにあたって」とのしおりを入れて新盆のご案内をしています。
その一端を紹介します。
「【新盆の迎え方】大切な家族である故人の御霊を自宅に迎えて、初めて倶に一時を過ごすのが新盆です。一般的には御本尊を祀る仏壇の近くに『盆だな(精霊だな)』を飾り、季節の野菜やくだもの、供養の料理等をお供えします。準備が調いましたら僧侶をお迎えし、故人と先祖のために読経・唱題をお勤め頂きます。お参りを希望されるご親族や友人には、僧侶来宅の時間などを予めお伝えします。時間外にお参り頂く方のためには、お線香やお焼香を準備しておき、お持ち頂いた供物などは盆だなの前にお供えします。」
というものです。
お盆は時代や宗派、地域や家庭によって異なりがあり一様ではありませんから、そんなに神経質になる必要はありません。故人への想いが大切なのです。とはいえ仏事はわからないことが多いと思いますので、不明な点があれば遠慮なく妙法院までお尋ねください。

今年も新盆のお参りを迎えます。当山で新盆を迎える方は旧知の方が大半、すべての方々が何らかのご縁があります。昨年の夏には熊木美代子さん、竹越敏弘さんがご逝去。共に約40年に渡るご縁を頂いていました。秋には関根サダさんからのご縁となる野中寿子さんがご逝去。
年末から春にかけては当山開創以来の法友である下條優理子さん、樺山明子さん、三浦ふじさんがご逝去。川崎の下條さんは昭和56年秋頃、樺山さんと三浦さんは昭和55年秋からのご縁です。それぞれ当山開創当時から共に信行に励んできた私にとっては大切な同志です。40年以上のご厚誼を頂戴していますから思い出は語り尽くせないほどあります。お一人おひとり個性豊かで真面目で明るく朗らかな方々でした。おもしろいエピソードも豊富にありますので機会があれば紹介したいと思っています。
幸いなことにご家族の方々が信仰を継承されており、今月は新盆のお参りにうかがう予定になっています。
新盆では故人が大切にしていた日蓮大聖人の教えに則り、法華経要品を読誦、南無妙法蓮華経のお題目をお唱えして、在りし日を偲びつつ追善御回向を申し上げます。

相武山 山主

 

2022年08月01日