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相武山 妙法寺 ブログ

四表の静謐を祈る(下)

【断じて許されないこと】
独立した国はもちろんのこと、一人ひとりの尊厳と自由を奪って、他者を強制的に支配することは許されないことです。人類が長い時間をかけてたどり着いたのが、完璧なシステムではないかもしれませんが「基本的人権の尊重であり、個人の自由と民主主義の尊重」といえます。今回の蛮行はそれらのすべてを破壊した行為であるばかりか、暴力を持って自らの欲望を達成しようとするもので断じて許されません。

現代は個人も国も独立した存在として尊重される時代をめざしています。歴史上展開された奴隷社会や封建社会、帝国主義や覇権主義などはすでに否定されているのですが、「ロシアの夢、中華の夢・・・」という言葉が頭をもたげている現実は警戒しなければなりません。今、その一つが眼前で展開され、無惨にも人命が奪われ、戦火に怯え、逃げ惑う人々が悲嘆の涙を流しているのです。

争いは常に我欲(己の欲望)から生じ、他者を支配しようとして始まります。「如何なる理由があれ他者を支配することは許されない」ことを私たちは互いに確認し、共通認識としてその価値を共有しなければなりません。これは国家や民族、国や地域だけでなく、宗教や思想、人間同士の在り方にもいえることです。「違いは違いとして認め合い、互いを尊重する」ことによって争いは回避することができるのです。今回の侵略もロシアがウクライナを支配しようとしなければ発生しなかったのです。個人と個人の争いも相手を自分の思うようにしようとしなければ争いにまではなりません。どのような関係であれ他者を支配しようとするときに争いが起こることを皆が知識すべきです。

【ウクライナに想う】
私の学生時代、ウクライナは独立国ではなくソ連の一部でしたから、ウクライナはソ連を知識する一環としてのものでした。イメージは「ヨーロッパの穀倉、ソ連でも豊かな地域、東西交通の要衝にあり歴史と文化のある地域・・・」というものでした。その国旗は青い空と大地を染める小麦や国の花であるひまわりをイメージしていると聞いたことがあります。

若い頃、イタリア映画(1970年公開)の「ひまわり」を観ました。第二次世界大戦下のイタリアが舞台。そのあらすじは『ジョバンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)がナポリの海岸で恋におち結婚。その後、アントニオはソ連の最前線に送られ行方不明となる。ジョバンナは何年経っても戻らない夫だが生存を信じて疑わない。終戦後、アントニオを探しにジョバンナは単身ソ連へ。しかし、広大なひまわり畑の果てに彼女を待っていたのは、美しいロシア人女性マーシャ(リュドミラ・サベーリエワ)と結婚し、子供にも恵まれて幸せに暮らすアントニオの姿。すべてを察したジョバンナは愕然としながら1人イタリアへ帰る。空虚な想いにおかされたジョバンナは・・・・・・』というもの。

名優と呼ばれたソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの演技はとても秀逸でしたが、タイトルにもなったひまわりがいちめんに映し出される場面も印象的でした。また、ヘンリーマンシーニの哀愁を帯びた楽曲がすばらしく私は今でもよく聞いています。監督はヴィットリオ・デ・シーカ。冷戦期にソビエト連邦で初めて撮影された西側の映画でした。この映画のひまわりの撮影地はウクライナの首都キエフ(キーフ)から南へ500キロほど離れたへルソン州ということです。
「ひまわり」は人間の複雑な情愛をテーマに戦争に翻弄される人々の人生とそのむごさを考えさせる映画でしたが、今、その撮影地が無惨にも戦争の舞台になってしまいました。一日でも早い平和を望むばかりです。

【四表の静謐を祈る】
日蓮大聖人は立正安国論に「国を失ひ家を滅せば何れの所にか世を遁れん。汝須く一身の安堵を思はば先づ四表の静謐を祈るべきものか。」と説かれています。うち重なる内乱や元寇など当時の世相をふまえて、宗祖が率直に庶民の生活を見つめていることがわかります。その上で「我が身の安堵は世界の泰平による」ことを教えています。

今回のロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻は、世界中の叡智と祈りを集めて速やかに収束しなければなりません。また、この悲劇を繰り返さないためにも今後事態をしっかりと検証することが求められます。そして、現代に生きる私たちはウクライナの悲劇を我が身に引き寄せ、戦争と平和について深く自問自答しなければならないと考えます。一刻も早く戦火が止みウクライナに平和がもたらされることを祈り、ささやかでも自分にできる反戦平和の行動を倶に実践いたしましょう。

相武山 山主

2022年02月28日

四表の静謐を祈る (上)

深い悲しみと強い憤り

私は去る2月25日からウクライナの戦火が速やかに収束することを朝夕御本尊に祈念しています。また、戦禍の犠牲となられた人々、物心両面に甚大な被害を蒙られた人々、恐怖と不安におびえる人々、すべての方々に安らぎがもたらされるよう祈りを捧げています。私は何らの力もない一凡僧ですが大乗仏教信仰の上から祈りには力があると堅く信じていますので、心をこめて法華経要品の読誦、南無妙法蓮華経の唱題につとめる日々です。一切衆生の安寧を願う日蓮大聖人の教えを信仰する当山檀信徒の方々も同じ想いではないでしょうか。

【ロシア軍がウクライナに侵攻】
振り返れば昨秋よりロシアのウクライナ侵攻は予想されていました。昨年来ウクライナの近郊にはロシアの大軍が終結しており、隣国ベラルーシとも合同軍事演習を開始していたからです。アメリカも昨秋からロシア軍がウクライナに侵攻するまで的確な情報を世界に発信して、ロシアによる侵略行為や戦争を回避するために世界の国々に注意を喚起してきました。

しかし、残念なことに2月24日、プーチン大統領の「特別軍事作戦」という命令によってロシア軍がウクライナに軍事侵攻。21世紀の現代、前世紀の二度にわたる世界大戦の悲惨さから、各国の政治リーダーの誰もが戦争の愚かさを知悉しているものと思っていましたから愕然としました。とはいえ、第二次大戦後も今日まで世界各地での紛争は枚挙に暇がなく、さらには大規模なテロも少なくはありませんでしたから、つくづく人間のエゴと強欲、愚かさには驚愕するばかりです。

通信機器やそのシステムが格段に向上した現代。戦争もリアルタイムで報じられます。自宅に居ながらにしてテレビやネットから、ロシアの戦車や軍事車両の進軍とその砲撃、ミサイルなどの爆撃を目の当たりにすることは複雑な思いです。しかし、戦場と化したウクライナでは自らの国土と国民、自由と独立を守ろうと覚悟したゼレンスキー大統領のスピーチがウクライナ国民の士気を鼓舞しています。大統領の命をかけた演説や家族の無事を祈りながら戦地に向かう人々の姿に、単純で感情的な私は胸がぐっと熱くなりました。

他方、ロシアの軍事侵攻はウクライナの軍事施設ばかりでなく、首都キエフや第二の都市ハリコフなどを中心に民間施設にも及んでいますから、ウクライナ国民は戦場となってしまった住宅から避難する他ありません。幼い子どもの手を引き、老いた祖父母を労りながら、着の身着のままで避難する人々の嘆きとやつれた姿に接するとき、胸がしめつけられ目頭が熱くなるばかりです。世界中の心ある人々もこの現状に深い悲しみと強い憤りを禁じ得ないでしょう。

【傍観者であってはならない】
『自由と民主主義、ウクライナの独立と尊厳』を強く主張し、徹底抗戦をうったえるゼレンスキー大統領の対ロシア政策や軍事対策にも、『犠牲者を少しでも少なくするためにはロシアに妥協するべきだ』などという意見や論評があります。それらの意見にも当然一理はありますが、そのいずれかを決めるのはウクライナの国民です。『自由と民主主義、国や地域の独立と尊厳は尊重されるべき』との価値観を共有する者は、連帯して彼らを力の及ぶ限りしっかりと支援しなければならないと思うのです。

私たちはけっして傍観者であってはならず、愚かな蛮行を強く批難する声を上げ、遠国であってもウクライナの国民のために、戦争の収束と平和への祈りをささげ、支援の実行に努めて行きたいものです。

世界には専制独裁の国家はけっして少なくありません。また、現実に内戦状況の国や地域もあり、さらに戦火を交えるのではないかと心配される国や地域もかなり存在しています。前の大戦以来ほとんど戦争の影を感じることがなかった我が国は恵まれた環境にあるといえますが、そのような我が国でもロシアとの北方領土問題、中国との尖閣諸島問題、韓国との竹島問題をかかえています。
また、資源が乏しく海外との交易で経済を回している我が国にとってシーレーンの安全確保は重要事項です。そのシーレーンも中国の海洋進出によって東シナ海や南シナ海など不安定な状況となっているのが現実です。

さらに独裁専制の北朝鮮は人民の疲弊を顧みることなく軍備拡張に走り、いつ暴走するかわかりません。共産党独裁専制の中国は台湾への武力支配を隠そうとはしていませんし、その国内でもチベット地域や新疆ウイグル地域などでの人権侵害は深刻です。東南アジア諸国でもミャンマーでのクーデターや専制国家での人権と自由の問題は隠せません。

私たちは幸いにも比較的安全で安心できる国で生活していますが、人権や自由、平等と民主主義という価値観を否定する国家や体制も少なくないのですから、それらの大切さを常に確認しうったえて行くことを忘れてはならないと思うのです。泰平にあって未明の危機を忘れずです。

侵略したロシアでも各地で反戦デモが起こり、数千人が治安組織によって拘束されたと伝えられています。しかし、多くのロシア国民はプーチン大統領による「ディスインフォメーション(人を欺き、混乱させるための偽情報)」によってコントロールされているようです。諜報機関の手法を縦横無尽にしかも躊躇なく駆使する彼によって支配されるロシアには、現在のところ残念ながら健全な民主主義も真の自由も存在していないように思えます。プーチン大統領の狂気を即時に停止できるのはロシア国民ですから覚醒してほしいものです。

【ロシアとプーチン大統領】
軍事侵攻を命じたプーチン大統領は20年という長期にわたりロシアに君臨。民主主義とは名ばかりの専制独裁政治を敷いています。彼を批判する者は陰に陽に排除されていることは識者の常識といっても過言ではないでしょう。もちろん、彼の国でも彼やその政治を批判する者は一部存在しますが、生命の危険にさらされたり家族や親族に害が及ぶこともあって、人権や自由が保証されている民主主義国家とはいえません。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の意図はメディアで各方面から分析されていますが、一言で表現すれば「どのようなかたちであれウクライナをロシアの支配下に置く」ということだと思います。

現在のロシアはソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)が崩壊して誕生した新生ロシア。共産党による一党独裁であったソ連邦はゴルバチョフ書記長の進めたペレストロイカ(改革)によって1991年12月に崩壊。民主化されたロシアはエリツィン大統領を選出し、さまざまな意味で困難な歩みを続けました。1999年、健康を損ねたエリツィン大統領から後継指名されたのがプーチン氏。

彼はあらゆる手段を用いて権力の維持に腐心し、世界の大国としてのロシアにこだわってきました。今回の侵攻も2014年のクリミヤ併合からウクライナ東部の親ロシア地域の独立活動を利用し、用意周到に計画を練り実行されたものです。冷徹で計算高く目的のためなら残虐行為もいとわないい性格として知られるプーチン大統領ですが、今回は核の使用まで口の端に上げていますからその狂気が心配です。やはり独裁者の存在を許すことは危険であることを実証しています。

相武山 山主

2022年02月28日

三毒を見つめて

2月20日(日)は2月度の日曜法話会。仏教に親しむのテーマは「三毒をみつめて ー己の心を涵養し穏やかに生きるー」でした。1月の法話会同様、はじめて参加された方もおられましたので、当山の日曜法話会の趣旨について「仏教に親しみ、その教えと信仰について正しく理解願いたい。法華経の教えや日蓮聖人の教えにふれて頂きたい」と述べ、仏教寺院の役割についても説明。法話会が「世相に想う」と「仏教に親しむ」の2部構成であることもお伝えしました。

「世相に想う」については『仏教は現実直視であること。神秘主義や不思議世界には遊ばない。あらゆる事物・事象は私たちの生活や人生と無縁なるものではない。大乗仏教の精華である法華経では諸法は実相と説かれている』ことなどから『起こる事象はすべて学びの対象であり、眼前の事物・事象を自分がどのように観ているかを認識し、自らの人生に活かそうとしているかが問われている』と述べました。

【世相に想う】
今月の世相に想うのテーマは「北京オリンピックとウクライナ危機 ー 平和の祭典と戦争の危機 ー」でした。2月4日からの冬季オリンピック北京大会はこの日が最終日。大会前のボイコット騒動について、中国の人権問題や一方的な海洋進出などを理由に欧米の一部の国が政府関係者の出席を見送ったこと等を紹介。

ネガティブな話題の次は「アスリートの活躍」のお話。『資質に恵まれたアスリートが技量を磨き上げて大会に参加している。近年はメンタルトレーニングも強化されている。スポーツは勝ち負けが明確に判定される厳しい世界。勝っても負けてもすばらしい感動が残るのがスポーツ。人生のすべてを大会に集中させるアスリートのすがたは観る者を感動させる。アスリートは自己と他者との真剣勝負。試合後のアスリートの語ることばに深く感動する。新しくフレッシュな選手の登場と熟練ベテラン選手との世代交代。大会にふれた誰もがアスリートから元気をもらったのでは。』等々所感を述べました。
問題も・・・としては『納得できない判定もある。不信と不安のドーピング問題。大会の政治利用など・・・』についても言及しました。

続いて「ロシア軍がウクライナに侵攻か」では、ロシア軍の動き「2021年秋頃からロシア軍がウクライナ国境地域に大規模展開。すでに2014年ロシアはウクライナ領のクリミヤ半島を併合した。ロシアの現状と思惑・・・。ウクライナのEU、NATO加入を阻止したいロシア」について解説。

次に世界各国が戦争回避に動いていることを紹介。『世界中の政治経済活動に大きな影を落としている。世界のあらゆる活動は私たちの生活(衣食住)にも影響している。今回の騒動も個人や国のエゴが表面化したもの。戦争に勝者はいない。残酷で悲惨な事態を回避するためみんなで世界の平和を祈ろう』と所感をお伝えしました。

【仏教に親しむ】
第2部の仏教に親しむのテーマは「三毒をみつめて ー己れの心を涵養し穏やかに生きるー」でした。はじめに「仏教の目的は苦悩からの解脱」であることを解説。釈尊の成道伝『ウダーナ(原始仏典)』から
「実に世尊は、仏眼で世間を見渡すと、衆生が貪欲によっても生じ、瞋恚によっても生じ、愚痴によっても生じる多くの苦悩によって悩まされ、多くの熱悩によって焼かれているのを見た」。
「比丘たちよ、常に自らの心を観察すべきである。すなわち、この心は長い間貪欲によって、瞋恚によって、愚痴によって汚されていると。比丘たちよ、心が汚れているから、衆生は汚れる。心が浄まるから、衆生は浄まる」。を紹介。

苦悩の源は三毒(貪欲、瞋恚、愚痴)にあり、仏教では常に自らの心を観察して心の汚れを浄め、解脱の安らぎを得ることが目的であることを述べました。

【三毒(貪欲、瞋恚、愚痴)】
次に「煩悩」は仏教で説く衆生の身心を煩わし悩ます精神作用の総称であり、この煩悩の基本的なものとして、「三毒」「三垢」「三不善根」といわれる貪(執着)・瞋(憎悪)・痴(無知)があることを解説。

三毒とは人間のもつ根元的な3つの欲望のこと。自分の好むものをむさぼり求める貪欲,自分の思うようにならぬことに怒りを覚える瞋恚,ものごとに的確な理科と判断が下せずに迷い惑う愚痴のことです。仏教では煩悩のゆえに業が展開し,煩悩と業とが原因となって生(苦的生存)が結果するという生死輪廻の因果が説かれます。

「貪欲」は『欲しいものなどに対して執着する心のこと。貪欲は煩悩の中でもあらゆる苦しみにつながる根源的なもの。むさぼる対象は衣食住から学歴や就職、地位や名誉、恋愛や人情などの精神世界まで人生の万般に及ぶ。欲するものへの執着が強ければ強いほど得られぬ苦悩は辛く深い』。

「瞋恚」は『思うようにならぬことに怒りを覚えること。いかりの対象は家族や親族、友人や知人などの人間関係はもちろん、自身の置かれている環境や社会のシステム、さらには自分自身に向かうこともある。この怒りは自分の思うようにならないことによって生ずる。いかりは強いエネルギーを発し、時には自他共に破壊してしまうこともある(健康を害する)。自分の思い通りにならない事へのいかり、他者への妬みや憎しみの心をコントロールするための「アンガーマネジメント」も存在』。

「愚痴」は『真理を知らず、物事の理非の区別がつかないこと。ものごとの真理を学ぶことも認めることもなく、感情のコントロールもできずに愚かしい生き方をすること。生老病死という人生の変遷が理解できなかったり、環境や社会のありようや動きを理解できずに迷惑すること(諸行無常が理解できないなど)』。
と三毒について解説。

誰もが心に三毒を内在しており、その有り様をみつめて、制御することが安らぎへの道となることから『あらゆる物事に強く執着する心を捨離することができれば苦しみから解放される。仏教では「思い通りにならない事を苦しみ」という。人生は思うようにはならないことが多いのでさまざまな苦悩を味わう。仏教で説く「諸行無常、諸法無我、一切皆苦、涅槃寂静」を理解できれば三毒を乗り越えることができる」とお伝えしました。

この後のスッタニパータの引文で法話会の時間はタイムオーバーとなり、次回に続編をお話しすることになりました。

相武山 山主

 

2022年02月27日

御誕生会を奉修

2月13日(日)午後1時、しとしとと冷たい雨が降る中、日蓮大聖人の御誕生会を執り行いました。宗祖のご誕生は2月16日と伝えられていますから3日ほど早いのですが、2月は行事が重なりますので繰り上げさせて頂き、月例御講と併せて奉修いたしました。


御宝前に赤飯の御膳をお供えし、参詣者の唱題裡に献膳を申し上げ、法華経要品を読誦、献香、南無妙法蓮華経の唱題と懇ろに宗祖のご誕生を報恩申し上げた次第です。

法要後の法話では佐渡御書「日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず。不軽品に云く「其罪畢已」等云云。不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし。何に況や日蓮今生には貧窮下賤の者と生まれ、旃陀羅が家より出でたり。心こそすこし法華経を信じたる様なれども、身は人身に似て畜身なり。魚鳥を混丸して赤白二渧とせり、其の中に識神をやどす。濁水に月のうつれるが如し。糞嚢に金をつつめるなるべし。
ー 略 ー 此の経文を見ん者自身をはづべし。今我等が出家して袈裟をかけ懶惰懈怠なるは、是れ仏在世の六師外道が弟子なりと仏記し給へり」を拝読。

誕生会なので宗祖の出自について他宗の祖師との違いを述べ、人間の価値は出自や家柄、資質や知識、学歴や地位、肩書きや資産などで判断されるものではなく、その人がどのような志をもち、どのような人生を歩んだかで判断されるべきという仏教的視点をお伝えしました。

また、宗祖はご誕生前年の承久の乱について常に言及されていたことから、誰もが生を受けた時代や環境に影響を受けることを解説。さらに宗祖の遺された御書を拝読するにあたってはその真偽と背景を学ぶことの重要さを述べ、「御書システムの解題」の活用をお勧めしました。

開催中の冬季オリンピック北京大会にもふれ、アスリートの言葉が多くの人々の琴線に触れることについて、『資質に恵まれたアスリートがさらに演技を磨き上げて競技した直後に語る言葉であるから。そこには偽りのない、飾ることのない本音の言葉であるから』と所見をお伝えしました。

昨年はコロナ禍のために御生誕800年を思うように慶祝できずに残念でしたが、私は遇不遇、幸不幸、苦楽などあらゆる事象にはきっと何らかの意味があると考えていますから、宗祖御生誕800年の佳節をコロナ禍によって願うように慶祝できなかったことにも、きっと何らかの意味があるのではないかと思っています。

思うようにならぬことを否定的に捉えるのではなく、法華弘通による法難を仏法の悦びと捉えた宗祖の御振舞いを鏡として、自らを信じ、仏法の道理を信じ、より力強く意義深い人生をあゆむ力に変えて行くことが大切だと思うのです。そのためにも南無妙法蓮華経のお題目を心をこめて唱え信仰を深めて行きたいものです。

相武山 山主

 

2022年02月26日

興師会(せり御講)を奉修

2月7日は法華宗日興門流の門祖白蓮阿闍梨日興上人の御命日。当山は昭和56年(1981)2月7日の開創ですので当山の開創記念日でもあります。
コロナ禍も三年目に入りましたが、未だまん延防止等重点措置が講じられる状態で世相が落ち着くことはありません。妙法院の行事や法要も自粛下ですので静かな状況が続いています。そのような時局ですが、2月7日には数名の御信徒と倶に興師会(芹御講)を奉修いたしました。

御宝前には日興上人が好まれたと伝えられる清々しい芹をお供えし、真心こめて読経・献香・唱題と如法に奉修。上人への御報恩を申し上げ、妙法院開創以来の歩みを振り返りました。法要後には私より日蓮大聖人がご入滅にあたり六老僧を選定されたこと、なかでも法華宗日興門流の門祖としての日興上人のお給仕と法華弘通について解説し挨拶としました。

その後、執事の興厳房が日興上人の御生涯をレジメに沿って丁寧に解説。ことに「日興上人の出会いと選択」について、さまざまな人生の出会いを法華信仰に活かし、「日蓮が弟子」という揺るぎない信仰に照らして選択された人生であったことを語っていました。参詣者も日興上人への理解を深めることができたのではないでしょうか。
コロナ禍が収束して御信徒の皆さんと一緒に、賑やかに日興上人への報恩会を執り行いたいと感じた静かな興師会でした。

相武山 山主

2022年02月25日

除災招福を祈って

節分は立春の前日の行事。立春が旧暦の新年ですからその大晦日にあたり、新年を迎える前の邪気を祓い、一年の無病息災を祈るものです。中国由来の除災招福の行事として現在は日本の習俗となっています。
当山でも2月3日に節分会を執り行いました。一般的には鬼を災厄に見立て、「豆(魔滅)をまいて鬼を追い払う」というイメージですが、本来、仏教行事というよりも日本の習俗として親しまれているもので、当山では厄年などを意識して心身の健康に注意をはらう行事としています。

当日は午後1時から御宝前に福豆をお供えし、法華経要品を読誦・南無妙法蓮華経の唱題とお勤めして疫病の退散、衆生の安寧を祈願。さらに災厄祈願を申し出られた方々と参詣者の方々の現当二世にわたるご健勝を祈念いたしました。
寿量品長行では私が「福は内」と念じて御宝前に福豆をまき、興厳房が本堂から客殿、ロビーから寺務所、客殿に福豆をまいて除災招福を祈りました。

法要後は節分のいわれを参詣者にお伝えして福豆を振る舞いました。今年は新型コロナも三年目ですから疫病の退散を強く祈念した次第です。

相武山 山主

 

2022年02月25日