相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

初春を迎えるために

清らかに新年を迎えるために28日(土)境内・堂宇・参道・駐車場の大掃除を行いました。初冬の青く澄みきった空のもと、午前10時からの大掃除には、安西さん、中澤さん、阿部さん、森さん。奥田さん、久保さん、落合さん、辻本さん、新倉さん、重吉さん、熊木さん、阿部さんに参加ご協力頂きました。また、『当日参加できないので・・・』といわれて前日には芦川さんが丁寧にトイレの清掃をして行かれました。

墓苑は前日までに寺内で清掃していましたが、駐車場は枯れ葉や雑草をとり、三師塔は洗剤も使いながら丁寧に浄め、バス通りまでの参道は大量の枯れ葉を回収、市民の森から枝を伸ばす雑木もカットし、雨水ますのゴミも撤去しました。本堂もガラスを拭き、玄関や受付、ロビーや客殿も汚れを落としました。

予定では10時から1時間ほどの清掃を想定していたのですが、9時半から11時40分ほどの清掃作務となりました。歳末多忙のなかご協力頂いた皆さんのおかげで堂宇・境内などが浄められ、清々しく新年を迎えることができます。まことありがとうございました。

大掃除の後には今年最後の世話人会を開催。明年の年間行事予定を確認し、お正月の段取りを決めました。明日はお供えの餅と門松をつくり、参詣者へお渡しする供物などの袋詰めをして当山の初春を迎えます。

相武山 山主

2019年12月29日

JR直通線初乗車

12月21日(土)、法華コモンズの仏教講座を受講するために始めて相鉄JR直通線を利用して新宿に行きました。当山最寄りの相鉄線三ツ境駅からで新宿駅までは乗り換えなしで約55分。今までは相鉄線で横浜駅に出て湘南新宿ラインか、大和駅から小田急線で新宿駅に向かいましたが、どちらにしても乗り換えが必要でした。新宿までの所要時間は直通でも乗り換えでも10分少々なのでさほどの違いは感じませんでしたが、気分はかなりちがいます。やはり直通は快適でした。

相鉄JR直通線は西谷駅から新設された羽沢横浜国大駅へ。この日は時間に余裕がなかったので下車できませんでしたが、羽沢は当山ゆかりの地ですので時間のあるときに下車して散策してみようと思っています。羽沢横浜国大駅を通過すると武蔵小杉駅まで約16分ほどノンストップ。武蔵小杉からは西大井、大崎、恵比寿、渋谷を経由して新宿に到着です。

開通間もない土曜日だったこともあって行きも帰りも車内は混雑はなく、往復ともゆっくり座ることができて快適でした。新宿駅構内は広くて複雑。新宿にまったく慣れていない私には目的の出口探しや乗車ホーム探しはシンドイと思うことがあります。スマホの構内図や案内図を見てはいるのですが・・・・・。この日は興厳房が同行でしたので助かりました。

初めての直通線乗車。よく考えてみれば相鉄線利用者でもその利便性を享受できるのは、西谷、鶴ヶ峰、二俣川、希望ヶ丘、そして三ツ境の各駅のように思います。新宿などに向かうには上星川から東側の駅は横浜駅乗り換え、瀬谷から西側の駅は大和駅乗り換えの方が時間的には効率的だからです。しかし、2年後の相鉄東急直通線が開通すれば新設の新横浜駅の利用が可能となり、JR直通線開通よりも大きな効果が見込まれるようです。まだ本数の少ないJR直通線ですがとても快適な初乗車でした。

相武山 山主

2019年12月26日

歳末の懇親会

15日のおさめ御講の後には歳末の懇親会。御講に参詣された方々に参加頂き客殿で楽しいひと時を持ちました。4つの島となったテーブルには事前に食器が並べられ、飲み物やかまぼこ、おにぎりや漬け物などが置かれました。皆さんの着席を待って始めに私から一年の御礼を申し上げ、続いて新倉さんによる乾杯。

メインはつきたてのお餅でした。
久保さんから差し入れの餅米を興厳房が餅つき器でつき、腕に覚えのある小原さんが食べやすくちぎり、阿部さん持ち寄りのあんころ餅、落合さん持ち寄りの辛み餅、興厳房提供のきな粉餅が、お手伝い方の手際も良く配膳され、皆さんつきたてのお餅を美味しい・美味しいと召し上がっていました。

持ち寄りは他にも芦川さんのおいなりさん、原さんのおにぎり、森さんのラスクなど頂戴しました。また、折良く、興厳房に届けられら和歌山県有田のミカンも召し上がっていただきました。私からは前日4時間かけての大鍋2杯の豚汁を提供。いつもながらの平凡な味ですが感謝の気持ちでつくらせて頂きました。

皆さん思い思いに一年をふりかえっているようで、それぞれの島で語らいに花がさいた歳末懇親会でした。来年も一人でも多くの方に参加頂き、賑やかな懇親会が開かれるようにつとめて行きたいと思っています。

相武山 山主

2019年12月24日

おさめ御講を奉修

12月13日と15日(日)の両日、「おさめ御講」を奉修。令和元年最後の宗祖報恩講を執り行いました。毎月13日、宗祖のご命日忌に執り行う御講は、当山にとって毎月の行事の中心となるもので開創以来大切にしてまいりました。時には参詣者の便宜の上から日曜日に執り行うこともありますが、いずれも宗祖への報恩感謝が基本となっています。

仏祖三宝尊への献膳から法華経要品の読誦、南無妙法蓮華経の唱題をもって仏恩報謝申し上げ、その後、宗祖の御書(御遺文)を拝読しての法話。参詣者一同、末法の法華経の行者である日蓮大聖人へ感謝の誠をささげ、その教えを学び信仰を深める法会です。

12月はその年の最後の月ですから、古来、12月の御講をおさめ御講と称してきました。現在、毎月の御講には15名~40名くらいの方々が参詣されていますが、法華経と日蓮大聖人の教えを信仰する門弟としては、これからも御講を大切に執り行い、より多くの檀信徒の方々にご参詣頂きたいと願っています。

おさめの御講では懇ろに御報恩謝徳申し上げた後、持妙尼御前御返事を拝読しての法話。この御書は建治二年五月、持妙尼から身延の大聖人に届けられた御供養に対しての返書です。その概要は『御供養の志は亡き夫への追善の思いからであろうから、亡夫もさぞ喜ばれているであろう。故入道は娑婆世界に残してきた幼子を気にかけているだろうから、墓前にてお題目を唱えたならば、妙の一字が上行菩薩・不軽菩薩となって娑婆のすがたを伝えてくれるであろうと述べられ、妙の一字は一切の功徳を文字とした如意宝珠である』となります。

持妙尼とは駿河国富士郡賀島荘(静岡県富士市加島町)に住した高橋六郎兵衛入道の後家。河合入道(西山入道)の娘。日興上人の叔母にあたる方です。高橋六郎兵衛入道は建治元年七月頃重病にかかり、同年末に逝去。日興上人筆写の「御筆集」から、妙心尼、持妙尼、窪尼は同人の別称であることがわかっています。持妙尼は身延山の宗祖に間断なく食物を中心とした御供養をお届けになり、数多くの礼状を頂戴していることもお伝えしました。

御書では持妙尼が亡夫高橋入道を想うこころに寄り添われ、また、娑婆に残してきた妻と幼子を恋しく想われているであろう高橋入道の心に分け入って、慈愛あふれる言葉がつづられています。その上で、持妙尼が唱えられる南無妙法蓮華経のお題目の功徳を説かれ、さらに、天台大師の言葉を引かれて、「この経を受持すれば仏身を持つ者」「法華経の一々の文々は皆正身の仏であるから、この説法にあずかる者は皆成仏する」と示されています。

結びには「妙の字は仏さまであり、天地すべての功徳を集め合わせたもの」「如意宝珠のように一切の功徳をふくむもの」と述べ、南無妙法蓮華経の甚大な功徳を明かされています。

以上の内容を申し上げておさめ御講の法話といたしました。明年も檀信徒の皆さまと倶に充実した御講を執り行いたいと願っています。

相武山 山主

2019年12月23日

氷雨の鎌倉歴史散策

12月7日(土)、氷雨のなか「鎌倉歴史散策の会」を開催しました。ご案内の酒井さんはじめ総勢16名は9:30に鎌倉駅西口に集合。今年のテーマは「名越を中心に日蓮大聖人の草庵跡を訪ねて」でした。はじめに鎌倉のメインストリート若宮大路の「段葛」の前で酒井さんが段葛と今回の散策コースを説明。その後、幕府が置かれた宇都宮辻子幕府跡から若宮幕府跡を訪ね、その途次に鎌倉時代の将軍や執権などの動きについても解説頂いた。

その後、若宮大路の東側を並行する小町大路を名越に向かって散策。途中、鍋かむり日親ゆかりの妙隆寺、宗祖の辻説法跡の碑が立つ伝説の地を巡り、滑川にかかる琴弾橋から名越の旧道へ。古道を比企谷に進み比企一族と大学三郎ゆかりの妙本寺山門に到着。門前で比企一族の話をうかがってぼた餅伝説をつたえる常栄寺へ。その後、北条政子ゆかりの安養院の裏手を歩いて佐竹屋敷跡と伝える大寶寺を見学。

名越は旧地名で現在は鎌倉市大町となっています。この名越とよばれる地域に日蓮大聖人は「松葉が谷の草庵」を結んで居たと伝えられ、現在、妙法寺、安国論寺、長勝寺の三ヶ寺が草庵跡と称しています。私たちはかつて何回か見学した妙法寺と安国論寺の門前を通り、長勝寺の境内を抜けて材木座に向かいました。若宮大路から小町大路にかかる地域は武家の居住する地域であったようで、名越から浜に向かう地域は浜地とよばれ、庶民が住み商業地となっていたようです。前述の通り、現在、宗祖の辻説法跡は小町大路に在りますが、材木座などの浜地で辻説法がなされていたという伝承もあります。

私たちは松葉ケ谷の草庵跡から浜地に向かって古道を進み材木座へ。はじめに六老僧の一人日昭上人ゆかりの実相寺。この寺院は工藤祐経の屋敷跡といわれ、濱門流(日昭門流)発祥の寺院。宗祖ご在世には濱土法華堂として存在していたようです。次に宗祖伊豆流罪のゆかりを伝える妙長寺を見学して、松葉ケ谷草庵跡の伝説がある妙法寺と寺号を交換したという啓運寺を訪ねました。続いて、源氏の氏神である石清水八幡宮を勧請した元八幡を見学。元八幡にほど近い辻の薬師堂と辻の本興寺は、浜地での宗祖辻説法伝説をつたえる遺跡。私たちは往時の宗祖の弘通をお偲びしました。

その後、魚町橋や逆川橋の説明から鎌倉時代の庶民の生活と鎌倉の地勢について解説して頂き、小町大路の旧道にもどり本覚寺山門前の戎堂橋へ。ここで夷堂の歴史と宗祖の佐渡赦免後のいわれを説明頂きました。散策の最終見学地は蛭子(ひるこ)神社。全国に在る蛭子神社のいわれと夷堂と宗祖の関係についての話を頂きました。

肌寒く氷雨と呼ぶのがふさわしい天候でしたが、鎌倉の歴史と日蓮大聖人の御遺跡を親しく学び、とても有意義な散策を楽しむことができました。参加者一同、ご案内頂いた酒井さんに御礼を申し上げて午後1時過ぎに散会しました。

相武山 山主

 

2019年12月20日