相武山 妙法院のブログです。
12月14日のおさめ御講の法話では、「法華経の心を伝えるために妙法蓮華経方便品第二の末文」、「日蓮大聖人の求道と弘通の覚悟を学ぶために開目抄」を準備しました。方便品の末文は短い御経ですが、奥が深く法華信仰者の励みとなる内容です。現代社会に生きる私たちにとってどのように受容するべきかとの所見をお話ししていると法話の時間が一杯になってしまい、開目抄に述べられた宗祖の御心についてはまたの機会とさせて頂きました。
方便品末文の原文は前回にお示ししました。
法話ではできるだけ身近な話題に引き寄せて、『五つの濁りが満ちあふれているこの悪世において、ただ多くの欲望だけに強く執着する者たちは、ついぞ仏に成る道を求めようとはしない』こと。
『未来の世の悪人は、仏が一仏乗の教えを説かれるのを聞いても、迷いの心を起こしてしまい、それを信受せず、かえってその法を誹謗して、悪道に堕ちてしまうだろう』こと。
しかし『その罪を恥じて身心が清らかになり、仏に成る道を求める者があるならば、そのような人たちのために、広く一仏乗の教えを讃嘆するのである』ことを解説。
その上で、釈尊が『舎利弗よ、必ず知れ。仏たちは、このように数えきれない多くの巧みな教化の手段を用いて、それぞれの人びとにふさわしいように法を説かれる。それを学び習わない者は、ついにその手段の意味を、理解することはできない』と述べたことを説明。
その後に『そなたたちは、すでに多くの世間の指導者である仏たちの、この巧みな教化の手段がいかなるものか、知っている。それゆえ、多くの疑惑を持たず、心に大いなる歓喜が生ずれば、必ずや仏に成ることができるに違いない、と知れ』と説かれていることを解説。
日蓮大聖人の教えを信受し、妙法院のおさめ御講に参詣される方々はまさに『多くの疑惑を持たず、心に大いなる歓喜を持つ仏弟子』であり、仏道精進を怠らなければ成仏という揺るぎないまことの安らぎを得ることができるとお伝えしました。
《詳細は相武山だよりのウェブ動画をご覧ください》
相武山 山主
2025年12月27日