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相武山 妙法寺 ブログ

コロナ禍を機縁として

昨春からのコロナ禍のために全国の仏教寺院は大きな影響を蒙り、我が国でもワクチン接種が徐々に進んでいるとはいえ、現在までに通常の信仰活動を取り戻している寺院はほとんどありません。当妙法院でも昨春から各法要行事は自粛や中止を余儀なくされ、二年目のマスク着用の夏を迎えようとしています。

【信仰と儀式の執行】
寺院にとって各法要行事は「肉眼では見えない教えと信仰を仮にかたちに顕すもの」であり、その執行によって僧俗は己れの信行を深めています。また、その執行を通して教えと信仰を護持伝承していることにもなります。したがってその自粛と中止は仏教徒にとって大きなダメージとなったことは言を俟ちません。

ときに「仏教は信仰者一人ひとりの魂の救済が目的、ひたすら教えに沿って心を磨くことに専念すれば良い」「信仰の場に集って互いに啓発しなくても信仰を護り深めることはできる」「所詮は心の持ち方・・・」等の声を聞きます。そのような考えも一概に間違いというわけではありませんが、古今東西の宗教が寺院や教会などの宗教施設を調え、儀式の執行を通してその教えと信仰を伝えてきたことは事実です。踏み込んでいえば各宗教における儀式はその教えと信仰を護持する基盤ともいえるでしょう。基盤なのですから此処を毀損すればその存在も危うくなるということになります。

宗教は保守的な存在の代表のようにいわれ、頑固一徹と思われがちですが、これまでの歴史を振り返ってみればさまざまな変化がありました。けっして唯我独尊という姿勢ばかりで振る舞ってきたわけではありません。もちろん歴史的には権威主義の象徴として折々にその傲慢さや横暴さが批判されていますから、その変化は内外からの批判の所産ともいえますが、変化を重ねて現在に至っていることは事実で、何ごとにもいえることですが、存在するためには変化を受容し、変化を活かして行く智慧と勇気が必要であることを教えているように思います。

有史以来、宗教には必ず儀式が存在し、儀式には何らかの宗教性がうかがえますから、宗教と儀式の関係は密接不可分ともいえます。その強い関係性から見れば「宗教は儀式を求め、儀式には宗教性が求められている」ともいえるでしょう。
儀式が宗教のすべてではありませんから、儀式の盛衰がそのまま宗教の盛衰と断定することはできませんが、儀式執行の有無が宗教や信仰に大きな影響を与えることは事実です。その視点から今回のコロナ禍は当妙法院ばかりでなく、日本の仏教教団から世界の宗教教団に至るまで大きな打撃を与えたことが想像できます。

【コロナ禍を機縁として】
仏教では「此の世界は諸行無常。いつ何が起きるかわからない、いつ何が起きても不思議ではない」と説かれています。したがって今回のように新型コロナウイルスのパンデミックによって、信仰活動を自粛したり中止するということも当然起こり得ることと観なければなりません。
誰もが不慮の事態に遭遇してうろたえることは当然ですが、真理の永遠性を信ずる信仰者はこのような時にこそ、その信仰心を深めて平常心をすみやかに取り戻し、混乱と沈鬱から心を隔離することが大切です。また、起こるべくして起こった事態であると認識して提示された課題に向き合い、その課題を通して次の展望を拓いて行くことが求められていると思うのです。

前述のとおり、儀式行事の執行はあらゆる宗教の基盤ですから、その執行ができないということは深刻な事態といえます。しかし、仏教の長い歴史をひもとけば常に課題を乗り越えて現在にその教えと信仰が護り伝えられています。したがって私は今回のコロナ禍も「現在のような信仰と活動で良いのか・・・」との問いかけのように思えるのです。

日蓮の門下僧俗は機根の低い末法の荒凡夫であることを自覚していますから、常に仏縁を大切にして自らの信仰の涵養をはかっています。その仏縁の基本は法華経の道場たる菩提寺とのご縁となります。
当山檀信徒の皆さんはご信心の篤い方が多く、一日の御経日や十三日の宗祖報恩講、日曜法話会などの月例行事に参詣される方も少なくありません。また、新春初勤行会や春秋の彼岸会、盂蘭盆会、日蓮大聖人御会式などの年間行事に参詣される方もかなり居られます。
それぞれ菩提寺に詣でるためには、参詣の志を立て、時間をつくり、身なりなどを調えて妙法院に足を一歩踏み出します。菩提寺参詣と一口にいっても信仰心がなければできない振る舞いであり、その姿にはさまざまな仏道の功徳が積まれているのです。

仏道の修行を自粛しなければならないことは実に残念なことですが、参詣を規制されたことによって、この一年半ほど檀信徒の皆さまも、思うような参詣はできなくても、どうしたら仏法の護持に寄与できるかと思案され、各自それぞれに信仰を磨いて護持に努められてきました。

妙法院としても相武山だより「不染」の充実をはかると倶に、檀信徒限定ですが今春からウエブとDVDで法話を配信しています。今までも高齢や身体的障害、遠隔地のためなどによって仏法聴聞できない方々が居られました。そのためインターネットなどの活用は私も視野に入っていたのですが、初めての試みはきっかけがなければ決断ができにくいものです。
今回はコロナ禍を乗り越えて仏法の護持と弘通に資するという姿勢で制作配信することにしました。すでに3月から5月までの月例御講と日曜法話会の法話を配信していますが、これもコロナ禍による機縁といえるでしょう。
いつの時代も仏法を護り伝えることは容易なことではありませんでした。この時代に仏法と結縁した私たちもあらゆることを仏道の機縁と考えて精進したいものです。

相武山 山主

2021年06月26日