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相武山 妙法寺 ブログ

有り難いを知る(感謝のなかみ)

今月の日曜法話会は11日。前日まで台風14号の影響が心配されましたが、当日の関東上陸は避けられ伊豆諸島の方に南下したために青空も広がる天気になりました。当初は雨の予報でしたから参加者も少ないと思っていましたが、二十数名ほどの方に参加聴聞頂きました。法話会のテーマは「有り難いを知る」。サブタイトルは「幸せを感じる人生(仏教的な幸せとは)」でした。
私たちは今ある状況が好ましいと思えば幸せを感じ、好ましくない、つらい、苦しいと思えば不幸を感じます。いつも自分の思うようになるならば、誰もが幸せを感じられるのでしょうが、ほとんどの人が理解しているように、人生はさほど自分の思うようにはなりません。しかし、たとえ思うようにならない人生であっても日々幸せを感じながら歩みたいと私たちは願っています。


幸せを感じながら人生を歩むためには「すべてに感謝をすること」とは一般常識のように語られています。さまざまな宗教や信仰の世界、自己啓発のために語られる言葉にも最も多く多用されているのは「感謝のこころを持つ」であり、ビジネス書にさえ「感謝の心が道を切り拓き、あなたを成功へと導く」とあります。感謝とは「ありがたいと思う気持ち」のこと。ありがたいという気持ちが起こることによって私たちは幸せを感じることができるのは自明の理なのです。
今月の法話会ではこの感謝の心のなかみを求めて、私たちの存在にかかわるすべてのものごとが有り難いことであることを学びました。はじめに「幸せとは?」との問いです。一般的には熟慮することなくイメージが先行していて、置かれている環境や一時的条件などをもって遇・不遇を幸・不幸と誤解しやすいことを指摘。
一般的に「これがあれば、あれがあれば、こうなれば、こうだったら・・・」という「たら・れば」がよく語られますが、幸せと思われる環境や条件だけを語っても意味はありません。その例として、「お金があっても幸せではない人がいる。健康でも幸せではない人がいる。家族がいても幸せではない人がいる。学歴が高くても幸せではない人がいる。会社で出世しても幸せではない人がいる。容姿端麗でも幸せではない人がいる。事業が成功しても幸せではない人がいる。社会的地位があっても幸せではない人がいる。・・・」のが事実。同じ環境や条件であっても、ある人は幸せと考え、ある人は不幸と感じているのです。

幸せを感じるというのは感性そのものであり、それも刹那的・一時的・流動的なものではあまりに儚く、環境や条件などに左右されない普遍的価値に裏打ちされた感性でなければ残念です。また、幸せを得るためには正しい知見が必要(現実直視の仏教)であり、自分自身を知る(人間の心と身体についての知識、自身の資質や性格など)こと。置かれている環境を知る(いかなる出自、いかなる家族、いかなる時代、いかなる社会に生きているか等々)こと。人生と社会を知る(限りある人生と変遷してやまない社会)ことなどが大切であることをお伝えしました。
幸せとはゆるぎない安らぎと満足を意味しており、不幸とは不安と恐れ、不平と不満とみることができます。幸せが安らぎと満足ならば、そこには必然的に「今、貴重な有り難いことが現出しているという認識と感謝の思い」が存在しています。この認識と思いが幸せの基盤となっているのです。

次に有り難い(何ごともそのようにある〈状態〉ことは難しいのに、今、その状態にあるということ)を理解するために「人間存在の不思議と奇跡」について解説。
◆人間は超有機体
「人間はヒトの細胞と細菌から成る「超有機体」であり、人体を構成する細胞の数は約37兆程度。体内に生息する細菌の細胞数は100兆を超える。体内微生物が免疫系など人体の仕組みと密接な相互作用をしている。人間とはヒトの細胞と微生物とが高度に絡み合った集合的有機体である」
◆人間の細胞は入れ替わる
「人間の細胞は入れ替わる(入れ替わらない細胞もあるが…)。組織によって細胞の入れ替わる年数が違う。入れ替わる周期(赤血球120日、骨細胞90日、肌細胞28日、胃の細胞5日、小腸の細 胞2日等々)。細胞は儚く私たちが自覚できないうちに絶えず生まれては死んでいく。ただし、生まれ変わる周期は一時ではなく、見た目には分からないレベルで総入れ替えするのが約6~7年ほど。」
◆細胞が入れ替わるのになぜ病気は治らない?
病気の人でも細胞は新しく生まれ変わるが、病気が治らないのは遺伝子そのものが損傷しているから。遺伝子が損傷していると細胞に情報がきちんと伝わらない。未完成の細胞ができてしまう。そのためにうまく修復できなくなり病気が治らない。

レジメに沿って私たちの人体が極めて複雑精緻にできている事を説明し、「人間の身体は実に不思議で壮大なもの。複雑多岐にわたる人間の身体に、それを円滑に動かす脳や神経などのソフトが精緻に作用して人間が存在している。そのうちの一つでも障害を起こせば健康な生活はたちどころに失われてしまう。人間の生命存在そのものが実に貴重で有り難いものとの認識が大切。」であることをお伝えしました。
有り難いと理解して感謝の対象とするのは自身の身体ばかりではありません。この世に生命を与えてくれた両親はじめ数えきれぬ祖先たち。人生にとってかけがえのない存在である家族や友人たち。人生を歩むためにさまざまなことを教えてくれた教師や先達。そのどれもが有り難い存在なのです。
また、すべてを自分だけでまかない誰にもお世話になっていないという人は存在しません。生きるための衣食住の環境すべては他者による提供なのです。皆多くの人々のお世話になっているのですから、すべての人々への感謝を忘れてはいけないのです。

家族がいること、友人がいること、知人がいること、学べること、働くことができること、いずれも当たり前のことではありません。実に有り難いことなのです。
また、天地自然の恵みによって私たち一人ひとりは生かされています。地球のめぐみばかりでなく、月のめぐみ、太陽のめぐみ、宇宙のめぐみ、さらにはそれらのすべてが円滑にはこぶ妙法のはたらきによって生かされているのです。天地自然の運行や宇宙の営みが円滑さを失えば私たちの生命ははかなく絶えざるを得ないのです。そのように思いをはせることができれば一日一日の命がいかに貴重なものであるかがわかります。
むすびには釈尊のことば
「『われらはこの世において死ぬはずのものである』と覚悟をしよう。このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知れば争いはしずまる」[ダンマパダ]
日蓮聖人のことば
「命と申す物は一身第一の珍宝なり。一日なりともこれをのぶるならば千万両の金にもすぎたり」[可延定業御書]を紹介し、10月度の日曜法話会は終了。
11月15日は今年最後の日曜法話会です。
皆さまのご参加をお待ちしています。

相武山 山主

 

2020年10月29日