相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

優れた自然の営み

当山周辺では今年の彼岸花の開花が去年より一週間以上早かった気がします。暑さ寒さも彼岸までなどと言われますが、ここ数年秋の彼岸の頃でも厳しい暑さが続いていました。その影響なのか近年は、お彼岸に入ってから彼岸花がチラホラと咲き始めていたのですが、今年はお彼岸の少し前から曼珠沙華といわれる華麗な姿を見せていました。

そういえば8月の末頃から猛暑を意識することはなく、9月に入ってからも秋らしい気候でしたから、寒さが早く来るのかなと察した彼岸花が早めに開花したのではないかと思います。そういえば本堂南側の桜も墓苑西側の桜も例年より早くその葉を散らせ始めています。私たち現代人は自然の移り変わりを予知する力が、昔の人たちよりもかなり弱っているといわれることがありますが、それに対して草木は天地のはたらきをよく知っているようです。草木の振る舞いを観ていると今年は寒さも早いのかもしれません。優れた自然の営みに感心しながら、鈍くなりがちな己れの自然感知力に注意したいと思いました。

お彼岸に入った翌日の21日は今年9回目の日曜法話会でした。秋空の広がる中、今月も初めての方の参加聴聞を頂き、皆さんと一緒に学びの時を持ちました。今月のテーマは前月積み残しになった「終活(しゅうかつ)に思う」です。前段の「世相(せそう)」では広島市北部地区の土砂災害についてお話をしました。8/20未明の土砂崩れで広島市安佐南区では74名の方が犠牲となられ多くの被災者が出ました。この大災害はもちろん自然災害ですが、環境を十分考慮することなく宅地開発を行った人災の側面があることも事実です。これから災害の実体が種々に検証され、その原因も明らかとなって行くことでしょう。次に同様のの悲惨な災害が起こらないよう、しっかりと検証し長く教訓として行くことが、犠牲者へのせめてもの供養になると思います。

また、この災害では旧地名のいわれも報じられました。昔からの地名にはさまざまな意味や教訓が込められているということがいわれています。安佐南区八木三丁目にも伝説ということわりつきですが、かつて「蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)」と呼ばれていたそうです。古来、雨は龍のしわざといわれていますが、龍を蛇に見立てて水害の起こる可能性を伝えていたのでしょう。その後、蛇落地悪谷は語感が悪いと思われたのか「上楽地芦屋」と改め、近年では八木三丁目になったということでした。今になって地形をみれば素人目うなずける地名です。古いものも大切にしなければならないことをまた一つ知りました。

法話会のテーマ「終活に思う」では、先ず始めに近年使われるようになてきた終活の意味について、「自らの人生の終焉(老・病・死)を認めて、今生の整理を行い、後事を誰に託すかを検討すること」「残された人生をより良く生きるため、葬儀式やお墓、遺言や遺産相続などを元気なうちに考えて準備すること」「信仰的(宗教性)思いなどから、ことに来世(仏国、天国、楽園)の安穏を願って行う準備のこと」であることを解説。その上で、老や病や死を「縁起でもない」といって忌み嫌う誤った風潮が戒められ、仏教に説かれるように「生老病死を直視する」考えが受容されるようになってきた現代。自らの希望を後事を託す者に伝えたり、できれば「エンディングノート」などのように明確に文章化することが望ましいことをお伝えしました。

また、なぜ終活が必要かという問いを起こし、「老いや病いが進んでから事故や死について考えることは難しいので、心身共に健康なときに考えておくのが良い」「家族や親族の扶助、地域の助け合いが希薄になった現代。自らの意思を明らかにすることが遺された人々の混乱を回避する」「核家族化が進み、信仰心も希薄になってきたため、葬儀式やお墓や供養の作法などについて事前に準備をする」との理由も説明しました。その上で、葬儀や法事、埋葬や供養など具体的なお話をいたしました。

結びには「終活が賢明な道であること。終活は何回検討しても良いので元気なうちに始めること。終活しながら人生と社会を考え、自分の残された時間を有意義に用いるように努めること」をお勧めしました。

次回の日曜法話会は10月19日(日)午前11時から、テーマは「あるがままに生きる」です。皆さまの参加ご聴聞をお待ちしています。

相武山 山主

2014年09月29日

初秋の花ばたけ

秋らしい風のなか、久しぶりに追分市民の森のお花ばたけを愉しんできました。花ばたけまでは当山から南西に歩いて5~6分ほどですが、当山の境内の北側がすでに市民の森です。また墓苑脇の階段を下りて行けば目の前の休耕田や田んぼも市民の森エリアとなっています。街中から見える方が異口同音に「此処が横浜ですか・・・、まるで里山ですよね・・・」と当山の環境を愛でられますが、都市では得がたい自然には感謝をしています。
花畑に向かって歩いていると田んぼの稲がすっかり黄金色、刈り入れを待つばかりでした。そういえばスーパーにはもう新米が並んでいます。田んぼのあぜ道には色鮮やかな彼岸花がもう咲いていました。お花ばたけに行くと先月まで花ばたけ一面に「夏・夏・夏・・・」と表現していたヒマワリは刈り取られていましたが、百日草はまだ咲き誇っていました。百日草はその名の通り長く私たちを楽しませてくれる花です。その花に黒揚羽が留まっているのを見つけ、運良くシャッターチャンスを得ました。

そしてコスモスが準備万端。そこかしこでチラホラと咲き始めていますが、あと1週間もすればコスモスがお花ばたけの主役です。秋らしい風情で散策にみえる人々を喜ばせることでしょう。秋のお彼岸も間近です。彼岸会にお参りされる方は、時間に余裕を持ってお花ばたけを楽しまれてはいかがでしょう。

さて、今年も宗祖日蓮大聖人のお会式(おえしき)を迎えます。当山では11月1日(土)午後6時からお逮夜法要、翌11月2日(日)午後2時からご正当法要を奉修いたします。お会式は弘安5年10月13日、日蓮大聖人のご入滅を拝して、日蓮門下すべての寺院で執り行われます。ことに法華経の行者である日蓮大聖人を末法の仏と拝する本宗では、御仏(みほとけ)大聖人さまが常にこの世におられて妙法を説かれ、私たち衆生を導いてくださることに報恩感謝申し上げる最も大切な法要です。お会式では参詣僧俗が昨年からの自らの信行を振り返り、本宗の教えを確認すると倶に信行精進を誓願いたします。大切な法要ですのでご家族法友誘い合わせてご参詣ください。

そのお会式では御宝前を桜の花で荘厳申し上げます。いつも有志の方々でお花を作っていますが、今年も13日(土)月例のご報恩御講の前後に作業を行いました。来る秋季彼岸法要(9/21&9/23)の後にもお花作りをいたしますので、参加できる方はご協力をお願いします。
相武山 山主

2014年09月16日

ご入仏式

この夏、川崎市の芦川さんご一家が川崎区から多摩区に転居され、9月8日、入仏式(にゅうぶつしき)を執り行いました。引っ越しは先月の初旬、暑い時期でもありお世話をされているお母様とその姉妹の方々もご一緒でしたからさぞ大変だったことでしょう。

芦川さんは転居を機にご本尊様を「表具直し」され、お仏壇も新調されました。法華経と日蓮大聖人へのご信心を大切にされるご一家の志がかたちに現れたものです。日蓮門下のご本尊は宗祖所顕の十界曼荼羅本尊ですから、ご本尊といえども紙幅であれば当然劣化してまいります。そこで汚れを落とし表具を新たにしつらえるのが「染み抜き・表具直し」です。また本宗では、お仏壇を新調された場合や、転居などの折にはご本尊様の御安置が新たになりますから、志のある方は僧侶を迎えて「入仏式」を執り行い信仰の節目としています。

そもそも仏壇を安置するということは、御仏(みほとけ)の教えを信じてご本尊様(仏さま)を我が家に迎えるということで、「仏法を信仰してその教えを人生に活かして行こう。御仏に朝夕祈りをささげ、家族の無事と安泰を願い、ご先祖有縁精霊への追善供養を大切にしよう。」という思いが実を結んだものです。もう少し踏み込めば「自分自身の心をみつめる浄らかな世界を持った」ということにもなります。

芦川さんご夫妻には今回人生の転機にあたり、ご信心を中心にさまざまな工夫を凝らし、諸事万端に配慮されました。それはご家族の生活が快適で利便性があることを望みながら、法華経への信仰も大切にされたものでした。幸いなことにお母様の姉妹の世界にもご本尊様がご安置されましたから、これからはお題目の尊い声が上下二世帯に厳かに流れることでしょう。

川崎区の芦川さんのお宅では長らく宅御講を開かせて頂いていました。宅御講は「信徒宅においての宗祖御報恩講」という意味です。読経唱題の後に御書のお話を申し上げ、その後は質疑応答から懇談へと移り、交流と親睦をはかる機会となっています。川崎区では30数年前から下条さんのお宅で宅御講を開かせて頂いていましたが、15年ほど前から芦川さんのお宅に移っていました。芦川さんを当山に紹介されたのは、現在札幌にお住まいの松本悦子さんです。松本さんは昭和57年頃ご縁があって当山の信徒となられ、その折りに元同級生であった芦川さんを導かれました。芦川さんご夫妻とは以来30数年ご一緒に信行に努めています。

心根が優しく何ごとにもまじめなご夫妻は、ご信心も本当に大切にされ、お寺の法要や諸行事へもご家族で参詣に努め、講中世話人としても種々ご協力頂いています。お虫払法要の砌りにチターの演奏会を内藤先生に開いて頂いていますが、先生への導きを頂いたのも芦川さんでした。新調されたお仏壇に立派に表具されたご本尊様を御安置申し上げ、ご一家皆さまのご健勝とご活躍をお祈り申し上げた次第です。

相武山 山主

2014年09月12日

雑草20袋の収穫

8月下旬は曇り空と雨空が続き、あれほど暑かった関東地方の夏が嘘のようでした。わたる風も秋そのものです。8月31日(日)は檀信徒の皆さんとこの夏最後の草取りでした。行事案内では午前10時からとお知らせしていましたが、予定よりも30分も前から作業に入られる方もおられました。川脇さん、森さん、小出さん、阿部さん、久保さん、奥田さん、芦川さん(4)ご一家、新倉さん(3)ご兄弟、安西さん、落合さん、熊木さん、辻本さん、秋山さん、阿部さん(2)ご夫妻、中澤さん(2)、それぞれお忙しいなかご協力頂き本当にありがとうございました。お陰様で境内と参道そして駐車場の雑草を70リットルのゴミ袋20袋分を収穫することができました。

梅雨明けから秋まで草取りはいつも迫られるお寺の課題です。境内が狭ければ狭い故の思いが生じ、広ければ広い故の思いが生じるものです。私はいつも「何ごとにもプラスがあればマイナスがあり、マイナスがあればプラスがあります」とお話させて頂いていますが、人生では何ごともプラスとマイナスの一方に流れがち、思いがちですが、それは理解が浅いということ。うれしいことや楽しいことがあれば、その裏には辛いことや悲しいことが秘められていたり、辛いことや悲しいことがあればその裏には喜びやおもしろさへの道が拓かれているものです。ただ、気づくか気づかないかの違いであり、各人の心の持ち方の相違によるものです。

草取りの後は11時過ぎから「仏事の心得」の解説でした。はじめに先週お盆明けに入った1本の電話からのお話をご紹介(前回ブログにアップ)。

仏教や信仰、そして仏事に関心や興味があってもふれることも学ぶことも機会がなければ知ることができません。少し前の時代なら両親や親族や地域の方が「このようにやるんだよ、このような意味があるんだよ」と教えてくれたことも、価値観の多様化や核家族化が進んだ今の時代では、教えて下さる方もあまりおりません。さらに、私たちの人間性に大きな影響を与えている「歴史や伝統、文化や習俗」についても尊重することが希薄で、気分や感情で軽く判断することが多いことも残念なことです。また、お寺や僧侶に相談したくてもその敷居が高く感じられているようです。当事者となる私たちも大いに反省しなければならないと思います。

「仏事の心得」の解説では始めに『家庭の仏事』。家庭に安置される仏壇の在り方やその意味とお給仕の作法。次に『一般的な仏事諸相』として、死者とご先祖に関わる仏事(葬儀・法事・墓所・埋葬・お盆・追善供養など)と、生者に関わる仏事(初参り・七五三祝詣り・地鎮祭・結婚式・当病平癒・厄年祈念・学業成就・交通安全・開業祈念・現当二世など)について解説をいたしました。続いて『なぜ仏事を行うのか』と題して解説。「仏事は尊崇する仏教の教えと信仰を明らかにし、人生の節目を意義あるものとする」ことを中心に種々説明をしました。その後、『仏事についての疑問と不安』『仏事を営むにあたって』『仏事の経費について』『葬儀式について』など、レジュメに沿って丁寧に説明させて頂きました。わかっているようでよく理解できていない「仏事」。これからも機会を設けて説明し、仏事の大切さと営む喜びを伝えて行きたいと思います。

仏事の心得の後は「暑気払い」です。暑さもおさまっていて暑気という感じではありませんでしたが、草取りと仏事解説聴聞の疲れを癒やしました。参加者皆んなでバーベキュー、食材を焼きながらあちらこちらで談笑の輪ができていました。

皆さん本当にご苦労様でした。

相武山 山主

2014年09月08日

一本の電話から

月遅れのお盆も明けた頃、南希望が丘にお住まいの方から突然一本の電話を頂きました。お話を聞けば、理由があって別れることになった奥さんが昨年9月に51才で亡くなり、間もなく一周忌を迎えることになって、奥さんの実家では葬儀や供養をしていないようなので、「お寺で供養をしてもらいたい。法名(戒名)も頂いていないから頂けないか」というものでした。

電話ではよくわかりませんので、お出で頂いてお話と希望をうかがいました。いろいろな事情があったようですが、ご本人が故人に寄せる思いはひしひしと伝わってきました。本人も体調が優れず生活も大変ということでしたが、当山の信行と化儀作法に則(のっと)ることを前提に希望をお受けして、8月28日に一周忌の法要を当山で執り行うこととし、追善供養の意味と法要の流れ、ご供養や供物について説明をしました。

当日は御供養を携えてお母さんとお二人でお見えになりました。ご本尊様へのお供えと故人のためのお供えを用意されていましたので、それぞれお供えし、本堂の精霊壇に法名を認めた白木の位牌を安置、お塔婆を建立して一周忌を営みました。読経をはじめる前にはお数珠とお経本をお渡しし、これから行う供養について簡略に説明。お二人とも数珠をかけ、法華経の要品に目を通し、お題目を唱えて真剣に冥福を祈っておられました。

法要後には「人生のさまざまな絆を大切に思い、縁(えにし)深い方のためには生きている時も、来世に旅立つ時にも、その安らぎを祈ることは人の道に適う尊いこと。仏教では祈りの大切さを教えています。祈りそのものは目には見えないものですが、私たちの想像を超えた大きな心のはたらきであり力をもっています。祈る人と祈られる人とに大きな影響を与えるものですから、祈りを大切にして頂きたい。思いというものは言葉やかたち、振る舞いに現わしてはじめて通じるもの。故人を大事に思う愛情を法要という仏事に示されたのですから、仏さまもご覧になられ、故人にもきっと通じていることでしょう。思いもかけないお二人の供養に感謝されているのではないでしょうか。読み上げた法華経にはさまざまな尊い教えがたくさん含まれており、南無妙法蓮華経のお題目にもすばらしい人生の宝がこめられていますから、今回の追善供養をご縁として仏教にも親しんで頂きたい。そして人生には限りがありますから故人のためにも一日一日の人生を大切にしてください」と追善の一言法話を申し上げました。

40代の施主の方は、法要から法話にかけて目頭に涙を浮かべながら故人を偲んでいましたが、法要終了後は追善供養ができたことを大変喜ばれ、「これから自宅でどうやってお参りしたら良いんですか。お彼岸やお盆などにお寺にお参りに来ても良いんですか。・・・・・等々」尋ねていかれました。お数珠とお経本、そして小さなお厨子を差し上げましたから、いつの日か発心されて仏道を歩まれることを祈っております。

この夏は他にも仏事のご相談をお受けしました。現代は核家族化が進んだことやライフスタイルの変化、信仰の希薄化や価値観の多様性によって、仏事の作法や心得を学ぶ機会がないことによるのでしょう。昔であれば両親や祖父母、親戚や地域の人に教えてもらえたことが今はできなくなってきたようです。また。お寺や僧侶にご縁がない方も多く、近くにお寺はあってもその敷居が高くて気軽に相談できないという事情もあるのではないでしょうか。当山ではホームページやタウンニュースなどで、気軽に相談にあずかることを伝えていますので、電話などでの問い合わせが寄せられています。これからも敷居の低い親しみやすいお寺をめざして行きたいと願っています。

相武山 山主

 

2014年09月03日