相武山 妙法院のブログ

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相武山 妙法寺 ブログ

全国大会と比叡山研修

今年の(宗)正信会の法華講全国大会は京都市のパルスプラザ稲盛ホールでの開催でした。毎年5月に開催される法華講全国大会は正信会僧俗代表が集い、覚醒運動の理念を確認し合いその意義を踏まえてより良い運動の進展をはかるものです。
今年も北は北海道から南は九州まで、お隣韓国からも大韓寺代表の参加を得て、無事盛大に開催されました。妙法院からも11名の法華講と興厳房と私が参加しました。大会の詳細は妙風新聞に掲載されますので此処では割愛させて頂きます。
【比叡山と伝教大師】
大会の後には1泊2日で伝教大師のご事跡研修に臨みました。伝教大師最澄は日本天台宗の開祖であり、平安仏教を切り開いて大乗戒壇を建立した日本を代表する名僧です。日蓮大聖人は青年期に比叡山に遊学され、天台法華宗の門弟として仏教の一切を修学研鑚されました。立教開宗の後も生涯伝教大師を尊崇しその教えと系譜を大切にされたのです。私たち日蓮門下にとって伝教大師は実にゆかり深く尊重すべき御先師であり、京都での全国大会を機縁としてその御事跡を研修できることは意義深いことと思い今回企画した次第です。
私自身は学生の頃から二十回ほど修学しており、信徒の方々をご案内したことも数回ありました。そこで今後のことを考慮して今回の企画は概ね興厳房に委ねました。興厳房は子供の頃に私に連れられて訪ねたことはあるのですが、すっかり記憶の彼方で、今回は企画を練るために新たに調べ直し、事前に研修のコースとガイドを「旅のしおり」にまとめて参加者に配布しました。研修会はこのしおりを手引きに実施されました。
研修には北海道札幌市の行足寺川田乗善師と清涼院川田仙征師、その講中の方々、妙覚院執事の松田盈尊師がご一緒されました。
【三井寺園城寺】
私たち一行は大会後、直ちに会場から貸し切りバスで大津市の三井寺に向かいました。三井寺は俗称で正式には長等山園城寺と称する天台寺門宗の総本山です。大会は曇り空でしたが三井寺に向かう頃には薄日が雲間からさすような天候となり、散策には好都合の空模様となりました。会場からは高速道路を使って約30分。車中では興厳房が三井寺について簡略に解説しましたが、突然仏教の歴史にふれても理解はおぼつかないものかもしれません。渋滞もなく予定通りに三井寺の駐車場に到着。山門となる仁王門にて集合写真を撮り、その脇にある受付で見学の手続きをすませて境内へ。まず右手にある室町初期に建築された釈迦堂、さらに奥に進んで三井寺の本堂となる国宝指定の金堂、その西側には三井の晩鐘で有名な鐘楼を見学、ここで鐘を一つき、境内にゴ~ンと梵音を響かせました。その後、高麗版一切経を納めた重文指定の一切経蔵、さらに三井寺開祖智証大師円珍のご廟所である唐院などを見学して、琵琶湖を望む観音堂へ。
三井寺境内の見学はほぼ平坦な道でしたが此処は坂を上ります。しかし、上りきると眺望が一気に広がり眼下に琵琶湖が見渡すことができました。苦労の後に喜びが来るように汗をかいた後には観光のご褒美を感じました。三井寺見学はここで終了。
三井寺は比叡山と同じ天台宗であり第五代の天台座主を務めた円珍を開祖とする寺院ですが、残念ながら比叡山延暦寺とは永く争う関係にありました。兵乱に巻き込まれた時代もありましたから、今日までその伽藍や経典類や教えを護持してくることは容易ではなかったと思います。しかし、三井寺は他の古刹・名刹同様、時の権力者や地方有力者などから厚い庇護を受けてきましたから、境内の景観や伽藍の豪壮さは現代の庶民が建立した寺院とは比較になりません。歴史の一コマに思いを馳せながら三井寺を後にして宿の雄琴温泉に向かいました。
【比叡山延暦寺】
【宗祖ゆかりの横川】
宿所を8時30分に出発。比叡山に向かうバスの車中では興厳房から伝教大師と比叡山についての説明をうけました。延暦寺は比叡山全体を寺域としていますが、現在の延暦寺は東塔・西塔・横川の三地域に伽藍が点在しています。今回は雄琴温泉からの研修ですので横川からのコースをとりました。順調に9時前には横川の駐車場に到着。受付所の前で妙覚院執事の松田盈尊師から横川境域の説明を受けました。
横川は第三代天台座主慈覚大師円仁によって開かれ、横川の本堂である中堂を中心に伽藍が配置されています。横川は日本浄土教の基礎を築いた恵心僧都源信の旧跡、日本曹洞宗の開祖道元禅師得度の地、そして日蓮大聖人修学の地として知られている境域です。宗祖の遺跡を伝える定光院までの道は近年整備されましたが、約20分ほどの山道を下らなければなりません。下るということは上って帰って来ることを意味しますから、各自の体力と体調が問題となります。それでも研修が始まったばかりで体力もありますから参加者多数が定光院に向かいました。途中の比叡山行院では修行僧の読経の声にふれ、此処が修行の世界であることを再認識しました。
横川は比叡山の東の端にありますが、宗祖のゆかりを伝える定光院はさらに奥まったところに在ります。定光院は私も若いときから幾たびか訪ねている宗祖伝説の地ですが、本堂が新築されるなど年々に整備されているのがわかります。管理主任の僧侶に挨拶をしましたら本堂に案内され、宗祖と定光院について簡単な解説を頂きました。丁寧な対応に感謝した次第です。帰途につく前には杉木立に向かって行足寺さんの唱導でお題目を三唱し宗祖をお偲びしました。帰りは上りの坂道、皆さんけっして若くはありませんから励まし合いながら駐車場にもどりました。
【静寂の西塔】
横川から西塔まではバスでの移動。横川で少し見学時間をオーバーしましたので、西塔の駐車場で西塔研修の時間を確認しました。西塔は第二代天台座主円澄によって開かれた境域です。少し距離はありましたが初めに伝教大師最澄がやすまれている御廟所浄土院に向かいました。何時訪ねても静寂の世界にたたずむ浄土院は趣の深い存在です。宗祖も此処に足を運ばれ伝教大師を偲ばれたことでしょう。
この日は正面の扉が開いており、年に一度の障子の入れ替えをしているところでした。作務をしている方によれば『一年で一度だけお堂の正面扉が開けられる日』ということでしたから、まさにグッドタイミング。お陰様で御宝前に掲げられている伝教大師の画像もかすかに拝見することができました。
その後、国の重文に指定されている常行三昧を修める常行堂と、法華三昧を修める法華堂を見学。続いてその奥に在って西塔の本堂にあたる釈迦堂(転法輪堂)を見学。このお堂は元三井寺の金堂でしたが、豊臣秀吉が文禄4年に西塔に移築したもので、延暦寺で現存する最古の建築物として国の重文に指定されています。
【叡山の中心東堂】
西塔から数分で東堂の駐車場へ到着。東堂は伝教大師が開かれた比叡山寺の中心境域です。全山の本堂にあたる根本中堂はその中心伽藍。バス駐車場からは時間の都合で国宝殿を通過して大講堂へ、この大講堂は比叡山の麓の坂本に在った讃仏堂を昭和39年に移築したもの。本尊は大日如来、各宗祖師の木造が安置され国の重文に指定されています。
大講堂から根本中堂へ向かいましたが、現在の中堂は徳川家光によって寛永19年(1642)に再建され、国宝に指定されています。一昨年から平成の大改修に入り工事中の見学となりました。暗闇が広がる堂内には「不滅の法灯」とよばれる灯火があり、静かで厳かな空間に座ると宗祖も此処に身を置かれていたという実感が湧いてきました。きっと身命を削られての修学修行の砌に祈りをささげられたことでしょう。
根本中堂を出た後は、中堂への山門にあたる文殊楼を見学し、小憩の後、戒壇院に向かいました。戒壇院は伝教大師の大願であった大乗戒壇の結晶です。一切衆生の救済を願われた大師の大乗戒はここで授けられました。大師の熱い思いに心を寄せながら、阿弥陀堂と東堂を見学してケーブルカーの延暦寺駅へ向かいました。距離はそれほどでもありませんでしたが、少々歩き疲れた研修者には厳しかったかもしれません。趣の在る駅舎に皆さんが集まったのは出発10分ほど前でしたが、無事にケーブルカーまでたどり着きましたので、今回の研修はほぼ達成できたかなと思いました。ケーブルカーは比叡山の急な斜面を琵琶湖に向かってすべるように下りてゆきます。わずか10分少々の乗車でしたが杉木立や比叡山の緑を楽しみながら、琵琶湖の眺望が開けるさまもあって、楽しい一時でした。
【坂本から京都へ】
予定ではケーブルカーの坂本駅から昼食を摂る鶴喜蕎麦屋までは徒歩で向かう事になっていましたが、皆さんの足の疲れから路線バスでの移動となりました。優しい運転手さんに導かれながら無事に蕎麦屋に到着。時間もほぼ予定通りでした。味に評判のあるお店ですから並んでいるお客さんもいましたが、私たちは予約してあったのでスムースに二階の和室に上げて頂き、美味しいおそばをゆっくりと堪能しました。評判通りの味に感謝しながら研修のラストコースは坂本散策です。
おそば屋さんからほど近ぐには伝教大師生誕の地生源寺。上り坂を進めば日吉大社に向かいます。石垣の積み方で有名な穴太積を見ることもできます。ここではそれぞれが思い思いに散策を楽しみました。午後3時半にはバスに乗車して坂本を後に京都駅に向かいました。4時には京都駅に到着、丁寧な運転で今回の研修会を無事にはこんで下さった運転手さんにお礼を述べ、参加者が相互に挨拶を交わして意義ある研修会は終了しました。

三井寺や比叡山は宗祖修学時の伽藍や境内そのものとはいえませんが、宗祖がご覧になられた山影や風光はほとんど変わってはいないでしょう。宗祖の息吹にふれ、伝教大師の志に思いを馳せた研修会でした。

相武山 山主

 

2018年05月31日

人権尊重の健全な社会

5月の日曜法話会は13日。この日は法話会の後に月例の宗祖御講と伊豆御難会の法要と続いてかなり多忙でした。さらに興厳房はかねてからの約束で静岡県磐田市の本妙院に重宝展観のため朝から不在でしたので、私は前日から法話会と御講のための諸準備に追われ、開催の1時間ほど前にようやく落ち着いた状態でした。それでも開催の40分ほど前から一般の参加者がお出でになり、始まる頃にはいつものように30人以上の方々に着席いただき無事に開催のはこびとなりました。

日曜法話会の趣旨を述べた後には「世相」について。今月のテーマは「財務次官の辞任」でした。4月18日、女性記者への「セクハラ発言」疑惑が取り沙汰されていた財務省の福田淳一事務次官が突然の辞任。はじめに辞任の経緯とその問題点を解説しました。その上でセクハラに対する社会の見識が問われていると考え、「セクハラ」から「ハラスメント」について、さらに「ハラスメントは人権尊重意識の欠如」であることを述べ、「人権を尊重する健全な社会」を願う意見を伝えました。

セクハラとはセクシュアル・ハラスメントの略語。性にかかわる不快な言動を意味し、一般的には男性から女性への言動を対象としますが、女性から男性に対しても、また同姓であってもセクハラは起こります。端的には相手が不快と思う性的な発言や行動をすることですが、一人ひとりの人権を尊重し男女平等社会を追求する現代においては厳しい批判の対象となっています。

また、ハラスメントはセクシュアルなものだけが対象ではなく、その種類は多様で他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることすべてに及びます。
類例をあげれば地位や人間関係などの優位性を背景とするパワーハラスメント、人格や尊厳を傷つけ、精神的にダメージを与えるモラルハラスメント、性別を理由に性格や能力を決めつけるジェンダーハラスメント、医療従事者が、患者や患者家族に対して行う心ない言動のドクターハラスメントなど多岐にわたります。
これらのハラスメントを行う人に共通しているのは、基本的人権の尊重という認識の欠如です。基本的人権とは『人間が人間らしく生活するために、生まれた時から持っている権利』であり、日本国憲法では侵すことのできない国民の権利として保障しています。

憲法には国民に平等権・自由権・社会権・参政権・受益権の五つの基本的人権が謳われています。中でも平等権は他の権利の根幹となり、男女の性別や、人種、国籍、家柄、社会的身分などで差別してはならないとし、個人相互において人間としての価値に差異はないという平等思想が貫かれています。
学ぶべきこととしては、『ハラスメントは憲法で保障している国民一人ひとりの人権を軽視する愚行でありけっして許されないことであり、私たちは相互の人権が尊重される社会こそ健全で安らぎのある世界であることを認識して、みんなで各ハラスメントの解放に努めるべきである』ことをお伝えしました。

法話会のテーマは「続・日本の仏教」(弘法大師空海とその教え)でした。法話会では昨年から継続して日本の仏教について解説しています。インドの釈尊によって開創された仏教はその普遍性に加えて寛容性のためにアジアを中心とした世界に伝播し、各地の文化や伝統、信仰や習俗を受容しながら多くの人々を救済してきました。そのために、それぞれの時代や地域によって仏教には豊かな多様性がみられます。したがって現代の日本の仏教も今日までの日本仏教の歴史をよく学ばないと理解ができません。

前回は平安仏教を開いた伝教大師最澄について学びましたが、今月は同時代の双璧とされ真言密教の宗旨を立てた弘法大師空海について学びました。天才の誉れ高く貴族など多くの人々の尊崇をあつめた空海。宝亀5年(774)讃岐(香川県)の豪族の家に誕生し、青年期に都に上って学問を修め、後に仏教僧となり、入唐して真言密教を伝え、朝廷の帰依を受けたその生涯を略述しました。弘法大師の一生を簡略に学び、その著述や真言密教については次回6月の法話会にゆずりました。これからも日本仏教の歴史をよく理解しながら、現代の人々を救済する仏教を求めて行きたいと思います。
今月の法話会はセクハラから人権尊重の大切さを学び、日本仏教に大きな足跡を残された弘法大師空海について学びました。

相武山 山主

2018年05月30日

静かにゆかり深い人を偲んで

当山は緑豊かな環境に恵まれ、その自然のすべてに私はいつも感謝の思いを向けています。ことに朝のお勤めの後には本堂正面の扉を開けてその清々しさに向き合い、感謝を言葉に出してのべています。瑞々しい新緑に満たされる初夏には尚のこと思いがつのります。樹木のみどりの色は皆同じように見えますが、実は一木一樹それぞれにちがいます。目をこらしてみますと光沢や軽重、柔らかさや風合いなど微妙に異なるのがわかります。私たち人間も百人百様ですが樹木も同様なのです。その一木一樹のあるがままの姿を愛でたいものです。

そんな風情のなか、連休明けに緑区の落合さん夫妻がお二人だけの法事で参詣されました。いつも当山の法会や行事に欠かすことなく参詣参加されているご夫妻ですが、この日は奥様のお父様と弟さん、そして娘婿になる方のご両親への年忌追善のためのお参りです。御宝前と精霊壇に供物を供え、各精霊のお塔婆を建立して法華経要品を読誦、焼香、唱題と如法にお勤めを申し上げました。
お参りの後でお二人は『実家で営んでいるかどうかわかりませんから、気になっていたので、供養ができてほっとしました。皆さんの喜んでいるお顔が浮かんできました』とうれしそうに語っていました。
ゆかり深い人の冥福を祈って追善の供養を捧げることができるのは、仏教信仰の一つの喜びであり安らぎではないかと思います。

相武山 山主

2018年05月29日

薫風のなか重宝御虫払会

爽やかな初夏の風が下川井村を吹き抜ける4月29日(日)、当山において立教開宗会と重宝御虫払会を奉修いたしました。今年の法要には静岡県磐田市の本妙院奥興正師と坂口興妙師のご臨席を賜り、約50名の檀信徒の皆さんと共に立教開宗への御報恩と妙法護持の誓願を仏祖三宝尊に申し上げました。

法要の前には私から立教開宗と御虫払の意義についてのべ法要の進行次第を説明しました。次に本妙院の奥興正師が挨拶を兼ねて本妙院所蔵重宝の解説をされて法要は開式。専心に法華経方便品と寿量品長行を読誦、自我偈は訓読させて頂き、太鼓の妙音に合わせた唱題のなか、参詣者は本堂内陣に進みご奉掲の妙法曼荼羅と宗開両祖の御影画など、当山と本妙院所蔵の重宝を親しく内拝されました。
参詣、読経、唱題それぞれが仏道の功徳を積む修行ですが、古えからの先師先達の尊い信心を観じる内拝は、仏法護持という仏教徒としての自覚を新たにさせて頂く信行でありすばらしいことです。

内拝の後は私からの挨拶で小憩となり、皆さん客殿や寂静庵、ロビーや境内で昼食を摂りました。昼食の後には法要に華を添えて頂くチターの演奏会です。演奏は今年で4回目となりますが日本チター協会会長の内藤先生の演奏です。先生は参詣者のために親しみやすく楽しめる選曲をされ、澄んだ奥行きのある演奏で聴衆を魅了されました。映画音楽のメドレーや童謡や歌謡曲など、私たちも知っている曲では先生の演奏に合わせて口ずさんでいました。途中、先生の教授を受けている芦川裕子さんの演奏に加わり、楽しい時間はあっという間に過ぎ、先生に御礼を申し上げて演奏会は終了。

その後、寿量品自我偈を読誦し唱題裡に重宝をお巻上げ奉納をさせて頂き、新緑の瑞々しい風光のなかで執り行われた法要の一切をつつがなく閉式しました。

相武山 山主

 

2018年05月01日

新緑に汗をながして

幼い頃から新緑の芽吹きは初夏と教えられていましたから、初夏は4月の末から5月の初旬という認識でしたが、近年は少し時期が早くなり4月初旬から中旬になったように思えます。それにしても今年は4月にして連日の夏日、驚くばかりです。

そんな陽射しの強い中、20日と21日に境内植栽の伐採と剪定をしました。20日は私一人でしたが、21日は境内整備のご案内をしたこともあり、12名の方が作務にご協力くださいました。境内と駐車場の草取り、墓苑周囲と駐車場のレッドロビンの剪定と処理が主な作務でした。29日に立教開宗会と御虫払法要を執り行うため、少しでも境内を清浄にしたいとの願いによるものです。菩提寺の維持管理に汗を流してご協力頂いた、辻本さん、新倉さんご兄弟、安西さん母子、森さん、久保さん、落合さんご夫妻、熊木さん、鈴木さんには篤く御礼を申し上げます。すぐに日焼けする私はたった2日の日向の作務で額がやけてしまいました。

相武山 山主

2018年04月30日

伝教大師の願文

夜来の雨も上がり新緑が瑞々しさを増した4月15日、今年4回目の日曜法話会を開催しました。前日から雨の予報でしたから参加者も少ないのではないかと思っていましたが、例月とあまり変わらない聴聞を頂きました。

はじめに開催の趣旨をのべて「世相」に入りました。世相のテーマは4月11日に発生した「警察官による発砲殺人事件」です。滋賀県彦根市の河瀬駅前交番で県警彦根署地域課の井本光(あきら)巡査部長(41)が同僚の巡査から拳銃で撃たれて死亡した事件です。事件の概要を解説し、事件を起こした19才の巡査は『厳しく注意された』と動機を供述していることを紹介。
市民の生活と社会の治安と守るべき警察官が発砲事件を起こすなどということは許されないことです。物事の分別もわからいことが多く、感情のコントロールも難しい若者による事件とはいえ実に悲しことで、犠牲者となった方の無念さとご家族の悲哀を思うと悲報にふれたみんなが辛くなります。

学ぶべきこととして、『人間の心には善悪さまざまな要素が具わっていることを認識する。
感情には一人ひとりの人生を左右する大きな力がある。感情も心のはたらきの一つ、自身の感情の動きに注意しよう。アンガーマネジメント(怒りをコントロール)が大切。怒りも自然の感情の一つ、怒り自体に善悪はない。感情などの我が心を見つめるもう一つの心を持ち、バランスを失わぬよう心がける(仏教信仰の眼)。そのためにも仏法信仰が欠かせない』との意見をお伝えしました。

今月のテーマは『続・日本の仏教』について。インドの釈尊によって開創された仏教ですが、その寛容性と多様性によって世界宗教となったこと、また、日本の仏教は日本的仏教であることの認識が大切であることを述べました。その後、仏道では発心、誓願が大切であることを述べ、誓願の意味と菩薩のめざす四弘誓願について解説しました。

初期平安仏教の説明がポイントでしたので、先月ご紹介した伝教大師最澄の願文を訓読で拝読し、参加者の皆さんと倶に伝教大師の澄んだ仏道への思いを学んだ次第です。私はご縁があって若いときからこの願文にふれる機会があり、自らを省みる大切な鏡としています。来月の法話会は13日(日)午前11時からの開催です。テーマは『続・日本の仏教』。平安時代の初期に日本真言密教の宗旨を立てた弘法大師空海について学んでまいりたいと思います。

相武山 山主

2018年04月30日

仏道護持の姿にふれて

4月の初旬、かねてお参りしたいと願っていた奈良県五條市の妙観院と和歌山市の行道寺、和歌山県有田川町の法華寺に参詣することができました。三ヶ寺は当山と同じく法華宗日興門流の仏法を護持伝承する(宗)正信会の寺院です。

五條市の妙観院は覚醒運動の当初運動から転向した寺院のご信徒が大阪の広宣寺様に移籍。その後、広宣寺様と講中が尽力して建立した法華の道場です。当初より山﨑潤道師が住職として赴任され、奈良県では唯一の正信会の寺院として今日まで正法の護持と弘通に精進されてきました。
山﨑師は日達上人の弟子として昭和39年に大石寺で得度されましたから私の一年後輩にあたります。五條市に赴任されて35年くらいになるのでしょうか。25年前からは体調の不調で透析を必要とする状態になりましたが、ひるむことなく奥様はじめご家族と合力し、ご信徒と倶によく妙観院をお護りしてこられたご信心を尊く思っていました。

本堂でお参りさせて頂き山﨑師から今日までのさまざまなお話を伺いました。また。飾らぬ人柄でまじめさが伝わってくる奥様や娘さんと面談できたことも望外の喜びでした。このご家族の協力と支えがあって現在の妙観院が存在しているのだと感じ入った次第。因習も深く布教や護持も難しいであろう土地柄にあって、仏縁と法華経への信仰を大切に思われる山﨑師とご家族の信心に敬意を表して妙観院を後にしました。

奈良県五條市から和歌山市の東に位置する吐前(はんざき)町の行道寺へは高速道路が開通しているのでわずか1時間少々。奈良や和歌山の交通インフラの整備が進んでいることを実感しました。行道寺は和歌山市の妙海寺で覚醒運動に精励しておられた岩島行道師が病床に倒れ、覚醒運動の継続を願われていた岩島師が事前に用意をされ、その意志を継がれた弟子の詔行師がご信徒と倶に建立した法華の道場です。

二階建ての本堂にお参りさせて頂き、その後、詔行師と奥様から妙海寺当時のお話、妙海寺岩島師の逝去から寺院の退出、さらに行道寺開創の経緯を伺いました。それぞれが置かれた環境のなかで仏道の護持に努めなけらばならないのは当然かも知れませんが、環境の変化を乗り越えることが容易でないことは世出両道にいえることですから、大変ではなかったかと想像いたしました。これからも有縁僧俗が異体同心して精進され、和歌山の地に富士日興門流の法義と信仰が護持伝承されることをお祈りいたしました。

翌日、曇り空に時折小雨が降る中、和歌山市から有田川町の法華寺に向かいました。高速道路を30分も走らぬうちに有田川町ですからここでも交通インフラの良さを知りました。法華寺は同町の妙音寺僧俗が覚醒運動のさらなる推進を願って建立した法華の道場です。妙音寺住職の藤村聴道師は覚醒運動当初から参画された方で、その志は以来寸毫も揺るぐことなく今日に至り、覚醒運動こそ宗開両祖の御心に適うものとの固い信念のもと、全力を挙げて法華寺建立に尽力されました。
時間をかけて菩提寺建設に取り組まれた藤村師は、この間、弟子道監房を育成されて正信会の教師に導き、講中の信心を督励して平成28年秋に落慶式を執り行いました。その仏道精進のお話を親しくうかがうことができたことは実に有り難いことでした。法華寺は現在本堂だけの建立ですので、これから庫裡を建設して運動のために万全を尽くしたいという希望をうかがい、願行成就を心よりお祈りして帰路についた次第です。

奈良・和歌山両県で富士日興門流の法義と信仰の護持伝承に努められる三ヶ寺を参詣させて頂き私はとても感激しました。それぞれ布教や法燈相続が難しい土地柄にめげることなく、自身の信仰を磨きながら有縁檀信徒の方々とともに仏道精進される姿はとても尊いものと私の心に映ったからです。
私もさらなる精進を重ねて行こうと熱い思いが自然に湧いてまいりました。

相武山 山主

2018年04月29日

名残のサクラの下で

サクラも盛りを過ぎ穏やかな春の日曜日となった4月の1日。月例のお経日(毎月初日に執り行う仏祖三宝尊への報恩謝徳、本山の開基旦那である南条時光への供養と檀信徒各家の先祖供養のための法会)に御信心の篤い皆さんが参詣されました。
御宝前にはお供物を供え、願いでのあった塔婆を建立して、参詣僧俗ご一緒に法華経を読誦、日蓮大聖人ご証得の南無妙法蓮華経のお題目をお唱えして仏道の功徳を積ませて頂きました。

私からの挨拶の後に法話は執事の興厳房が担当しました。妙風新聞の「御心を拝して」のページから『清澄寺大衆中』を拝読して、宗祖の立教開宗の御事跡を丁寧に解説し、衆生救済のその大きな慈悲の心を述べると倶に、仏縁を頂いた私たちは法華経を人生の燈明として信行を磨いて参りましょうと語りました。

その後、寂静庵の裏手に設けられているペット墓「慈愛」に皆んなで移動。納骨されているペット諸霊のために香華を供え、名残のサクラの下で自我偈を読誦、お題目をお唱えし慰霊のまことを捧げました。

現在、犬や猫などのペットへの意識は昔とは大きく異なって来たように思います。かつては番犬や飼い猫と呼ばれていることもあったペットですが、現代ではまさに家族の一員。日々ともに生活をし、苦楽もともにしながら愛されたり癒やされたりという関係にあり、人生において大きな存在となり思い出ともなっています。
そのペットを失ったときの精神的ダメージは「ペットロス」といわれて実に辛いことですが、穏やかに眠る場所を得られて家族同様の慰霊がなされるならば、きっとペットも家族も心安らかになるのではないかと思います。当山がペット墓所「慈愛」を設けたゆえんです。

慰霊祭の後は本堂と回廊で名残のサクラを愛でながら桜湯と梅昆布茶をみんなで頂き、穏やかな春の陽射しの中しばしの歓談を楽しみました。
本堂前に設けられた天水鉢にはサクラの花びらが一面に広がっていました。

相武山 山主

2018年04月28日

法事の功徳に思う

法事は家族親族など縁りの深い死者を追善供養する仏事のことです。仏事ですから仏教の信仰がなければ営む必要を覚えない人も居て当然ですが、知恩(恩を知る)報恩(恩に報いる)を大切にする仏教徒であれば、縁りのある故人を思い祈りと供養を捧げたいという気持ちを持つのは自然なことです。とはいえ両親や祖父母、家族や親族などがそのような仏事を大事にして居るさまを見聞しなければ知る由もありません。したがって、法事を営もうという思いを抱く方は、どこかで誰かにその大切さを学び共感したということがいえましょう。どのようなことも因縁や環境によりますが仏事についても同様なのです。

当山も開創以来約40年近い歴史を刻んできましたから、その間多くの檀信徒や有縁の方々の葬儀式を執り行い、同時に年回忌の法事も執り行ってまいりました。当山は所属の檀信徒は多くありませんから、葬儀は年間少ない年は2~3件、多い年は約10件ほどです。法事は無い月もありますが年間で15件~30件ほど執り行っています。法事はそれぞれの家庭の事情と信仰によりますから、数人の家族だけという法事もあれば親族多数が参集する法事もあり千差万別です。会場は当山の本堂が多いのですが時に自宅であったり斎場や霊園、ホテルや料亭ということもあります。

当山で法事を迎える時には寺院主催の儀式や行事と同じく前日から清掃や準備を行いますから当然のことお寺は忙しくなります。清掃は毎日のことですがいつも丁寧とは限りませんから、境内や本堂はもちろんのこと、家族親族を迎える控えの間として使う客殿をはじめ、改めて施設諸般の清掃整理が欠かせません。また、塔婆の用意や時には供物の準備を依頼されることもあり、お茶などの簡単な用意などもあって、時には法事の直前までバタバタしていることもあります。

執り行う立場としては気も身体も労多い法事ですが、仏教寺院にとってはとても重要な役目の一つです。法事は仏事を営みながら仏道の功徳を積むと共に、参列者に非日常を感じて人間性を豊かにして頂く行為といえます。また、縁りの深い方々の冥福を祈りながら自らの人生の貴重さにも思いをいたして頂くことにもなります。さらに当山では法華経の要品を読誦し宗祖証得のお題目をお唱えして供養をいたし、法話を通して仏教の教えと信仰を知って頂くように努めています。

また、法事の御宝前に供えられる御供養や御布施は、お経料という意味ばかりでなく、菩提寺を護り伝えるための浄財喜捨という尊い行為です。菩提寺は檀信徒有縁の方々の浄財によって護持されていますが、法事の御供養もその一環ということになるのです。
私は常々『御供養は愚痴や不平不満が出てしまえば功徳が積めないので、愚痴や不平不満の出ない感謝の御供養、仏道のために喜んでお供えできる気持ちの良い御供養』をお願いしますとお伝えしています。

今年も早3ヶ月が過ぎました。振り返ってみれば1月には中区の𠮷田さんがお父様の七七日忌、旭区の小出さんがご長男の17回忌、港南区の小田嶋さんが義母様の百箇日忌と墓所の開眼法要を営まれました。2月には緑区の阿部さんが奥様の七七日忌、港南区の加藤さんがお母様の七七日忌を営まれました。 3月には中区の竹越さんがお母様の13回忌、海老名市の高橋さんがお父様の23回忌とお母様の7回忌、大和市の𠮷田さんがお父様とお母様の13回忌、青葉区の米村さんがご主人の17回忌、港南区の加藤さんがお母様の百箇日忌と納骨式を営まれました。

家族の葬儀でさえ費用がかかるからと言って葬儀を割愛することもあるご時世、縁り深い方の冥福を祈り仏教信仰を大切にする方々はたしかな功徳を積まれ、その功徳を回向された精霊は御仏大聖人さまのお側でさぞかし喜んでおられることと存じます。

相武山 山主

 

2018年03月31日

野花が咲き小雪も舞う春の彼岸会

春のお彼岸が近づくと日一日と暖かさが増し、自然豊かな当山周辺ではサクラのつぼみも大きく膨らんで、花モモやモクレンも開花目前、遅れていたレンギョウも見頃を迎え、周囲の野原ではそこかしこに春の野花が可憐な花を咲かせています。
そのような光景の中、18日(日)はお彼岸の入りを迎えました。お彼岸は仏道の功徳を積んでご先祖や有縁精霊に追善回向を申し上げる法要です。今年の当山の彼岸会は18日と21日の両日午後1時から執り行いました。
お彼岸はすっかり我が国の習俗となっていますから、信仰を大切にされる方やご先祖・縁者を大切に思われる方々が自然にお寺や墓所にお参りされます。当山の墓所にもお彼岸が近づくと縁者の々がみえて、清掃したり香華を供えてお参りされていました。

彼岸会は本堂にて御本尊様に燈明香華をささげ献膳お供物をお供えし、精霊壇にご先祖や有縁精霊の塔婆を建立し供物を供えて営みます。参詣僧俗は和して法華経要品を読誦、日蓮大聖人証得のお題目をお唱えして仏道の功徳を積み、有縁精霊とご先祖に御回向を申し上げました。法要の後には宗祖の御書(御遺文)より「日女御前御返事」を拝読して法話。宗祖御図顕の妙法曼荼羅のいわれとその功徳をお伝えしました。少し難しい内容ではありましたが、信仰に思いが至ればやがて理解できることを信じて申し上げた次第です。法要後には各自建立されたお塔婆を持参して墓所に向かわれました。

18日の彼岸会は穏やかな天候に恵まれて多数のご参詣を頂きましたが、21日の御中日の彼岸会は朝から時ならぬ小雪が舞う肌寒い天候でした。お参りの方も躊躇されたのではないかと思いますが、小雪の舞う珍しい春彼岸もまた風情があって趣のあるものです。信仰心と思いやりのある方々から功徳を回向された先祖や故人はさぞ喜ばれていることでしょう。

晴れて佳し、小雪で佳しの春彼岸でした。

相武山 山主

2018年03月31日